目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
EX-3:最後の作戦と英雄 その2

 自分の出番など来なければいい。そう思っていた九寧だったが、現実はそう甘くはなかった。


「座標E-4に透明化怪人を2体発見! すべてマーキング済みですが……来ます!」

「用意しろ!」


 轟音と土煙が舞う。

 自衛隊員の声と共に指定された場所へ意識を向けると、そこには透明な怪人が2体浮いていた。怪人そのものは透明だが、光る矢が突き刺さっていたり極彩色の液体を被っていたりで位置がまるわかりなのだ。

 それ自体は間抜けな構図と言えなくもなかったが……笑う気にはちっともなれなかった。


 なにせ、相手は自分たちを殺そうとしているのだから。


撃てファイア!」


 自衛官、曽我の合図で怪人特効砲弾が次々と発射されるが、しかし怪人どもはそれらを悠々と躱すことで対処していた。


「馬鹿な、見てから避けられるはずが……」

「見せ物の分際で、忌々しい人間どもめ……どうやっても矢が抜けん」

「厄介な兵器に、厄介な魔法を作り出したようだな。そもそも魔法少女がいるのも想定外なのだが。だが、周辺の雑魚さえ蹴散らせば抜け出せる」


 そして怪人の意識がこちらに向いた。いつもの怪人戦とはわけが違う、本物の殺意。それを前にして、九寧の足はすくんでしまった。

 もう少しは戦えると、思っていたのに。


「"玄関"に戦力を集中してきたのは褒めてやろう。だが裏を返せば、そこさえ抜ければあとは楽勝ということだ」


 透明でもマーキングのせいで分かってしまう。怪人の腕が凶悪な刃物に変化していく。あれで、変身衣装ごと切り裂く気だ。


「鐘の怪人の弔い合戦だ。退いてもらおう、魔法少女」

「ひ……」


 気迫に押され、後ずさりする九寧。当然そんなことなどおかまいなしに、怪人の凶刃が九寧の首に向かっていき……。


「【いやだね】」

「む……」

「どうした、聞けないの? ──【王の御言葉マイオーダー】が」


 そして、途中で止まった。気が付けば眼前には王冠レガリアと、曽我が立っている。特に曽我は二人をかばうようであった。怪人はすっかり勢いを失っており、中途半端な位置を維持せざるを得なくなっていた。


「れ、王冠レガリアちゃん」

猫召喚師キャッツマスターちゃん、石庭師ストーンカッターちゃん、私も怖いよ。【でも、戦おう。私たちにはそれができる】」

「……うん!」


 王冠レガリアの【王の御言葉マイオーダー】の効果によって、九寧は徐々に恐怖と緊張がほぐれていつもの調子が戻ってきたように感じてきた。恐怖が麻痺しているのではなく、恐怖と同じくらいの勇気を無視できなくなってきたのだ。


「──【武具召喚サモン王権兵器ロイヤルウェポン】」

「【生体召喚サモン彷徨える剣闘虎サーベルタイガー】!」

「【武具召喚サモン石掘削石ダイアモンド・カット・ダイアモンド】」


 各々が武具を召喚し、従える。王冠レガリアは超巨大な浮遊する剣と盾を、九寧は湾曲した剣をくわえる古代の虎を、そして石庭師ストーンカッターは高速で回転する金剛石の円盤を。

 それぞれがそれぞれの武器を確認し、ほとんど同時に怪人の元へ突進をさせた。


「ちっ……雑魚の魔法など効かないはずだが」

「もいちど試してみる? ──【動くな】」

「ぬおっ」


 王冠レガリアがそう命令したとたん、怪人どもの動きの精度がガクッと落ちる。動けないわけではないが、それを相殺しようとする不可視の力が常に働くために強引に動くしかないからだ。好機と見て、あらゆる刃物が怪人の元へ向かう。


 だが、その強引さがかえって怪人の助けになった。【王権兵器ロイヤルウェポン】、【剣闘虎サーベルタイガー】、【石掘削石ダイアモンド・カット・ダイアモンド】がどれも怪人に打ち返されたのだ。

 現在、各妖精と魔法少女のつながりは妖精界によってシャットアウトされている。ホームが全ての魔法少女と仮契約することでその問題は解消されたが、しかし彼の膨大過ぎる魔力が勢い余って魔法の効果すらも増大させていた。それが本気の怪人に【王の御言葉マイオーダー】が効いた理由であった。

 それによって武具の攻撃力も増していた。しかし同じく【王の御言葉マイオーダー】によって怪人は常に全力を出さねばならなくなったことで、強化された武具による不意打ち気味の一撃が成立しなくなってしまったのだった。


 ただ、【王の御言葉マイオーダー】が無ければ攻撃を当てることすらできなかっただろう。そしてそれを見逃す自衛隊ではなかった。


「やけに武具が強い! ここはいったん立て直して……」

撃てファイア!」

「ああああああああ!!??」


 魔力を灼く特殊な合金でできた弾が、2体の怪人を撃ち貫く。通常ならやすやすと避けられていたそれも、【王の御言葉マイオーダー】による制限と強化武具による牽制の前では必殺の一撃と化す。

 動力を魔力に依存している怪人の操縦機体アバターにとって、この弾はまさしく天敵であった。


「クソ、クソ! 全てがおかしい、どうして妖精どもが……」

「……猫目キャッツアイ?」

『分断を誘う戯言だろう。気にすることはない』

「貴様ら! 次は絶対殺してやるからなああああ!!」


 そう言って、2体の怪人は機能を停止した。彼らの命には限りがないことを隠そうともしないその口ぶりに、九寧の鳥肌が立った。恐怖と緊張は制御下に置けていたが、それでもなお残る恐怖。


「ありがとうございます。皆さんのおかげで2体の怪人を討伐できました」

「……あの、曽我さん」

「なんでしょう」

「これって、いつまで続くんですか」


 これが最後の防衛戦になるとは聞いていた。が、いつまで続くかは知らなかった。言い方からして、あの怪人はもう一度来るだろう。今度は一分の油断もなく命を刈り取ってくるだろう。


「早ければ、あと数分で全てのかたが付くそうです。もちろん油断は禁物ですが」

「数分……」

「裏では別の作戦が進行しています。怪人を全て無力化する、最後の作戦。私たちの使命はそれが安全に遂行されるよう、地球の安全を守ることなのです」


 曽我の手は震えていた。少しそれに目を向けると、曽我は慌てて隠すように握りこむ。今は周囲に怪人はいない。警戒しながらも会話を続ける。


「……すみません。本当は戦いにあなた方を巻き込むなどあってはならないことなのですが、しかしそうなってしまった」

「いえ、それは」

「先ほども震えていたでしょう。王冠レガリアさんの魔法で何とかしている、今が異常なのです」


 そう言われると九寧は言い返せない。恐怖に震えたのは事実だから。


「守ってくれたじゃないですか。ね?」

「……石庭師ストーンカッターさん」

「私たちの魔法じゃトドメをさせないようですし、頼りにしているんですよ」


 曽我はしばらく何も言わなかった。その意味について何か考えているようだったが、少しして言葉を振りしぼった。


「そう……ですね。私たちにできることは、最善を尽くすことだけです」

「報告です! こちらの方面に透明化怪人が1体! マーキングは無し!」

「……厄介な」


 怪人どもは話す間も与えてくれないようであった。この報告を聞いていたすべての魔法少女が、臨戦態勢に入る。

 自分だって守られるばかりじゃない。九寧のその思いを代弁するかのように、巨大な瘦身のネコ科動物が現れる。


「【生体召喚サモン反則級の瞬発猫チーター】! 嗅ぎ分けて!」


 命令を受けたチーターが一瞬だけ中空へ鼻を向けたかと思うと、次の瞬間には消え去っていた。

 そして九寧が振り向いた方向に、それはいた。何かにかみつくような態勢で、抵抗するかのように爪を立てて踏ん張っている。


「──そこです!」

「【武具召喚サモン石庭の巨像ヤードゴーレム】、押さえて」

「【動くな】!」


 王冠レガリアの、石庭師ストーンカッターの魔法が追い撃ちのように襲いかかる。透明な怪人の表情は見えなかったが、位置が完全にバレているのは予想外だったか一瞬だけ動きが止まっていた。

 そこに、対怪人特効砲弾が襲いかかる。完全に透明だった怪人は、何か言葉を発する間もなく魔力を灼かれて消滅した。


「曽我さん。私で戦うんですよ」

「……そうですね。共に地球を守りましょう」



「か、かっけーーーー! 最強じゃん、九寧!」

「結局、私はあんまり攻撃には貢献できなかったけどね」

「いやいや! 自衛隊と協力して、怪人を逃さずに倒したんでしょ!? 私たちの英雄ヒーローだよ!」

「ねえ、それで、それで? どうなったの?」


 紀春も、澪も目を輝かせていた。普段から怪人との戦いを聞いていた彼女らにとって、九寧の勇気の尊さなど語るべくもない。その価値をよく理解していないのは本人だけであった。


「私としては、もう必死でてんやわんやしてただけだったんだけどね……。そうそう、その後もしばらくは戦ってたんだけどね。急に作戦は終わっちゃったんだよ」

「……急に? 怪人が来なくなったってこと?」

「いや、全部消えちゃった」


 あまり九寧の言うことが呑み込めなかった。


「……消えた、って?」

「ほんとほんと、文字通りにね。戦ってた怪人が撃たれてもないのにスーッて消えちゃって。同時に全世界の怪人も消えちゃったみたい」

「な、なにそれ」

「曽我さんに聞いたら、それが"裏の作戦"成功の合図なんだって。もう復活もしないみたいよ」

「それはニュースで聞いたな。まだ様子見はするとも言ってたけど」


 確か、専門家が「もう怪人が襲ってくることは無いと見ていい」だとかなんとか話していたのを紀春は思い出した。そんなことは確かめようがないのだが、今のところ怪人の襲撃の知らせは無い。本当か嘘かはこれからわかってくるだろう。


「……だから、これはあくまで人を守るための力なんだなって思ったの。また怪人が来たときのためにも、練習しないわけじゃないけどね。あんまり自分の都合で使うのは良くないかなって」


 そう言って、九寧は照れくさそうに笑った。紀春と澪が顔を合わせて、次の言葉を言ったのはほぼ同時だった。


「お疲れ!」

「お疲れ様、九寧ちゃん」

「……え?」

「私たちを守るために、怪人を倒してずっと頑張ってくれてたんだなって! だからやっぱり、九寧は私たちの英雄ヒーローだって!」

「そうかな?」

「そうだよ、九寧ちゃん」


 聞き返す九寧に、澪が応えた。


「ありがとう、九寧ちゃん。だから、もう少し誇ってもいいと思うな」

「そっか……私も、守れたんだ」


 二人の顔を見てようやく九寧は実感がわいた。自分も確かにあの作戦に貢献し、そして彼女らを守ったのだと。

 気が付けば、コップはもう空だった。


「よし! 午後はどこ行く!?」

「相変わらず紀春ちゃんは切り替え早いねえ」

「しかも切り替えるとしたら紀春じゃなくて私じゃない?」

「『はのとに』のさ、コラボグッズが3階の雑貨店にあるって聞いて! 行ってみたくてさ!」

「もう、本当に紀春は……」


 そうは言いつつも、九寧はまんざらでもなかった。彼女がこうなのはいつものことだし。紀春や澪の本音を聞けて、魔法少女をやってよかったと心の底から思えた。


「そう言えば、これは噂なんだけど。怪人を最後に完全消滅させたのって、実は一人の魔法少女が単独でやったことらしいよ」

「なにそれ」

「私もよくわかんないけどね。だって、範囲も効果も桁違いじゃん。そんな魔法、見当すらつかないよ」

「……さすがにデマなんじゃない? 九寧ちゃんの言う感じだと"裏の作戦"は機密っぽいし、本当のことを隠すブラフとか」

「どうだろね。親睦会行けたら確かめられたかもだけど、もったいないことしちゃったかなー……」



「へ、へ……へくちっ」

「大丈夫? カゼぶり返した?」

「いや、ぶり返すには間が空きすぎでしょ……寝る時間ちょっと早くするか」

『由良はそれより運動では?』

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?