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1章 10 シルバーとの別れ

 シルバーがブライトン家にやってきて、10日あまりが経過していた。


この間にアンジェリカとシルバーはすっかり仲良しになっており、何をするにも常に一緒に行動する様になっていた。

同じ食事をし、お昼寝をするときも夜眠る時も同じベッド。アンジェリカの勉強の時間も片時もシルバーは離れることは無かった――



――10時


アンジェリカは部屋でシルバーと一緒にボール投げをして遊んでいた。


「シルバー! 取っておいで!」


アンジェリカがボールを投げるとシルバーは空中でキャッチし、嬉しそうに尻尾を振りながら持ってくる。


「上手ね。シルバー。それじゃ、次ね」


再び、アンジェリカがボールを投げようとしたその時。


「アンジェリカ様、チャールズ様が先程外出されましたから庭に出ることが出来ますよ」


部屋にヘレナが現れた。

屋敷内で犬を飼っていることはチャールズには絶対秘密なので、彼が外出時しかシルバーを外に出すことが出来なかったのだ。


「本当!? シルバー、お外に出れるよ?」


アンジェリカの言葉が通じるのか、シルバーは嬉しそうに尻尾を振る。


「ええ。それでは、早速行きましょうか?」


「うん」

アンジェリカは嬉しそうに返事をした――



****



 アンジェリカとヘレナはヘシルバーを連れて中庭を散歩していた。

久しぶりに外に出られたことが余程嬉しいのか、シルバーは楽し気に尻尾を振っている。


「フフフ。シルバー、お散歩楽しい?」


「ワン!」


シルバーが嬉しそうに吠えて芝生の庭を走り回っていた時。


「何故、犬が我が屋敷にいるのだ!!」


突然大きな声が庭に響いた。

驚いてアンジェリカとヘレナが声の方角を振り向くと、ステッキを手にしたチャールズの姿があった。その顔は怒りに満ちている。


「あ……お、お父様……」


アンジェリカは震えながら父親を見上げた。


「一体これはどういうことだ……? ブライトン伯爵邸で、迷い犬を保護していると書かれた貼り紙を見かけたので、もしやと思って様子を見に来てみれば……何故、犬がいる! 誰の許可を得て、犬を飼っているのだ! 答えろ!」


チャールズはシルバーを指さした。


「ご、ごめんなさい……お、お父様……」


恐怖で目に涙を浮かべながら必死でアンジェリカは言葉を紡ぎ出す。


「聞きたいのはそんな言葉では無い! 何故犬がいるのか理由を尋ねているのだ! 私が犬を嫌いなのは知っているだろう!」


眉間に青筋を立てて激怒するチャールズ。彼は子供の頃に犬に噛まれて怪我をしたことがあり、それ以来犬を嫌悪していたのだ。


ヘレナがチャールズの前に駆け寄ってくると、頭を下げた。


「申し訳ございません! 旦那様! 私があの犬をこの屋敷に連れてきました! 森の中で足を怪我した犬を見つけて、治療のために連れて帰って来てしまったのです! どうぞお許しください!」


「またお前か……? 使用人風情で、この私に生意気な態度ばかり取りおって……」


チャールズは右手を振り上げ……。


パンッ!!


乾いた音が中庭に響いた。

チャールズがヘレナを平手打ちしたのだ。


「ッ!」


痛みで顔を歪めるヘレナ。


「ヘレナッ!」


アンジェリカが悲痛な声を上げて、チャールズに駆け寄ると足にしがみついた。


「お父様! やめて! 私なの! 私が怪我したシルバーを見つけて、連れて帰って来たの! ヘレナは何も悪くないわ!」


「何だと? お前の仕業だったのか!」


チャールズはアンジェリカを突き離した。


「キャアッ!」

まだ5歳のアンジェリカは簡単に吹き飛ばされて、地面に倒れこむ。


「うう……い、痛い……」


「旦那様! おやめください!」


ヘレナが悲鳴を上げたとき。


「ワンワンッ!!」


そこへシルバーが吠えながら、チャールズに向かって来ると左足にいきなり噛みついてきた。


「ギャアッ!! な、何をする! 離せ!」


チャールズが激しく足を振り、シルバーは地面に叩きつけられる。


「キャンッ!」


「こ、こいつ……犬のくせにこの私に噛みつくとは生意気な……!」


チャールズはステッキを振り上げ、シルバーに近付こうとし……。


「シルバーッ! 早く逃げてーっ!」


アンジェリカが叫んだ。

シルバーは耳をピクリと動かして起き上がり踵を返すと一目散に門を目指してあっという間に遠ざかって行った。


「くそっ……! アンジェリカ! あの犬を痛めつけてやろうとしたのに、お前のせいで逃げてしまっただろう!! 代わりに罰を与えてやる!」


「ご、ごめんなさ‥‥…」


「旦那様! おやめください! 罰なら私が受けますので!」


ヘレナがガタガタ震えるアンジェリカを庇うように抱きしめた。


「ヘレナ……」


「よし、ならお前に罰を与えてやろう」


チャールズがステッキを振り上げたとき、タイミングよく筆頭執事のルイスが現れた。


「旦那様、ヘクター様が急ぎの仕事があるそうなので大至急書斎にお越し頂けますか?」


「何だと言うのだ!? このような大事な時に! 今は忙しい、後にするように伝えろ!」


「いえ、予算に関する資料で間違いがあったそうです。このまま役所に提出すれば、まずい状況になるそうなので、大至急お願いしたいと伝言を承っております」


淡々と答えるルイス。


「チッ!」


チャールズは舌打ちすると、ヘレナとアンジェリカを睨みつけ……そのまま去って行った。


「大丈夫でしたか!?」


ルイスが2人の元に駆け寄って来た。


「え、ええ……だ、大丈夫です」

「うん……」


2人は抱き合ったまま頷く。


「チャールズ様には私の方から、罰を与えたと伝えておきますのでお部屋にお戻りください」


「ありがとうございます、チャールズさん」


ヘレナはお礼を述べると、アンジェリカに語りかける。

「アンジェリカ様、お部屋に戻りましょう」


「う、うん……」


涙で顔を真っ赤にさせたアンジェリカをヘレナは抱き上げ、屋敷へ向かって歩き始めた。


(シルバー……さよなら……)


泣き顔を見られないようにヘレナの胸に顔を埋めるアンジェリカ。


こうしてシルバーとの生活は呆気なく終わりを告げた――



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