「「あ！！」」

ヘレナとヘクターが驚きのあまり、同時に声を上げる。

「何をなさるのですか！？　旦那様！」

悲痛な声で叫ぶヘレナ。

しかしチャールズは返事をせずに、絵をビリビリに破いて床の上に落とすとヘレナを怒鳴りつけてきた。

「黙れ！　この忙しい時に、こんなくだらない絵など持ってきおって！　アンジェリカに伝えておけ！　絵など描いている暇があるなら習い事を増やすとな！　全く腹立たしい、男だったら色々と役立ってくれたものを……」

そしてチャールズは破り捨てた絵を踏みつけた。

「旦那様！」

「何をなさるのですか！？」

ヘクターとヘレナが悲痛な声をあげる。

「さっさと行け！　仕事の邪魔だ！　ヘクター、席に戻れ」

ヘレナを見ることも無く、チャールズは踵を返して去って行く。

「は、はい」

ヘクターは一瞬だけヘレナを見つめ、申し訳なさげに一礼するとチャールズに続いた。

――パタン

扉が閉ざされ、ヘレナは1人誰もいない廊下に残された。

「な、なんて酷い……アンジェリカ様の絵が……」

床にしゃがみ込むと、ヘレナは溢れてくる涙を拭いながら破かれた紙片を1枚ずつ拾い上げていく。

（どうしよう……アンジェリカ様に何と伝えれば良いの？　とてもではないけれど、本当のことは言えないわ。もし、このことを知れば……アンジェリカ様をとても傷付けてしまうことになる……）

全ての紙片を拾い上げると、涙を拭う。

「やっぱりアンジェリカ様を連れてきて良かったわ……今の様子を目の前で見ていたらどれ程傷付いたことか……ここはもう、旦那様に絵を受け取って貰えたと嘘をつくしかないわね……そうだわ。アンジェリカ様を元気づけてあげる為にティータイムには大好きなアップルパイを出して貰えるように厨房に伝えてきましょう」

ヘレナは立ち上がると、重い足取りで厨房へと足を向けた――

＊＊＊＊

　ヘレナはアンジェリカの部屋に笑顔で戻ってきた。

「アンジェリカ様、喜んで下さい！　旦那様が絵をお受け取りに……あら？」　

部屋の中にはベッドメイキングをしているニアだけで、肝心のアンジェリカの姿が見えない。

「ニア、アンジェリカ様はどちらにいらっしゃるの？」

するとニアが怪訝そうに首を傾げた。

「え？　あの、ヘレナ様とご一緒ではなかったのですか？」

「どういうことなの？」

「はい、ヘレナ様が旦那様の元へ行かれてすぐにアンジェリカ様も後をついて行かれたのです。旦那様に絵を渡すところを見たいからと仰って。てっきり一緒にこちらに戻って来られると思っていたのですが……」

ヘレナの顔が青ざめる。

（何てことなの……！　だとしたら、アンジェリカ様は旦那様が絵を破かれたところを見ていたということじゃないの！）

「ヘレナ様、どうされたのですか？　顔色が真っ青ですよ？」

「た……大変だわ……」

「ヘレナ様？」

「旦那様は絵を受け取ってくれなかったのよ……それどころか、アンジェリカ様の描いた絵を破り捨てて踏みつけたのよ……」

「何ですって！　それではアンジェリカ様はその現場を見ていたということですか！？」

ニアが悲痛な声を上げる。

「ええ……多分……」

「それでは、何故アンジェリカ様はお部屋に戻って来られなかったのでしょう？」

ニアが今にも泣きそうな顔になる。

「分からないわ……でも今頃は相当ショックを受けているに違いないわ。大変！　こうしてはいられな！　ニア！　今すぐ動ける使用人達にアンジェリカ様がいなくなってしまったことを伝えてきて！」

「ヘレナ様はどうするおつもりですか！？」

「私は心当たりがある場所を探してくるわ！」

「分かりました。皆に声をかけたら私も捜索に加わります」

「ええ。お願いね！」

ヘレナはそれだけ告げると、急ぎ足で部屋を後にした――