「いやー、よかったんじゃねぇっすか!シーズン頭っから、借り主が見つかって」
「そうだよ、レジーナ」
客間には、艶のない黒髪を適当にとかし、安物の上着を羽織る、不動産業者のコリンズと、執拗に褐色の髪をとかしつけ、仕立てたばかりに見える上着を羽織る、見かけだけは異常に力を入れた婚約者、ディブの言い分が響き渡っていた。
どうも、この二人が、組んで、借り主を見つけて来たようなのだが……。
確かに、パーティーシーズン頭から、借り主が現れるというのは、最高の話だろう。評判が良ければ、次の客が見つかる可能性が高まる。つまり、シーズン中に二組も、借り主が現れるかもしれないのだ。
レジーナの前に鎮座する、男二人は、それを狙っているようだった。
「とりあえず、私の知り合いに、話を取り付けて来た」
などと、ディブが言っている。
「旦那、助かりやんしたよ。このお宅は、なかなか、借り手がみつからないんでねぇ。何か、悪い評判でもあるんすっかねぇ」
コリンズは、出されている紅茶を、ズズズと、耳ざわりな音をたてながら飲んだ。
さすがに、ディブも、気になったのか、横目で、コリンズを見ながら、それで……と、レジーナに、借り主の事を話し始めた。
「……で、ビートン、お前は、どう処理するつもり?」
レジーナは、背後で姿勢よく起立している、執事へ、決断を委ねた。
実際、レジーナの補佐と称して、この執事が、あらゆる事を采配する。つまり、女受けしそうなブルーの瞳を持ちながらも、人嫌いとばかりに、誰に対しても偏屈な応対しかしない男へ、レジーナは、聞かされた事を丸投げしたのだ。
シーズン初の借り主とやらは、どこかの国の亡命貴族とか。それだけでも、胡散臭く、さらに、ディブの知り合いとくれば、本当に、貴族なのか、そこからなのだが、ここで、レジーナが、下手に前へでれば、きっと、ディブも、しゃしゃり出て、屋敷乗っ取りへの足掛かりを作ろうとするだろう。
仮に、その、亡命貴族とやらに、屋敷を貸すことになっても、執事のビートンが、諸々の手配をおこなうのだから、今、彼に意見を求めるのは、おかしな事ではない。
が、ビートンは、左様ですなぁと、冷たくいい放ち、レジーナ様に従いますと、上手く逃げ切った。
さすがだこと。と、レジーナも、呆れつつ、少しばかり、判断に迷っている自分を励ました。
決めるのは、レジーナしかいない。しかし、もう、この話は決まっているのに等しい。誰も、反対しないのだから。
ビートンも、これは、と、思えば、上手く理由を付けて、レジーナへ断るように助言するはず。
そもそも、賃貸と言っても、パーティー会場として、提供するだけの話で、仮に、悪質なマナー違反を行われても、当日、はたまた、数日の間、我慢すれば良いだけのことだった。それで、まとまった額が、入って来るのなら……。
借り主の身元より、前に座る二人に、こちらの取り分を持ち逃げされないように、気を付ける事の方が、重要だと思いつつ、レジーナは、愛想笑いを浮かべるわけでもなく、静かに席を立つと、
「では、後のことは、いつも通り、ビートンと」と、コリンズへ声をかけ、部屋を出たのだが、ディブが、慌ててレジーナを追って来た。
「もしかして、何か気に障る事があったのかい?」
ええ、もちろん。あなたがいるから。
と、答える訳にもいかず、レジーナは、コリンズが漂わせていた安物のコロンの匂いと、あの、お茶を啜る音に耐え兼ねたと、ディブの相棒と化している男のせいにした。
「ああ、確かに、あいつは、無神経な所があるからねぇ」
それは、あなたも……とも、言えず、口ごもっている所へ、奥の間から羽箒を持った
「ごめんなさい、ディブ。早速、ジニーに、これからのことをいいつけなくては……今日のところは……」
レジーナが、見え透いた言い訳を発している間、ジニーは何かを見つけたようで、ディブへ向かって行った。
「あー、ディブ様、上着に埃が!」
ひょこりとお辞儀をして、失礼しますと、言うが早いか、ジニーは、ディブの上着を羽箒ではたき始めた。
「ソファーの埃を拾ってしまったのでしょうか?」
ジニーは、いたく真面目な顔で、ディブへ羽箒を振り下ろしている。
「もう、結構だ!ジニー!やめてくれ!」
ディブは、ジニーから身を翻し、その場から逃げ出した。
「ジニー、もしかして、他のお客様にも……」
「ええ、勿論ですわ。この御屋敷が、埃だらけだなんて、噂になっては大変です!」
いや、それは。
窓枠や、家具に溜まった埃払いの羽箒を上着へ振り下ろされては、たまらない。
仕事に忠実すぎるメイドに、呆れつつ、レジーナは思う。
借り手が見つからないのは、使用人達のせいなのかも、と。