──何をしている、と、言われても。
レジーナは、前にいる、婚約者の驚き具合から、自分が行っていることの馬鹿馬鹿しさに気が付いた。
なにも自らが、使用人に扮して、謎の借り主の正体を確かめなくてもよかったのだ。
パーティーが、終わってから、ビートンに仔細を尋ねればよいだけで、仮に、パーティーのキャンセルということになれば、違約金を取れば、それで話は終る。
そう、わざわざ、レジーナが、パーラーメイドにならなくても、ビートンと仲介業者のコリンズがいれば、片付く話だった。
「……あっ、私……」
素に戻ってしまった、というべきか、まさに、何をしているのだろうかと、レジーナは言葉に詰まる。
嫌な沈黙が流れかけたその時、ドアが、ノックされ、いや、すまぬぇ、と、どこか聞き覚えのある声と共に、紳士が玄関ホールへ滑りこんで来た。
「あー!旦那様、靴をお磨きしましょう!」
ジョンが、新たな客がやって来たと、さっと腰をあげて、近寄るが、今度はジョンが、呆然とする。
「……コリンズさん、あんた、何やってっんすっか?」
な、な、何を、言っとるのかね、と、焦る紳士は、ジョンの言うように、コリンズその人だった。
「わ、私は、レミー・プルフェィン伯爵じゃ」
と、言葉通り、確かに見かけは、プルフェィン卿と言って良い貴族の紳士なのだが。
亜麻色のかつらを被り、つけ髭を張り付け、
「い、いや、すまぬなぁ、主宰が、遅れてしまって」
ワハハハと、三文芝居さながらの変装をしている、コリンズ、いや、プルフェィン卿は笑った。
笑いたいのは、こちらですがと、ばかりに、ジョンは吹き出しそうになるのを堪えつつ、レジーナを見る。
脇では、ディブが、顔をひきつらせていた。
まさか、レジーナが出てくると思っていなかったのだろう。
変装したコリンズを立てて、パーティーを行うつもりだったのだろうか……。
それならば、ディブ主宰のパーティーを開けば良いものを。
間抜け具合にも程があるが、ディブと、コリンズが、ここまで仕組むとは。レジーナには、どうせバレない、いや、バレても、かまわないと踏んでのことだろう。
そうだ、これは、屋敷の持ち主が、女、そして、婚約者だから、どうにでもなる と、レジーナが二人に舐められている結果なのだ。
怒りが、ふつふつと沸き上がって来たレジーナは、キッと、顔を引き締める。
「まあ、これは、よくお越しくださいました。まずは、ジョン、お客様の靴を磨きなさい。リジーこちらへ!皆様のお帽子をお預かりして!」
い、いや、レジーナ、と、ディブが、再び焦っている。そして、コリンズもとい、プルフェィン卿も、いやいや、それには、及ばぬとか、なんとか言っている。
すでに、現れているリジーは、ちょこんとお辞儀をしながら、紳士達から、帽子を受け取り、その度に、エプロンのポケットを見せていた。
その意味が、集まっている紳士達には通じないようで、ポカンとしている。
「あら?」
と、言う、レジーナの一言に押されて、結局、ジョンとリジーへ、ディブが心付けを渡すのだった。
同時に、なあ、と、紳士達が、呟き始めた。
「靴磨きが、いるから、身元がバレるって、靴を新調したんだぜ」
「いい加減、酒と、飯にしてくれよ」
「飲み放題、食い放題なんだろ?」
ぶつぶつ、不満を口にする紳士達を、ディブは、まあまあ、すぐ始まるから、などと、機嫌を取っている。
なるほど。と、レジーナは、マクレガーの言葉を思い出していた。
──どうせ、ディブ様が仕切るんじゃねえでしょうか──。
まさに、その通り。紳士ということにしているが、集まっている男達も、皆、一癖ありそうな面子だった。
必ずしも、貴族のパーティーに、貴族以外が訪れてはならないと、いうことはなく、ゲストハウス的な、この場所でなら、位がない者が集っても問題はない。
そして、主催者が、招待しているなら、なおさらのこと。なのだが、貴族階級と付き合う庶民は、結局、貴族と張り合える資産の持ち主で、手広く商売を行っているとか、決して、ジョンや、リジーのような、さらに、集まって来ている紳士達のような者達ではない。
しかも、前で、ぶつぶつ言い始めている男達は、ジョンの眼を誤魔化す為に、靴を新調するという、レベルの紳士達なのだ。
これは、参った、と、レジーナもげんなりしていた。
さあ、パーティーは、始まった。エセ亡命貴族と、エセ紳士を相手にしなければならないのか、と、思いつつ、自分も、エセ使用人だったと、レジーナは思い出す。
笑いを噛み締め、奥の間へご案内しますかと、レジーナが意気込んだ時……。
「いったい、今日のパーティーは、なんだ!」
これまた、レジーナのよく知った声が響いた。それも、すこぶる、機嫌が悪い。
「ビートン!この集まりを、すぐに終わらせろ!」
続けざまに、現れた人物は叫んだ。