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EX-3:最後の作戦と英雄 その1

 せっかくの休日ということで、井塚いつか 九寧くねは友達と一緒にショッピングモールへ来ていた。

 今は正午頃。昼食のためにショッピングモールを出て、いつものレストランへと向かう。ここは時間帯の割に空いていることが多いので、よく利用しているのだ。


「あーあ。夏休みも終わっちゃったし、土日しか遊べなくなっちゃったな~」

「まあまあ。その分、学校で会えるじゃん」

「それはそうだけどさぁー」


 どうにもならない不平のような冗談を零すのは紀春きはるで、それを諭したのはみお。どちらも、同じ白丘しらおか学園中等部のクラスメイトだ。背丈はどれも中等部一年としては平均的で、まさしく仲良し3人組といったところか。ラフなボブスタイルで茶髪を短く切りそろえている紀春がセミロングの2人より少々幼く見えるかもしれない。

 九寧がチャーハン、紀春がハンバーグ、そして澪がパスタとそれぞれ思い思いのものを頼んでいた。


 どこからどう見ても普通の中学生である。が、このうち九寧くねにはある秘密があった。


「最近さ! 九寧の変身見てないよな!」

「どうしたの、唐突に」

「そうだね。折角かわいいドレスなんだし、また変身すればいいのに」

「……澪まで、もう」


 そう、九寧は魔法少女。【衣装型フォーム猫召喚師キャッツマスター】と呼称される、魔法少女の1人であった。


「あれは……ほら、恥ずかしいから。また今度ね」

「どうして? 猫耳のメイドさん、すっごくいいじゃない」

「よくないよ!? それ澪の趣味だからね!?」


 本来、変身は怪人との戦闘か配信のためにしかできなかったが、それは妖精界による恣意的な制限であった。妖精界が滅亡した今、変身の許可は個々の妖精が一定の基準に沿いつつも思い思いに下していた。


「いい? 魔法あれは人間には過ぎた力。だから魔法少女はしっかりと自制しないといけないの」

「妖精さんの許可制だとしても?」

「だとしても、だよ。それは私が判断を放棄する理由にはならないから」


 澪と紀春は顔を見合わせた。どうやら、この小さな魔法少女は思ったよりも結構考えているらしい。

 紀春が身を乗り出す。


「でもさ、テレビとかで変身してるのすげー見るよ!」

「そうなんだけどね。でも、やっぱりむやみに変身するのは違うかなって」

「ふーん……」


 その感覚はいまいち紀春にはわかりにくいものだった。力は使わなければいいし、なによりかわいいんだから自信を持てばいいのに。

 ただ、心当たりがないわけではなかった。


「それってやっぱり、夏休みのアレが関係してるの?」

「うん、そうだね」


 アレというのは魔法少女にとっても全ての人類にとっても重大な事件である、"最後の作戦"のことを指していた。澪や紀春のような一般市民には「怪人と大規模交戦を行いついには永久的に退けた」としか伝わっていないが、それでもこの作戦の重大さはわかる。何せ、数年前から人類社会に大きな被害を与えてきた怪人との決着だ。知人が巻き込まれたという話も多く、もう悩まされなくて良いという安心は大きかった。


「え、じゃあ……」

「もう1か月もたったし、気持ちも落ち着いたから話してもいいかなって」

「ほんと!?」


 そして九寧と紀春が話しているのは、九寧が体験した"最後の作戦"を彼女がなかなか話してくれなかったことについてだ。紀春は聞きたがっていたが九寧は慣れない戦闘で恐怖を感じたこともあり、なかなかそれを言語化できずにいた。


「九寧ちゃん、大丈夫なの? 無理してない?」

「んー? まあちょっと怖かったけど、怪我があったわけでもないし。もう大丈夫だよ」

「それなら、いいんだけど」


 ことがことだけに心配していた澪だったが、紀春は九寧から無理に聞き出すような子ではないし、九寧も本当に無理ならそう言う。それくらいの信頼はあった。

 紀春がジュースのストローをくわえたとき、澪が再び口を開いた。


「そう言えば、確か自衛隊との共同作戦だったんでしょう? 機密とかあるんじゃないの?」

「それは話しても大丈夫だって自衛隊の人が言ってたから!」

「ふーん……?」


 それでも一応言い逃れる口実にと澪は助け舟を出したが、しかしそれは九寧自身にすっぱりと断ち切られてしまった。

 実際、自衛隊との共同作戦であったのにもかかわらず九寧が秘密にしなければならないことは何もなかった。対怪人の特効合金が全世界に共有されたものであり、また自衛隊もそのための世界共通規格を用いていたため装備面では何も問題ないことが一つ。また指揮系統は"最後の作戦"に最適化された専用のものを一時的に使っていたのが一つ。

 総じて変身時以外は普通の女の子である魔法少女がトラブルに巻き込まれないようにするための、国際的に施された配慮であった。


「でも、紀春がこんなに聞きたがるなんて思わなかったけど」

「友達が世界を救ったんだよ!? そりゃ聞きたいでしょ!」

「そんな、大げさな……」


 九寧はそう言って照れるが、澪はあながち間違いでもないと思った。直接的な事故もそうだし、建物や道路が壊されればその分いろいろな不便が出る。確かに、九寧は彼女らにとってヒーローであった。

 期待いっぱいの顔をしている紀春に観念したかのように、九寧は語り出す。あの時、何があったのかを。



「イプシロン班と連携する、自衛隊E班の曽我です。本日はよろしくお願いいたします」

「は、はい。魔法少女の……猫召喚師キャッツマスターです」


 握手をした彼の手は大きく、そして力強いものだったことを覚えている。


「この命に賭けても、あなた方を守ると誓います。どうか、ご協力いただきたい」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そのまなざしは真剣そのもので。人を、世界を守ることを生業としている人間が積み重ねてきた歴史がそこにあった。

 幼き少女たちに世界の命運が託されていることを知った彼らの心境はいかほどのものなのか。九寧にそれを知るすべはなかった。


「……王冠レガリアです。よろしく」

石庭師ストーンカッターと申します。よろしくお願いします」


 九寧に続いて、他2人の魔法少女も自己紹介をする。3人とも既に変身をしており、モチーフ通りの衣装を身に纏っている。王冠レガリアはサイドテールの映える小学5年の小さな女の子だったが、しかしその瞳には確かな決意が見て取れる。石庭師ストーンカッターは年上の中学3年生で、年の割に高身長であったが九寧と同じように緊張しているようだった。

 年も学校もバラバラだったが、しかしこうして集まっている。同じ魔法少女だから。同じ、死闘を繰り広げる戦友だから。


 それぞれと握手をした後、曽我と名乗る自衛隊員は作戦を説明した。事前に頭に叩き込んでいたため確認の意味合いが強かったが、気持ちを落ち着け覚悟を決める時間でもあった。


『今度の怪人は、本気だ。なりふり構わず殺しに来るぞ』


 九寧の妖精、猫目キャッツアイは確かにそう言った。意味は分かるが、しかし飲み込めてはいない。本気の殺し合いなど、経験したこともない彼女らにとってそれは大きすぎるものだった。


「……猫召喚師キャッツマスター、大丈夫だよ。あなたたちには絶対に指一つ触れさせないもの」

王冠レガリアちゃん……」


 小学生である王冠レガリアも、しっかりと状況を理解している。だのに大口を叩いて皆を安心させようとしてくれているのだ。

 私もしっかりしないと。王冠レガリアを、そしてみんなを守るために。


「隊長! イラジュナの"玄関"で怪人が大量発生しました!」

「各位、配置につけ!」

「はっ!」


 ついに来た。

 イラジュナでは原初の魔法少女が一人で守っているらしいが、それは彼女の強さが規格外だから。この八島区に集まっている自分たちが束になってもかなわないだろう。

 だが、それでもやるしかない。


 幸い、自分たちは"玄関"から離れた位置で待機している。透明化した怪人や前線の討ち漏らしを他の班と協力して叩けばいい。


 八島区の"玄関"はとある公園の上。遠目でもわかるその空間が、うっすらと歪み始める。

 巨大な腕らしきものが現れ、歪みをこじ開け始める。そして、ついに最初の怪人が姿を現した。紫色の毛が生えた骨格標本のような、気色悪い巨人。


「こんにちは、魔法少女。死ね……ッ!?」

「お前が死ね! ──【遍く全て見通す目オールクリア】!」

「【大氾濫水渦ホイールフラッド】!」

「【殺傷性粉塵キラーダスト】!」

「【怒りの日ディエスイレ】!」


 最前線で待機していた神眼トゥルースが、濁流ポロロッカが、砂塵嵐サンドストームが、妖精王フェアリーがここぞとばかりに集中砲火を行う。出待ちは想定外だったのか、骨格怪人のみならず未だ歪みの中にいた怪人も共に損傷を受けた。


 出だしは上々。九寧には、自分の出番が来ないことを祈るしかなかった。

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