ヘレナとニアが屋敷で大騒ぎをしている頃、アンジェリカは1人で屋敷の外へ出ていた。
「お父様……すごく怒っていたわ……絵が嫌いだったのね……」
アンジェリカは両目をゴシゴシこすりながら広い中庭を歩いていた。
自分の描いた絵を破り捨てて、踏みつけた父の姿が頭からどうしても離れない。
「お花のプレゼントならきっと喜んでくれるに違いないわ。だってお花は綺麗だし、お部屋に飾れば良い匂いもするもの……」
郊外にあるブライトン家は森と湖に囲まれた場所に建てられている。
広大な敷地には美しい庭があり、温室や色とりどりの花々が咲き乱れる花壇もあるのだ。
そして今、アンジェリカは誕生プレゼントに花のプレゼントをするために花壇に向かっていたのである。
花壇はブライトン家を囲む門の入り口付近にある。その理由は来訪客を美しい花々で楽しませようと、初代当主が作らせた為であった。
5分程歩き、ようやくアンジェリカは花壇に辿り着いた。
「ふぅ……やっと着いたわ。早くお花を摘まなくちゃ。どれがいいかしら。あ、このお花とっても綺麗」
青い色の花に手を伸ばした時、すぐ近くで声をかけられた。
「おや? アンジェリカ様ではありませんか」
顔を上げると、農作業用のエプロンに麦わら帽子をかぶった男性がアンジェリカを見つめていた。
「こんにちは、トムさん」
アンジェリカは立ち上がると庭師であるトムに挨拶した。
「こんにちは、アンジェリカ様。……どうされたのですか? 目が真っ赤ですよ?」
トムは心配そうにアンジェリカを見つめる。
「あ、あの。これは……」
アンジェリカは慌てて目をゴシゴシこすり、トムはその様子を見てすぐに気付いた。
(これは……きっとまた旦那様に辛い目に遭わされたに違いない。まだたった5歳なのに、何故旦那様はアンジェリカ様に当たるのだろう)
そこでトムは、明るい声で尋ねた。
「アンジェリカ様、こちらで何をしていたのですか?」
「私、お花が欲しくて来たの」
「お花ですか。お部屋に飾りたいのですね? では私がアンジェリカ様にぴったりなお花を見繕ってあげましょう。そうだな……やはり女の子なのでピンク色がいいですか?」
「ううん、違うの! お花が欲しいのは私じゃないの!」
「え? それでは誰が欲しいのですか?」
「今日はお父様のお誕生日でしょう?」
真剣な目でトムを見上げるアンジェリカ。
「あ……言われていれば確かにそうでしたね。それでは、もしかして……」
「そう、お父様にプレゼントしたいの」
「お嬢様……」
(あんなに冷たい旦那様に誕生プレゼントを贈りたいなんて……やはりお嬢様は旦那様からの愛情が欲しくてたまらないのだ。何てお気の毒な……)
「承知致しました。では、旦那様が喜ばれるような花を選びましょう。この庭師のトムにお任せ下さい」
「ありがとう! トムさん」
「ええと、それではどの花がいいかな……」
――5分後
「どうですか? お嬢様」
トムは自分が選んだ花をアンジェリカに見せた。彼が選んだのは水色や青に紫といった落ち着いた色合いの花々だった。
「素敵。これならきっとお父様も喜んでくれるわ。ありがとう」
アンジェリカは嬉しそうに笑う。
「いいえ、これくらいお安い御用ですよ。それでは持ちやすいように束ねて差し上げますね。今、物置から材料を取って来るのでお待ちください」
「うん」
「では、行ってきますね」
トムはアンジェリカを花壇に残し、物置へと向かった。1人になったアンジェリカは花束をじっと見つめていた。
「ふふ……綺麗なお花」
アンジェリカが呟いたそのとき、
ガサッ!
門の外で音が聞こえた――