へレナはチャールズの書斎を訪ねていた。
「お願いです。明後日の旦那様の誕生日を今年こそ、アンジェリカ様にお祝いさせて下さい」
「いいかげんにしろ! そんなくだらないことを言う為だけに、ここへ来たのか!? 見てのとおり俺は忙しい。さっさと出て行け!」
必死で頭を下げるヘレナを忌々し気に見つめるチャールズ。それでもヘレナは食い下がらない。
「そのようなことを言わず、お願いいたします。お祝いと言いましても、むずかしいことは要求いたしません。ただ、アンジェリカ様と一緒に食事をして頂けるだけで構いませんので」
「くどいぞ!」
その様子を傍で見ていた秘書のヘクター。
(さすがにこのまま黙って見ていることも出来ないな……ヘレナさんは引き下がるつもりは無いだろうし、このままではチャールズ様の苛立ちも募って仕事に影響が出そうだ。余計なお世話かもしれないが、仕方がない)
そこでヘクターは話に入ってきた。
「チャールズ様。差し出がましいですが、私からも申し上げます。アンジェリカ様とはもう5年も疎遠になっているではありませんか。そろそろお会いになって、お話をされてみてはいかがですか?」
「うるさい! ヘクター! お前は仕事上の秘書だろう!? 私生活については一切口を挟むな!」
「はい……申し訳ございません」
一喝され、すぐに謝罪するヘクター。
「大体、子供は男しか望んでいなかったのだ! それなのに、女子など産みおって……! 全く、どこまでもあの女は使えなかった」
その言葉にヘレナは黙っていなかった。
「旦那様! 何故そのような酷いことをおっしゃるのですか!? 仮にもアンジェリーナ様は旦那様の妻だった方ですよ!?」
「黙れ! あの女を妻などと言うな! 政略結婚でやむを得ず結婚しただけだ! これ以上、当主である私に意見するならクビにするぞ!」
「クビ……? そ、それだけはお許しください! 私がいなくなれば、アンジェリカ様のお世話をする者がいなくなってしまいます!」
クビという言葉に青ざめたヘレナは必死で謝罪する。
「なら、さっさと出ていけ! クビにされたくなければな!」
「はい……申し訳ございませんでした……」
ヘレナは謝罪の言葉を述べると、執務室を出て行った。
――パタン
扉を閉じると、ヘレナはため息をついた。
「やはり駄目だったわ……アンジェリカ様に何と伝えれば良いのかしら……あんなに旦那様の誕生日祝いを楽しみにしていたのに……」
ヘレナは重い足取りで、アンジェリカの元へ向かった――
「あ、お帰りなさい! ヘレナ!」
ヘレナが部屋に戻ってくると、アンジェリカが笑顔で駆け寄ってきた。
「アンジェリカ様、お利口にしていましたか?」
ヘレナはアンジェリカを抱き上げる。
「うん、あのね。ニアがお茶とクッキーを出してくれたの。とっても美味しかったわ」
その言葉に、後ろで控えていたニアが会釈する。
「そうですか、それは良かったですね。ところで、アンジェリカ様。お父様のお誕生日のことですが……」
ヘレナが重い口を開いたとき。
「お父様、お仕事が忙しくて無理なのでしょう?」
「え?」
「プレゼントだけ渡せれば大丈夫。お父様、喜んでくれるかしら?」
「ええ、勿論ですとも。あれ程素敵な絵なのですから、お喜びになるに違いありません」
「本当?」
「ええ、本当ですとも」
その言葉に、アンジェリカは笑みを浮かべるのだった――