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第3話

ディブのお陰で、話はトントン拍子に進んでいく。


レジーナは、気付く。


借り手がつかないのは、使用人達にも、問題があるかもしれない。リジーの様に。しかし、それは、些細なこと。要は、コリンズが、怠慢なだけではなかろうかと。


ただ、借り主は、ディブの紹介。トントン拍子も、当然といえば当然なのかもしれないが。


そして、屋敷の裏方は、悩んでいた。


ビートンは、借り主、レミー・プルフェィン卿の希望をコリンズ経由で、手に入れていた。それを、厨房の隣に備わる控え室で、パンとくず野菜のスープという質素な食事を摂っている使用人達へ告げた。


「泊まり客は、居ない。招待客は十数名の予定……」


「ビートン、このディナーのリクエストは、なんだ!フィッシュ&チュプス大盛り?!おまけに、シェリー酒、シャンパン、ウイスキー、ジンだって?!」


ビートンの言葉を遮るように、料理長のマクレガーが文句を言った。


「パーツィィーって、言うより、パブで盛り上がる感じじゃねぇっすか?」


スープを啜りながら、調理助手のジョンが、訛り丸出しでマクレガーが言わんとすることを続けた。


「シーズン初のお客様!掃除に気合い入れなきゃ!」


リジーだけは、喜んでいた。


「はあーー、そろそろ、至高料理、オートキュイジーヌの出番かと思っていたが」


マクレガーは、ごちそうさんと、言い捨てて、巨体を揺らしながら厨房へ消えた。食材の確認を行うのだろう。


「あー、こりゃ、皿洗いに精一杯で表へ出れねぇなぁ。これじゃー、靴磨きの心付けはもらえねぇ」


ジョンは、悔しげに、ボサボサの髪の毛をかきむしると、フケを落としながら、スープ皿を下げて行く。


「きゃー!ジョン!」


「リジー!さっさと食えよ」


「そうじゃないわ!フケよ!フケ!あたしの、お仕着せにも落ちて来た!」


もう、やだ!と、泣きべそをかきつつ、リジーも席を立つ。


メニューに凝りすぎる料理長、食器を磨かず、客の靴を磨く助手。そして、潔癖癖を他人に押し付ける掃除係ハウスメイド。加えて、人嫌いの執事では、客の機嫌を損ねるばかり……。ビートンは、今更ながら、屋敷の不人気に納得しつつも、マクレガーの指摘、貴族らしからぬリクエストに首を傾げたのだった。


その報告を、レジーナも遅ればせながら聞いた。皆の意見によると……と、ビートンは語った。


「そう、厨房が、そう言うのなら、確かにおかしわね。それで、部屋の設えは?」


「このままで良いとのことです」


「ビートン?その、プルフェィン卿は、ここを下見してないのでしょう?このままと言っても……」


「左様でございますね」


レジーナも、何かおかしいと、感じていた。


「そこで、ご提案ですが、レジーナ様自ら、開かれるパーティーを お確かめになるというのは、いかがでしょう?ここには、ハウスメイドは、おりましても、メイドは、おりません」


レジーナは、執事の意図が掴めなかった。


ただ、パーティーで、ビートンだけに、給仕を含め全ての表方を任せていたのは不味かったかもしれない。どうしても、仕事が遅くなる。それも、不人気の理由だったのだろう。


「新たにメイドを雇うのは、物入りです。そして、実は、パーティーは三日後に、迫っております」


そして、ビートンが、ブルーの瞳を意味深に細め、


「レジーナ様が、メイドに扮するのが、一番ではないでしょうか?」


と、信じられないことを言ったのだった。


ビートンの提案に、面食らったもののレジーナは、その言い分に耳を傾けていた。


「失礼ながら、ディブ様のお知り合いというのが、気になりまして……」


三日後に、屋敷を利用する亡命貴族とやらのことをビートンは、調べたらしい。


噂を集めただけにすぎないのだがと、前置きし、レジーナへ、ビートンはその結果を告げた。


──レミー・プルフェィン卿なる人物を誰も知らない。


名前まで知らなくとも、亡命してきたという物珍しさから、その人物像は、使用人達の間で噂に上がっているはず。しかし、亡命貴族がいることなど誰も知らず。そして、紳士が集うクラブにも、該当する人物はいない。そこまで上流の貴族ではないのかと、ジョンを使って、貸し馬車の御者達にも探りを入れたが、そちらでも、同様だった……。


「しかし、興味深い話を、ジョンが入手したのです。数人の紳士達が、高級靴を買いに行ったそうです」


「……靴ぐらい、誂えるでしょう?」


「下町訛りのある、紳士達が、本来の紳士が御召になる靴を手にする為に、店へ現れたのですよ?レジーナ様」


ビートンは、どこか、嬉しそうに、おかしな話もあるものですね。と、レジーナを見た。


「そもそも、靴を買うなど、貴族のすることではありません。オーダーするのが常識です。それを、市場で古着でも買うのかと勘違いしたのか、よりにもよって、他のお客様のために誂えた靴を、商品と思い込み、これをくれと……ひと騒動あったそうです」


辻馬車の御者が、待ち合い中、一部始終を見ていたらしく、御者の間では、ちょとした話題になっているらしい。


「では、ビートン、屋敷を借りたのは、貴族の振りをした者、ということなの?」


「ええ、誰かが、漏らしたのでしょう。当屋敷に、靴磨きがいると……」


その誰かとは、ディブであろうと、ビートンは、言い切った。


「つまり、……普段履いている靴を見られると、身分が分かってしまうから、高級な靴を手に入れようとした?」


レジーナの返答に、ビートンは、満足げに頷いた。


いったい、何が起こっているのか、レジーナは、まだ、理解できていなかったが、ふと、屋敷に、靴磨きなど、雇っていただろうかと、考える。が、一人、執拗に、何でも磨きたがる人間がいる事を思い出した。


「ねぇ、ビートン?その来客の靴を磨く、というのは、リジーのことかしら?」


「いえ、ジョンです」


「なんですって?!」


レジーナの心中を察したようで、ビートンは言った。


「残念ながら、我々の賃金では、いくら住み込みといっても、やって行けません。お客様からの心付けというものに、頼るしかないのです。それに、ジョンは、元々、路上で靴磨きを行っておりました」


ジョンは、心付け欲しさに、食器を磨かず、靴を磨いていると……。


レジーナは、驚くどころか、呆れていた。


借り主の身元が、怪しいというより、屋敷の者達も、癖がありすぎるのではなかろうか。


自分の知らない所で、様々な事が起こりすぎていると、危惧したレジーナは、屋敷で何が起こるのか、はたまた、皆は、どのように働いているのか、確かめる必要があると感じ、メイドになるという話を引き受けたのだった。


自分は、女主人なのだ。知る権利は、ある。


そして、メイドに扮して、借り主の正体を暴かなくては。このままでは、毎シーズン、ディブの悪知恵が働くことになるだろう。


「ああ、全く、なんてこと」


「左様でございます」


ビートンは、執事らしく、落ちつき払って答えた。

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