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第6話


レジーナとリジーのいる控えの間も、隣り合わせの厨房も、階段の裏手にあたる為、死角となって玄関から見えることはない。


当然と言えば、当然のこと。裏方が玄関から丸見えでは、非常にまずい。階段という隠れ蓑を使って、見えない様に設計されているのだ。


その為、多少、レジーナとリジーがドアから顔をつきだしても、表方には見つからない。と、いうことは、玄関の様子も、二人には完全には伺えないことになる。


しかし……。


レジーナとリジーは、玄関で執り行われていることを、しっかりと理解していた。


ジョンの声が響いていたからだ。


「まあー、そうゆうことなのね」


「はい、レジーナ夫人、ああやって、心付けを頂くんです。でも、私は、表に出れないから……」


リジーが、寂しそうに言っている。


客の前に出ないリジーは、確かに心付けというものは、貰えないだろうが、今は、そんな話ではなく、と、レジーナは少しだけずれているリジーに苛立った。


そうこうする間に、表方は姦しくなって行く。


「旦那、何かお忘れではないですか?」


ジョンが粘っていた。


「そりゃーないですよ!紳士たるもの、そこは、気くばりのうちってやつでしょう!」


あてが外れたとばかりに、ジョンは怒鳴っている。


「まあまあ、そう短気にならず。こちらは、ロンドンに初めて来られた紳士なのでねぇ、さあ、これで、機嫌を直してくれないかい?」


仲裁に入る声がした。それは、レジーナにも聞き覚えのあるものだった。


「いやー、ディブ様、すみませんねぇ」


ジョンは、たちまち、ご機嫌になるが、それは、ディブが、ジョンへ、紳士に代わって心付けを渡したということで、そこにディブがいるということは、ドアを荒々しく叩いたのは、電報配達ではなく、本日の主賓及びその招待客ということ……。


「リジー、さあ、下がって準備を!」


パーティーは、始まったのだ。


レジーナは、慌てて玄関へ向かった。


借り主のプルフェィン卿も到着しているはずだ。貸し主として、パーティーの成功を願う挨拶ぐらい交わさなければ、と、気が焦ったレジーナだったが、会場になる奥の間を通りすぎた時、今の自分の立場を思い出した。


レジーナは、単なる使用人パーラーメイド


ジョンの事も、詫びなくてはならないだろうし、この場合、パーティーの成功について、語るべきではないだろし、さて、ここは、どう対象すべきなのだろう。


ふと、兄の住む本宅を思い出したが、そもそも、田舎のパーティーなど、決まりきった行事に、親族が集まるぐらいで、パーラーメイドが活躍する事もほとんどなかった。


参考になる物もなく、ビートンに、レッスンを受けておけばよかったと、後悔するレジーナだったが、始まってしまったものは仕方ない。


深く息を吸って、お仕着せにしている、ブルーのワンピースドレスを、ぎゅっと掴んだ。


そして、再び、レジーナは気が付くのだった。


玄関には、ディブがいるということを──。


パーラーメイドの在り方よりも、ディブとかち合う事のほうが、非常に気まずく、いや、騒ぎになるのではなかろうか。


ビートンは、何を考えているのだろう。と、金モール付きの赤いボレロを羽織り、かつらに、小麦粉を振りかけていた姿を思い出す。


きっと、彼は、何も考えてない。しいて言えば、収入を確実に得るその為に、レジーナを立ち会わせ、いや、使っているだけなのだろう。


はあ、と、ため息をつく、レジーナに、


「ああ、パーラーメイドの、レジーナ夫人、お客様の到着です!」


ジョンが、声をかけてきた。


見れば、補助椅子オットマンに座らされた紳士がジョンに靴を磨かれている。狭い玄関ホールは、自分の番を待っている紳士達で溢れている。


「あー、パーティー前にゃー、靴を磨くもんですよ、ねぇ、夫人?」


言うジョンの上着のポケットは、若干の膨らみがあった。


ディブが、渋い顔をしているということは、彼が、ジョンへ心付けを渡しているのだろう。


しかし、紳士達は、ジョンの言葉を真に受けて、素直にしたがっており、かといって、自ら、心付けを渡す素振りはない。


ディブが言っていたように、彼らは、ロンドンが初めてなのかもしれない。しかし、何処に住もうが、紳士ならば、ジョンの見え透いた口先に惑わされことなどないはずだ。


よほど、集まりに慣れていない紳士達なのか。レジーナは、不信に思いつつ、本日の主賓、プルフェィン卿らしい、人物を探したが、それらしき人物は見当たらない。


マクレガーが、正解だったかもしれない。プルフェィン卿は、急遽来られなくなった、ということにして、ディブが、パーティーを仕切るのだろう。


玄関ホールで、うろたえるレジーナを、さらに、うろたえながら、見る人物がいた。


ディブだった。


「……レジーナ、君、何しているの?!」


ディブは、驚きから目を見開いていた。

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