アンジェリカはトムに連れられて医務室で傷の手当てを受けていた。
「アンジェリカ様、傷の消毒もしたし、包帯も巻いたのでもう大丈夫ですよ。頑張りましたね」
手当てを終えた男性医師がアンジェリカの頭を撫でる。
「先生、ありがとうございます」
アンジェリカが笑顔でお礼を述べたそのとき――
「アンジェリカ様!」
医務室の扉が大きく開かれ、ヘレナが現れた。
「え? ヘレナ?」
ヘレナは医務室に現れるや否や、アンジェリカに駆け寄ってきた。
「どうしたの? ヘレナ」
アンジェリカは息を切らして現れたヘレナを見て首を傾げると、見る見るうちにヘレナの目に涙が溜まる。
「良かった……アンジェリカ様が見つかって……姿が見えなくなってしまった時は、どれほど心配したことか……」
そしてアンジェリカを抱きしめてきた。
「ごめんなさい、お父様にお花をプレゼントしたくて、花壇に行っていたの」
「そうだったのですか……」
ヘレナはアンジェリカから身体を離し、安堵のため息をつくと、トムが説明した。
「丁度庭の手入れをしている時に、アンジェリカ様が花壇にいらしたので私が花を見繕ってさしあげたんだ。それで花を束ねる材料を倉庫に取りに行っている時に、お嬢様が罠にかかった子犬を発見したんだよ」
「子犬……?」
アンジェリカが怪我をした話は聞いていたけれども、その経緯をヘレナは全く知らなかったのだ。
「あのね、トムさんを待っていたら門の外で大きな音が聞こえたの。それで見にいったら、子犬が罠で足を怪我していたの。それで、怖くないよって近付いたら噛まれてしまったの」
そう言ってアンジェリカは包帯を巻いて貰った手を見せた。
「な、何ですって! では怪我をしたのは犬に噛まれたからなのですか!? 先生、アンジェリカ様は大丈夫なのでしょうね!?」
「ええ。傷もそれほど大きなものではありませんでしたし、良く洗って消毒もしたので大丈夫でしょう。ついでに罠にかかって怪我をした犬の傷の手当てもしておきました。今、子犬はあのカゴの中で眠っていますよ」
男性医師は窓の下に置かれたカゴを指さす。
「何ですって? アンジェリカ様を噛んだ子犬を保護しているのですか? 早く追い出さなければ」
カゴに近付き、子犬を見おろすと突然アンジェリカがヘレナのスカートを掴んできた。
「駄目! ヘレナ! ワンちゃんを追い出さないで!」
「ア、 アンジェリカ様……?」
「お願い! ヘレナ! あのワンちゃんは驚いて私の手を噛んでしまっただけなの! 本当はとっても優しいワンちゃんなのよ? だって、怪我した私の手を舐めてくれたのよ?」
「ですが、アンジェリカ様……旦那様はペットを飼うのはお許しになりませんよ?」
動物……特に犬が嫌いなチャールズは、屋敷内でペットを飼うのは断じて許さない人物だった。
ヘレナの言葉に、アンジェリカは俯く。
「うん……分かっているわ。だから、飼うわけじゃないの。ワンちゃんの怪我が治るまではここに置いてあげたいの。そうしたら……」
「見たところ、この犬は首輪をしていませんし……飼い犬では無いかもしれませんね。分かりました。では怪我が治るまでは、旦那様に知られないように子犬のお世話をしましょう。そして怪我が治ったら、私が飼い主になってくれそうな人を捜ます。それで良いでしょうか?」
「本当!? ありがとう、ヘレナ!」
アンジェリカは笑顔になると、ヘレナに抱きついた。
記念すべき父の誕生日にもかかわらず、用意したプレゼントを無残に踏みつぶされて散々泣いたアンジェリカ。
この日初めて笑顔を見せた――