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第14話


「なあ、やけに静かじゃねぇか?ビートン」


マクレガーが、一段落ついた皆の食欲にほっとしつつ、ビールを飲みながら呟いた。


同じく、ビールを口にしているビートンも、


「そうですね、確かに静かすぎます。何かおかしい」


どこか、他人事のように言った。


「ちょっ!ビートンさん、それって、まずくねぇっすかっ!」


ヨークシャープディングで、ボールに残ったマッシュポテトを、ぬぐいとっているジョンが慌てた。


「ジョン、あなた、どれだけ、マッシュポテトを食べたら気がすむんですか?」


おかしい、と、心配する素振りを見せていたビートンだったが、ジョンの底知れぬ食欲に、呆れている。


「ビートン、リジーに覗かせたらどうだ?」


「うむ、もしかして、もしかするかもしれませんしね」


「ちょっ、ビートンさん、何、落ち着いてんすかっ!」


ジョンが言う側で、リジーがヨークシャープディングが無くなったと愚痴っていた。


「いやいやいや、とにかく、お嬢様の様子確かめるのが先でしょうがっ!」


「あー、ついでに、食堂の片付け頼むわ」


マクレガーが、二階の食堂は、まだ片付けていない、レジーナの部屋も二階にある、ちょうどいいだろうと乗っかってくる。


「ああ、食堂がまだでした。これは、まずい」


ビートンが、ビールをグビリと開け、席を立とうとした。


「あっ、じゃ、ビートンさんが、お嬢様の様子を?」


「いや、ジョン。私はあれだけ嫌われてるんですよ、ここは、リジーでしょ」


お嬢様の荷造りのお手伝いに行きなさい。と、ビートンは、リジーへ命じた。


「え?何の荷物が、あるんですか?」


やはり、リジーは、これまでの経緯がわかってないようだった。


「まあ、ベッドメイキングでも、よろしいでしょう。行ってきなさい」


「はい!そうでした!もう、そんな時間!」


どうやら、日課の仕事は理解できるようで、リジーは、コツコツ木靴サボを鳴らしながら早足でレジーナの部屋へ向かった。


「あっ、俺も。ついでに食堂片付けます」


リジーだけでは、皆が、心配している、もしも、の、場合に対応できないだろうとジョンが気を利かせ後を追う。


「いやはや、妙な時には、結束するものですなぁ」


「ビートン、お前が、仕組んだからだろ」


おや、と、マクレガーに責められたビートンは肩をすくめた。


「で、マクレガー。今後についてですけどね……」


「ああ、そのことさ」


あまり、好転はしないだろうと、二人して息をつく。


「私のやったことは、余計なことだったのでしょうかねぇ」


冷めた口調ではあるが、ビートンなりに、落ち込んでいるのが、マクレガーにはわかった。


「いや、借り主云々も、そりゃ大事だが、運良く、賃金は貰えている。問題は、あの、婚約者、ディブの行いだ。あいつが、屋敷の運営費まで、狙って、たかりに来やがる。お嬢様も、結局、逃げられずで、なんやかや、金を手渡す、その繰り返しをそろそろやめにしなきゃー、屋敷を売り払うことになりかねない」


「ええ、そうですね、すべては、ディブ。と、思い、私もディブ潰しにかかったのですが」


さあ、ミドルトン卿は、どう出るか。


ビートンと、マクレガーは、顔を見合わせた。


「なあ、ビートン、あれだけ、ゴシップ新聞に派手に書き立てられりゃー、ミドルトン卿も、ディブがどんな奴かわかるだろうよ」


「ええ、そう願います。そして、お嬢様との婚約破棄を」


だよなあ。このまま、ディブとなんて、と、マクレガーは、レジーナの行く末を心配した。ディブと一緒になったら、いつか、破産する運命になるのが目に見えていたからだ。


自分達の職がなくなるのは、勿論困るが、これは、また、別の話。人として見てられない。


「それに……、ビートン、お前さんの苛立ちも、みてらんねぇしなぁ。とはいえ、お前は、執事、あちらは、田舎出とはいえ、貴族だからねぇ。高嶺の花どころじゃーねぇしなぁ」


世の中、上手くいかねぇもんだと、マクレガーは茶化すように、ビートンへ言ったが、そのビートンの顔色が変わった。


「……あなた、言って良いことと悪いことがあるでしょう!それじゃあ、まるで、私が、お嬢様のことをお慕いしているような、彼女は、婚約者がいるんですよ!そして、私は執事です」


「でも、男と女だぜ?」


はっ、と、マクレガーは笑う。


「まあ、ついてるのは、ビートン、お前が、執事であることぐらいかなぁ。思いは成し遂げられなくとも、側にはいられる。そして、お前さんは、仕事柄、嫁さんあてがわれることもなく、ずっと、独り身だ。まあ、それも、これも、微妙な事ではあるがなぁ」


それぞれに職業柄というものが在るように、執事たるもの主人に一生仕えるものて、結婚はしない。独身を貫くものなのだ。もちろん、自由恋愛までは認められており、そこは、適度に皆、流していた。


ビートンも、その口なのだが、今のところは、これと言って決まった相手はおらず、マクレガーが独り語りしている事情が、ビートンの新たな出会いを邪魔をしている状態だった。


「男だろう、当たって砕けろって、訳にいかねー相手だからなあー」


マクレガーが、これでもかと言ってくれる。


言われなくとも、と、ビートンは思う。


その胸の内で、レジーナへの思いを押し殺しながら、素知らぬ顔をしているのだ。それを知っておりながら、マクレガーときたら。


ビートンのブルーの瞳は、揺らいでいた。


そこへ。


「た、大変です!お嬢様がっ!」


ドタドタと、階段をかけ下りて、ジョンが控え室へ飛び込んで来た。

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