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2章 1 10歳になったアンジェリカ

2章 1 10歳になったアンジェリカ


銀色の子犬、シルバーとの悲しい別れから5年の歳月が流れ……アンジェリカは10歳になっていた。


父親との仲は相変わらず……というより、以前よりも疎遠な関係になっていた。

一緒に食事どころか会話も無く、顔を合わせることも殆ど無くなっていたのだった――



****


 それはアンジェリカが学校から帰宅した日のことだった。


「お帰りなさいませ、アンジェリカ様」


ドアマンが恭しくアンジェリカを迎える。


「ええ、ただいま」


するとヘレナが慌てた様子でエントランスに駆けつけてきた。


「アンジェリカ様! お帰りなさいませ!」


「ただいま、ヘレナ。どうしたの? エントランスまで迎えに来るなんて珍しいじゃない」


「はい。アンジェリカ様に重大なお知らせがあったので、ずっとお帰りをお待ちしておりました」


ヘレナは息を切らせながら話す。


「重大な知らせ……? どんな知らせなの?」


「はい、旦那様がアンジェリカ様をお呼びです」


「え!?」


それは、アンジェリカにとって驚きの話だった――



 アンジェリカは緊張する面持ちで父、チャールズの書斎の前に立っていた。


(お父様とお会いするのは……2年ぶりだわ……)


驚くことに、この親子は一緒に住んでいながら2年も互いに顔を合わすことが無かったのだ。緊張するのも無理はない。

一度、アンジェリカは大きく息を吸って深呼吸すると扉をノックした。


――コンコン


ノックをすると、すぐに扉が開かれて筆頭執事のルイスが現れた。


「お待ちしておりました、アンジェリカ様。チャールズ様がお待ちになっております」


「……はい」


コクリと頷くとジェニファーは書斎の中に足を踏み入れた。

すると大きな窓を背に、机に向かって仕事をするチャールズがいる。


(お父様……!)


2年ぶりの再会に、緊張で少し震えながら声をかけた。


「お久しぶりです。お父様」


「ああ」


チャールズは顔色一つ変えず頷く。それがアンジェリカには信じられなかった。


(ああって……それだけ? 2年ぶりに顔を合わせるのに?)


チャールズから「久しぶり、元気だったか?」と声をかけられ、笑顔をむけられることをアンジェリカは期待していたのだ。

「あ、あの。お父様……」


アンジェリカが口を開いた時。


「見合いだ」


突然、思いがけない言葉がチャールズの口から出てきた。


「え? お見合い……ですか?」


「そう、見合いだ」


無表情で頷くチャールズ。


「見合いって誰のでしょうか……?」


(まさか、私のことかしら?)


「お前の見合いに決まっているだろう! そんなことも分からないのか!」


途端に叱責が飛んできた。


「ご、ごめんなさい!」


久しぶりの怒声に驚き、アンジェリカの肩が跳ねる。

チャールズは怯える娘を気にするでもなく、話を始めた。


「見合い相手の名前はセルヴィ・ヴァレンシア。ヴァレンシア伯爵家の長男で、年齢はお前と同じ10歳だ。最近、ヴァレンシア伯爵家とは仕事で懇意にしていてな。話をしたところ、同じ年の子供がいることを知った。そこで手を組む為に結婚させることを決めたのだ。この婚姻は互いにとって利益となるからな。分かったか?」


あまりにも突然の話で、アンジェリカの思考は追いつかない。黙って話を聞いていると再び叱責された。


「話を聞いているのか!? 分かったなら返事をしろ!」

「は、はい! 聞いてます」


「良かったじゃないか。これでお前も少しは私の役に立てるのだから。3日後の14時に見合いだ。会場は我が屋敷のガゼボで行う。せいぜい相手の令息に気に入られるように努めることだ。もっとも何があっても、この結婚は決定事項だがな。分かったか?」


「分かり……ました……」


あまりにも急な話ではあったが、アンジェリカは頷くしかなかった――



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