――13時
「ワンちゃん……まだ起きないのかしら」
部屋に戻り、昼食を済ませたアンジェリカはカゴの中で眠っている銀色の子犬の身体をそっと撫でていた。
「そうですね。こんなに小さいのだから、ひょっとするとまだ赤ちゃん犬なのかもしれません。それで良く眠っているのではないでしょうか?」
「そうなのかしら……ふわぁぁ……」
ヘレナの言葉に返事をしながら、アンジェリカは欠伸をした。
「あらあら、アンジェリカ様もお食事が終わって眠くなられたのではありませんか?」
「うん……眠くなってきちゃった……」
アンジェリカはゴシゴシと目をこする。
「朝から色々ありましたからね。ベッドでお昼寝をなさってください。それでは、着替えをいたしましょうか?」
「うん……そうする」
早速ヘレナはアンジェリカをお昼寝用のゆったりした服に着替えさせると、ベッドへ連れて行った。
「さ、どうぞお休みください」
「うん、あのね……ヘレナ」
アンジェリカはベッド潜り込むと、眠そうな目でヘレナに話しかけた。
「はい、何でしょうか」
「あのワンちゃん……お父様に見つからないようにしておいてね?」
「ええ、勿論分かっております。お任せ下さい」
優しく返事をするヘレナ。
「目が覚めたら……ワンちゃんの名前、考えなくちゃ……」
それだけ言うと、アンジェリカは目を閉じる。
「アンジェリカ様、ゆっくりお休みください……」
ヘレナの優しい声を聞きながら、アンジェリカは眠りに就いた――
****
アンジェリカは夢を見ていた。
それは父親のチャールズが、子犬を連れ去る夢だった。
『私に黙って犬を飼うなど、何ということだ! こんな生き物など捨ててやる!』
『お父様! お願い! ワンちゃんを捨てないで! 私、もっといい子になるから連れて行かないで!』
アンジェリカは夢の中で必死に父親に詫び――
「…クゥ~ン……クゥ~ン……」
耳元で犬の鳴き声が聞こえて、アンジェリカは目を覚ました。
「あ……」
ふと枕元を見ると、銀色の子犬が心配そうにアンジェリカを見つめている。
「ワンちゃん……」
すると子犬は尻尾を振って、まるで猫のようにアンジェリカの頬にすり寄ってきた。
「フフ……ありがとう、心配してくれていたの?」
ムクリとベッドから起き上がると、アンジェリカは銀色の子犬を抱き上げて語りかけた。
「私ね、さっき怖い夢を見たの。お父様はとても厳しい人でね、私は駄目な子だからいつも怒られているの。それで、夢の中でワンちゃんを取り上げられちゃったんだけど……」
そしてアンジェリカは子犬の背中を撫でた。右後ろ脚は包帯が巻かれている。
「でも、夢で良かった。ワンちゃんの怪我が治るまでは、私がお世話するからね?」
すると子犬はますます嬉しそうに尻尾を振る。
「嬉しいの? 私も嬉しいわ。……早速ワンちゃんに名前をつけてあげなくちゃ……何がいいかしら?」
アンジェリカは子犬をじっと見つめ……。
「そうだわ、銀色だからシルバーって名前にしましょう! 今日からあなたはシルバーよ。よろしくね?」
そして笑顔でシルバーの頭を撫でるのだった―