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2章 6 父からの誉め言葉

 アンジェリカは書斎の前に立っていた。この時間、大抵父チャールズは書斎で仕事をしている。


「お父様……いらっしゃるかしら」


大きく一度深呼吸し、意を決すると扉をノックした。


――コンコン


少し待っていると扉が開かれ、筆頭執事のルイスが現れた。


「おや? アンジェリカ様ではありませんか。お目覚めになられたのですね?」


「は、はい……あの、お父様はいらっしゃいますか?」


現れたのが秘書のヘクターではなくルイスだったことで、アンジェリカは躊躇しながら尋ねた。

時折厳しくヘレナに接することのあるルイスのことを、少し苦手に思っていたからである。


「ええ。勿論おられますよ」


ルイスは優しい笑顔で頷くと、室内にいるチャールズに声をかけた。


「旦那様、アンジェリカ様がいらっしゃいました」


「ふん、やっと目が覚めたようだな。入るように伝えろ」


「旦那様がお待ちです。どうぞお入り下さい」


ルイスは頷き、アンジェリカを部屋へ招き入れた。


「はい……失礼します」


おっかなびっくり中へ入ると、チャールズはアンジェリカをジロリと見る。

「来たな、アンジェリカ」


「はい、お父様……あ、あの今日のお見合いのことですけど……」


そこから先は、怖くて言葉にならなかった。


(どうしよう……! お父様は完全に怒っているわ……また罰を与えられてしまうのかしら?)


チャールズはアンジェリカの行動が自分の意にそぐわないとき、罰として食事抜きや暗い部屋に閉じ込めるといった罰を与えてきたのだ。

直接的な体罰を与えることは無かったが、それでもアンジェリカにとっては辛いものだった。


今日はどんな罰を言い渡されるのだろう? 恐怖で目をギュッとつぶった時……。


「でかしたぞ! アンジェリカ!」


チャールズの口からは、予想外の台詞が飛び出した。

目を開けると、チャールズは笑顔でアンジェリカを見つめている。


「あ、あの……?」


何故笑顔を向けているのか、何故褒められるのか分からない。戸惑っているとチャールズが話し始めた。


「アンジェリカよ、見合いは成功だ。相手の令息も伯爵も偉くお前のことを気に入ったようで、このまま婚約を進めたいと言ってきたのだ。よくやってくれた! ようやくお前も私の役に立つことが出来たようだな」


「え!?」


それはアンジェリカにとって、あまりにも意外な話だった。

お見合いの場で眠ってしまったのに何故気に入られたのかさっぱり分からない。けれ

ど、初めて父に褒められたのだ。ここで理由を尋ねて父の機嫌を損ねたくはなかった


「ありがとうございます、お父様のお役に立てて嬉しいです」


アンジェリカは笑顔で返事をしながら考えた。


(そうよね……ヘレナなら、私が何故セラヴィに気に入られたのか知っているかもしれないわ)


「婚約期間は2人が成人年齢に達するまで、その後は結婚だ。それまでは定期的に会って、交流を深めるように。分かったか? アンジェリカよ」


「はい、分かりました。お父様」


「よし、話はこれまでだ。忙しいから、出て行くがよい」


チャールズはそれだけ告げると、手元の書類に目を落とす。


「では、失礼致します」


丁寧に頭を下げ、書斎を出たところでルイスが話しかけてきた。


「アンジェリカ様。今夜は婚約が決まったお祝いを兼ねて、アンジェリカ様のお好きな料理を用意するように厨房に伝えておきましたよ」


「ありがとうございます、ルイスさん」


ルイスにお礼を述べると、アンジェリカは急ぎ足で自室へ戻った。


ヘレナに、何故婚約が決まったのか理由を尋ねる為に——



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