――3日後
今日はアンジェリカの父、チャールズの誕生日だった。
この日の朝もアンジェリカは1人寂しく、ダイニングルームで席に着いていた。
「お父様……やっぱり来てくれなかったのね。一緒にお食事したかったのに」
「アンジェリカ様……」
寂しそうに食事をしているアンジェリカを、給仕についているヘレナが切ない気持ちで見つめる。
一度は諦めたものの、どうしても父親の誕生日を祝いたかったアンジェリカは一緒に食事をしたいと手紙を書いて筆頭執事のルイスに託していたのだ。
(ルイス様が手紙を渡さないはずは無いわ。一体、旦那様はどこまでアンジェリカ様を蔑ろにするつもりなのかしら。いつも1人きりの食事なんて……これではあまりにもお気の毒過ぎるわ)
ヘレナは使用人という立場から、アンジェリカと一緒に食事をすることは出来なかったのだ。
「お父様にプレゼントする絵も用意したのに……」
アンジェリカは傍らに置いた絵を見つめ、ポツリと呟く。
ヘレナはもうこれ以上アンジェリカが悲し気な表情を浮かべる様を黙って見ているわけにはいかなかった。
「アンジェリカ様。それでは私が旦那様の書斎を訪ねて絵を渡して参ります」
「本当? なら私も一緒に行くわ!」
アンジェリカは目を輝かせた。
「それは……」
そこでヘレナは言葉を詰まらせる。
(もしアンジェリカ様と一緒に旦那様の書斎を訪ねて無下に追い返されてしまったら、かえって傷つけてしまうわ。それだけは絶対に避けなければ……)
「どうしたの? ヘレナ。私も行っていいわよね?」
返事をしないヘレナに、アンジェリカは再び尋ねる。
「そ、それが旦那様は大変お忙しい方なので、書斎を訪ねると機嫌が悪くなられて時には怒り出してしまうときもあるのです。だから私が丁度良い時間を見計らってプレゼントを渡して参ります。大丈夫、私にお任せください。必ず渡して参りますから」
ヘレナは力強くアンジェリカに言い聞かせた。
「……分かったわ。ならヘレナにお願いするわ」
「分かって頂けたのですね? ありがとうございます。アンジェリカ様は本当に賢い方で私も嬉しいです」
ヘレナはアンジェリカの頭をそっと撫でて、笑みを浮かべた――。
****
ヘレナは3日前と同じ時間にチャールズの書斎を訪ねていた。
(また追い返されてしまうかしら……でも、今回はアンジェリカ様からの絵を渡すだけだもの……大丈夫よ……)
自分に言い聞かせると、ヘレナは一度深呼吸すると扉をノックした。
――コンコン
少し待っていると扉が開かれ、ヘクターが姿を見せた。
「どちら様で……あ、ヘレナさんではありませんか」
「こんにちは、ヘクター様。旦那様にお会いしたくて参りました」
ヘレナが会釈すると、ヘクターは困り顔になって耳打ちしてきた。
「旦那様にどのようなご用件ですか? 実は今、取引先少々トラブルが生じておりまして機嫌が悪く……」
そのとき、大きな声が聞こえてチャールズが現れた。
「ヘクター! こんな大変な時に、一体何をしているのだ! ……ん? お前はヘレナでは無いか。性懲りもなく、また現れたのか? 今度は一体何の用だ!」
叱責するチャールズにヘレナは頭を下げた。
「旦那様がお忙しいことは重々承知しております。ただ、アンジェリカ様がどうしても旦那様に誕生プレゼントを渡したいと仰って、絵を預かってまいりました。お願いです、どうか受け取って頂けないでしょうか?」
ヘレナはアンジェリカが描いた絵を差し出した。そこには笑顔で手を繋ぐ父娘の姿が描かれている。チャ―ルズは絵を一瞥すると、ヘレナの手からひったくった。
「ふん! 何かと思えば、絵のプレゼントだと?」
「はい、そうです。アンジェリカ様が頑張って描きました」
チャールズが絵のプレゼントを受け取ってくれたのだと思ったヘレナは笑顔になった。
ところが次の瞬間……。
ビリッ!
チャールズは絵を破った――