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第16話

報告に現れたリジーに、ジョンが慌てた。


「あっ、ビートンさん!終わりました。ほかには?」


いつも通り、リジーは、ビートンへ指示を仰いだ。


「リジー!いいからっ!お前、ちょっとは、空気読めよ!」


「え?ジョン!そんなに怒らなくてもいいじゃない!」


見てわかんねーのか!と、ジョンは叫びそうになっている。


やはり、ここから、リジーを連れだした方が、いや、ここに残るべきなのか。


前では、ビートンとレジーナが抱き合っている。


レジーナが、よろけた、それをビートンが、助けただけ。


が、これは、それ以上の男女のあれこれの始まりのようにジョンには思えていた。


やはり、まずい。


このまま、二人だけにするのは。


しかし、どうすれば良いのだろう。


ジョンが、惑っていると、ビートンが答えた。


ただし、リジーへではなく、レジーナへ向かって。


「……お荷物は?」


言って、そっと、胸元からレジーナを引き離すビートンだったが、両手は、レジーナの肩にしっかり添えられている。


「荷物……、荷造りを……」


何かを思い出したように、レジーナは言った。


「レジーナ様、本当に、よろしいのですか?卿の言いなりに、このままだと、あなたは!」


ぐっと、レジーナの肩を掴むビートンの手に力が入る。


「い、痛いわ……」


「あーー!!ビートンさん!もう!!それに、レジーナお嬢様もっ!!何やってんすっかぁ!!お、俺、目のやり場ないっしょっ!!」


たまりかねたジョンが、叫び、その一声に、レジーナも、ビートンも、正気になったのか、あっと、互いに声を上げ距離を取る。


「ビートン!あ、こ、これは、私はっ!」


「わかっておりますともっ!あなたは、誰にも従いたくないっ!」


ビートンは、更に声を上げて、


「だから!私を、私を、頼ればよいのですっ!」


「言ったよ!言い切ったよ!」


ジョンが、唖然としながら、ビートンと、レジーナを交互に見る。そして、やはり、その横で、


「あの、ビートンさん。ですから、私は、何をしたらいいんですか?」


リジーが、平然と仕事について尋ねていた。


「リジー!」


ちょっと来い、と、ジョンはリジーを引っ張って食堂を出た。


やはり、二人きりにした方がいいとジョンは思う。


これで、ビートンが勢い、レジーナを連れて逃げようと、ディブより俄然ましだ。リジーがいれば、レジーナは迷いから、うっかり、兄であるミドルトン卿の言いなりになるべきだと、ロンドンを去る荷造りを、と、言ってしまうだろう。


レジーナは、悪くない。


単に、自分勝手な、男達の言いなりになっているだけなのだから。


ディブは、当然、ミドルトン卿も、まるで、自分のもののように、ここを扱っているが、よくよく考えれば、ここは、レジーナの持ち物。


確か、雇用契約とかいう、紙切れにも、レジーナの名前が記されていた。そして、ビートンから、女主人であると補足があった。


「痛いよ!ジョン!」


引っ張りだした、リジーが、ジョンの手を振りほどき、木靴サボで、ジョンの足を蹴って来た。


「痛てっ!リジー!お前こそ、痛てぇよ!」


何がなんだかわかんないと、リジーは、べそをかきそうになっている。


「しっ、静かにしねぇかっ!」


食堂の扉にへばりつくように、何故かマクレガーがいた。


「え?」


「そう、驚くなって、ジョン。お前らが、余りに遅いから、本当に、レジーナお嬢様に、何かあったんじゃねぇかって、心配になってな」


言いながら、マクレガーは、ドアに耳を 当て、中の様子を伺っている。


「マクレガーさん、心配って。本当にしてんっすかっ?!」


しっ!と、マクレガーが、ジョンを制した。


「今、いいところなんだ!」


「あんたねぇ……」


良いも悪いも。


ジョンは、またまた、呆れ果て、なんなの、なんなのと、騒ぐリジーを黙らせる。


そして──。


「ビートン!私、帰らないわ!ディブとも、婚約破棄しますっ!私は、誰にも、指図を受けない!私が、この屋敷の女主人なのよ!」


決意も新たな、レジーナの叫びと、何か小さな甘い吐息が、ドアの向こうから流れて来た。


「マ、マクレガーさんっ?!」


「まあ、お前らが部屋を出て、正解だった、訳だな」


もしかして、二人は抱擁以上の事をと、動揺しきるジョンは、それでもどこか、嬉しそうだった。


「が、ビートンのことだ、こりゃー、明日には、すべてなかったことになるだろうなぁー」


ああっ、と、ジョンも、自分達の立場を思い出したようで、小さく呻く。


ビートンとレジーナの関係は、これまでであり、手放しでは喜べない。しかし、ここ、は、守られる。法的に正当な持ち主が、主人として、しっかり仕切る心づもりになったのだから。


もう、今日のような、馬鹿げた客が来ることもなく、町屋敷として正当に動くはずだ。


明日は、ひと悶着起こるだろうが、それは、レジーナ含め、皆にとっての最善策なのだ。


ビートンがいる。


レジーナをしっかり援護、いや、守りきることだろう。


「まあ、卿は、ゴタゴタ言い尽くすんだろうが、今のレジーナお嬢様なら、ビートンなしでも、押さえ込めるだろうよ」


「やっ、マクレガーさん?それじゃー、ビートンさんが……」


「しょーがねーだろ、あいつは、結局、執事だし。起こっているこたぁ、御屋敷、御家の内側のことだ。俺らは、お言葉ですが、と、左様ですか、の、繰り返ししかできまいて」


「えー、そんなー、他人事のような。俺たち、大丈夫なんでしょーねぇー」


と、ジョンはマクレガーへ迫ったが、


「ねぇ、結局、荷物は、あるの?ないの?」


リジーはぶつくさ言っていた。

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