ビートンの提案を受け入れたレジーナは、早速準備に取りかかっている。
まず、用意しなければならないのメイドらしく見えるドレスだろう。
リジーと同じお仕着せでは、格が落ちる。メイドと言ってもビートンが望んでいるのは、
レジーナは、手持ちのドレスを引っ張りだし、悩み続けていた。
もちろん、ドレスといっても、夜会服ではなく平服で、それらしく見える物、ビートンのパーティー用の給仕服に釣り合う物をと、探しだしている。
幸いなことに、パーラーメイドの服装には、これといった決まり事がない。屋敷毎に、用意するという曖昧さなので、手持ちのドレスの装飾に手を加えればどうにかなるだろう。
さすがに、オーダーするには、時間がない。3日後など、到底まに合わないはずだから。
──ビートンの給仕用の正装は、赤い上着に金モール、金ボタンだったはず。
そこで、レジーナは、ブルーの綿平織のワンピース・ドレスを選ぶ。
前中心にユサール風と呼ばれる、タックが連なるデザインのものだ。
タックの両脇には、アクセントとして、同色のポンポン飾りがついている。この、飾りを取ってしまえば、どことなく、パーラーメイドに見えそうだった。
レジーナは、早速、ハサミを手にした。
「えーー、じゃあ、お客様は来ないんですか?ビートンさん」
厨房の隣に備わる控え室に集まり、一息ついている面々へ、ビートンは子細を伝えていた。
ついでに、ジョンの仕入れて来た噂から、このパーティーは、ディブとコリンズによって、仕組まれたものだろうと、推測も述べた。
リジーは、勘違いしたらしい。と、いうよりも、それが、彼女というべきか、やや、おつむが弱いところがある為か、複雑な話をすると、早合点、または、通じない事が多々あった。
「リジー、後で、説明してやるから、まずは、男同士の話だ」
ジョンが、何時ものように、リジーを黙らせる。
話の節々で、じゃー、とか、なんで、とか、合いの手を入れられると、話が進まないからだ。
「ビートン、そんじゃー、どっかのパブで、フィッシュ&チップス買って来てくれ。わざわざ料理するこたぁねぇだろう」
「マクレガー、そう言わず。今回の裏方には、レジーナ様も参加される」
「はあ?なんなんだ?レジーナ様が?あー!じゃあ、皿洗い頼んでくれよっ、俺、その間に、客の靴磨きするからよぉ」
「ジョン、タダ働きになるかもしれませんよ?心付けなど、払ったことのない面々が、集まるかもしれないのですから」
「えー!俺の楽しみは!」
と、ジョンは、叫びつつ、頭をかきむしった。
「はっ、自分の仕事ほっぽり出して、一人だけ、いいおもいなんぞさせるか」
マクレガーが、ごちる。
「あの、私、皿洗いしてもいいですよ!」
リジーが、話しに加わろうとした。
たちまち、男性陣に睨まれて、リジーは肩をすくめる。
「ピートン、とにかく……そんなで、本当に料理を作る必要があるのか?」
上流貴族の晩餐会、はたまた、一流ホテルのディナー並みの料理を作りたがる、料理長を、ビートンは、やんわりとなだめた。
「そうですね、もしも、もしもですよ、私の狙い通り、ディブ様達が仕組んだものなら、招待客はむろん、舌の肥えた紳士ではありません。なにより、ナイフとフォークが、正しく使えるのかというレベルでしょうから、マクレガー、あなたの料理も評価されない」
ビートンの言い分に、マクレガーは、ちっと、舌打ちした。
「ですから、料理は、フィッシュ&チップス意外は、残るでしょう。すると?つまり?」
「うわー!おこぼれが、食える!!」
ジョンが、大喜びした。
客が手を付けない、はたまた、残した物は、裏方で、始末する。つまり、使用人達の腹の中へ収まるのだ。
「おお!そうだなぁ、そんじゃー、おめぇらに、本物の料理ってもんを食わせてやるよ!集まる客は、ビートン、あんたのいう通りなら、ディブ様か、コリンズの仲間、つまりは、ごろつきだ。上等な料理なんぞ、そいつらの口に会うわけがねぇ」
不機嫌だった、マクレガーの顔は一気に緩んだ。
「マクレガーさん、凝りすぎるのは、やめてくださいよ!俺らの口にも合わないなんて、ごめんだ!」
ジョンの言葉に、全く、若いもんはわかっちゃいねぇと、マクレガーは、ぶつぶつ言っている。
「と、まあ、なにやら、きな臭いパーティーなので、その、本質を見極めて頂く為に、レジーナ様に、メイドとして、参加して頂きます。そこのところ、よろしくお願いしますよ」
えっ、と、皆は、驚いた。てっきり、分かりにくい、ビートンの冗談かと思いきや、レジーナが、メイド、とは。どうやら本気で参加させるつもりかと、マクレガーと、ジョンは、顔をみあわせる。
リジーだけは、まあ素敵!と、喜んでいた。