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第8話

二階から、降りてくるビートンの声と、レジーナの声が被った。


「お兄様!」


「これは、ミドルトン卿、お待ち申しておりました」


いったいなんだ、と、いきり立つ紳士に、ディブは、顔をひきつらせつつも、


「ミドルトン男爵、お越しでしたか」


などと、機嫌を取っている。


現れた紳士は、レジーナの兄、ハリー・ミドルトン男爵だった。


「あっ、あの、今日は、シーズン初の借り主様が、パーティーを開く予定で……」


「で、こんなごろつきが、集まっているのか!」


妹、レジーナへ、ミドルトン卿は、ピシャリと言った。


「お兄様!その様な言葉遣いは、お控えください」


「いんやぁ、旦那様の言う通りでさぁ」


「あたしも、そう思う」


許しも無しに、鈍り丸出しで、ジョンとリジーが、同意の言葉を述べている。


「旦那様、こりゃ、あんまりです」


まだ、喋り続けるジョンに、ミドルトン卿は、黙って耳を傾けている。


「リジー!そこの、コリンズさん、いや、プルフェィン卿の、もうひとつのお帽子を預かれ!」


「え?」


ジョンに半ば怒鳴り付けられた、リジーは、目を丸くする。


そもそも、プルフェィン卿は、紳士の嗜みである、帽子を被っていなかった。


「あー、だから、これだって」


ジョンは、意図を掴めないリジーに苛立ちをみせながら、さっと、プルフェィン卿の前へ立つと、その頭から、かつらを剥ぎ取った。


「だんな、部屋の中じゃー、帽子を脱ぐのが、紳士でさぁ、それも、できねーあんたは、やっぱり、エセ紳士なんだよっ!」


「心付けも、なかった!」


リジーが、思い出したかのように悔しげに言う。


「いや、それは、私が渡したろう?」


ディブが、ひたすら慌てている。


「うわっ!!!」


更に慌てるのが、プルフェィン卿だった。


頭に両手を乗せ、被っていたかつらが、本当に剥ぎ録られたのだと、確認しているのかなんなのか、ひたすら、ああ!!と、叫んでいる。


「……なんだね、コリンズ君。仮装パーティーにでも、出かけていたのかね?」


ミドルトン卿が、冷ややかに言う。


失態どころかの姿を曝されてしまい、もはや、プルフェィン卿は、コリンズに戻るしかなかった。


「とにかく、事情を聞かせてもらう。さあ!もう、こんな、茶番は終わらせてくれ!」


ミドルトン卿の気迫に押され、ディブは、連れてきた紳士達を追い出した。


「なんだ、おい!」


「話がちがうぜ!」


ブツブツ文句を言う男達を、ディブは、また後で、と、機嫌を取りながら、玄関ステップで見送っている。その後を、リジーが皆のくたびれた帽子を抱え追いかけていった。


「ディブ様、皆様へ、帽子をお渡ししました」


エプロンのポケットを見せるリジーに、ディブはふたたび渋い顔をした。


「ジョン、コリンズさんを見張りなさい。リジー、お茶の用意を。私は、着替えて参りますので、暫し、お時間を頂けますでしょうか」


ビートンが、指示を出し、自身は執事らしいお辞儀をミドルトン卿へ向けた。


「で、では、お兄様、ひとまず、手前の間で……」


本来の来客用の応接室は、談笑できるよう、主だったテーブルや椅子は片付け、パーティー様に整えてある。


じっくり腰を下ろして、話すには、手前にある、レジーナがお茶の時間に使う、日常使いの部屋しかなかった。若干、狭くはあるが致し方ない。


「さあ」


と、レジーナは誘い、ビートン、リジーは、それぞれの役目の為に消え、ジョンは、コリンズを小突いた。


「まったく。すべて、話してもらうよ!」


ミドルトン卿は、仲間内の見送りを済ませたディブを睨み、つかつかと手間の間へ歩んで行った。


小言の始まりを予感しつつ、レジーナは、兄の後を追いながらディブを睨み付けた。


レジーナの声かけに、応じるようにジョンが、


「ディブ様、コリンズさん、どうぞ奥へ」


逃がすものかと、これまた、睨み付けた。


「あ、あー、ジョン、これを」


コリンズが、ジョンのポケットへ、紙幣をねじ込んで来る。


「……他に、まわらないと行けない御屋敷があって……」


逃がしてくれと、コリンズは、言いたいようだが、ジョンはすまし顔で言った。


「あれ、プルフェィン卿、他の御屋敷でも、パーティーを主催してんですか?じゃあ、お帽子をお返ししなきゃあなぁ」


コリンズの鼻先に、かつらが、突きつけられた。


──こじんまりしているが為に、レジーナの個人スペースとして、利用している応接間で、騒ぎの関係者達は、気まずそうに顔を付き合わせている。


軽快なノック音と、共に、ビートンが、パーティーで出されていたであろうローストビーフを、サンドウィッチにして、お茶と共に、ワゴンに乗せて来た。


作法的には、誉められる組み合わせではないが、レジーナの兄、ミドルトン卿の事を思って用意したのかもしれない。


たった今、馬車を飛ばして到着した、といった様子では、空腹のはずと、ビートンは読んだのだろう。


さすがに、卿へ、フィッシュ&チップスを出す訳にはいかない。


山の麓へピクニックに出かけるのではないのだから。


ミドルトン卿は、ビートンが、入って来ても、前に座るレジーナとディブを睨み続けており、窓際では、かつらを剥ぎ取られ、中途半端に、変装が残っているコリンズが、渋い顔をしながら、ジョンに見張られていた。


「……ビートン、レジーナに問いただすべきか、あの、道化師へ尋ねるべきか?」


ティーカップを、手際よくセットしながら、ビートンは、左様ですねぇ、と、気の無い返事をしつつ、私がご説明できますが?と、何か企んでいるのか、ブルーの瞳を細め、ミドルトン卿へ言った。


「ああ、それが早いかもしれない。そもそも、お前に呼ばれたのだから」


「ビートンに?」


レジーナは、何も聞いて無いと、正装姿から、あっという間にお仕着せへ着替えている執事を見た。


「それで?」


と、ミドルトン卿は、カップを口へお運びつつ、並べられているサンドウィッチへ視線を落とす。やはり、空腹を抱えている様だが、皆の手前、控えた方が良いだろうと判断したようで、すぐに、用意していたであろう言葉を切り出した。


「この屋敷の借り主は、いや、パーティーは、いつも、この有り様なのかね」


誰に言うという訳でもなく、卿は呟き、しかめ面を崩さない。


慌てて、ディブが、返事をしようとするが、卿は、受け付けないとばかりに、手を振った。


「いつも、ではありません。そもそも、いつも、パーティーはありませんから」


レジーナが、静かに答える。


「……いつも、ではない。いや、いつも、ない。というのは?話が違うぞ」


妹の発言に、卿は、すぐに、ビートンを見る。


レジーナは、話しているのは、自分なのにと、幾ばくか、ムッとしつつも、兄の言っている事が正直掴めず、やはり、ビートンに、任せた方が良いのだろうと、そのまま押し黙った。


「はい、レジーナ様の仰る通りです。実際は、借り手のない屋敷と、チェルシー地区でも、有名になっております」


「……ビートン、それは、有名ではなく、悪名、だろう」


卿は、レジーナ同様、話が見えないという素振りを見せた。


すると、


「ですから、私が、見かねて、借り主を探し……」


ディブが口を挟んでくる。


「ええ、私どもを、騙してまで。何をお考えか存じませんが……」


ビートンが、口角を上げて、コリンズを見た。


「ともかく……」


言いながら、ビートンは、どこに忍ばせていたのやら、一冊の帳簿らしきものを取り出し、卿へ差し出した。


「……収支の報告は、毎月、受けているが?」


何も問題はなかったはずと、卿は、言いたげに、ビートンの差し出す帳簿を手に取ると、目を通した。


とたんに、その表情が、凍り付く。


「……ビートン、私が目にしている内容と、異なるが?」


「はい、いわゆる、裏帳簿です。いえ、正しくは、卿が報告を受けているものが、裏、なのかもしれません」


レジーナは、何が起こっているのか、理解できなかった。


毎月の収支報告は、確かに、レジーナも目を通し、兄へも報告している。その一通りの作業は、ビートンが仕切っていた。


この報告では、兄も、黙ってないだろう。そんな事を思いつつ、赤字経営からの脱却を試みる。そんな、毎日なのに……。前に座るミドルトン卿は、始めて、屋敷の実情を知ったかのような態度だった。


「ビートン」


レジーナが言う。


「ビートン、説明を」


ミドルトン卿が言う。


「あの……、屋敷の運営は、実に、上手く行っており、コリンズも、良くやってくれておりまして……」


聞かれてもない、ディブが、また、口を挟む。


「ディブ、それは、君と、君の仲間の頭の中で、だろう?すまないが、口出しするのを、辞めてもらえないかね」


「えっ、あの」


いきなり、釘を差す卿へ、ディブは、返す言葉もなく、顔を歪めた。

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