変身を礼装代わりにして旅立っていってしまった
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
そこには別世界が広がっていた。
私は私自身の無教養を呪った。ここまで煌びやかな内装を表現する術がないのだ。
黄金に輝く装飾が多用されているのに、成金趣味のようないやらしさがない。宗教的な崇高さでもない。他に使われている色は(色かどうかはさておき)黒と白ぐらいなものだが、それらが中和どころか互いを高めあい究極の高級感を醸し出している。
……いや、究極の高級感ってなんだ。意味わからん。どうやら、雰囲気に圧倒されているようだ。
スタッフの方に案内されるがままにメイクルームらしき場所に入る。こちらの装飾は控えめになってはいるが、先ほどの広間がおかしいだけでこちらも十分豪華だ。
スタッフの人は例外なくタキシードを着用しており、その立ち居振る舞いから彼らが普段どのような人物の世話をしているかも知れる。
魔法少女は結局、中学生前後の少女だ。雰囲気に押されて固まる子がいるのも想像に難くない。……が、あやめちゃんや
「では、私どもが整えますので。座ってお待ちください」
「あ、はい。お願いします」
そう言うと彼女らは凄まじい手際で私たちのメイクを始めた。なんだろう、凄まじい手際なのはわかるんだが化粧のことなんも知らんから何をしているのかはわからん。ただ、みるみるうちに私の顔が良くなっていくのがわかる。
「メイクはこれで終了です。お疲れ様でした」
これが……私……?
いや本当にすごい。顔は前世基準でもそこまで悪くはなかったとは思うが、メイクによって完全にSNSでバズってる顔がいい人間みたいになっている。そこまで大仰に塗られているわけでもなかったし、最低限の化粧だけで印象をガラッと変えたということなのだろう。メイクスタッフの技術が神がかっていた。
「お次は着付けとなりますので、こちらに」
今度は隣の部屋で衣装を見繕ってもらったのだが、これ明らかに変身衣装を意識しているだろ。変身衣装のコピーというわけではないが、カラーリングや全体の印象はかなり似通っている。過剰に派手にならないように、このようなパーティーに合うフォーマルな感じにうまくアレンジされている。
ちなみに、私の衣装は
同じタイミングでドレスルームから出たあやめちゃんと目が合う。彼女も
「由良ちゃん! すごいかわいいよ!」
「あ、ありがとう」
面と向かって言われるとなんか気恥ずかしいな。見れば、あやめちゃんの方もどこかそわそわした面持ちだった。何かを言われるのを期待しているような、そんな感じだが。
「えっと……あやめちゃんも、かわいいよ?」
「ほんと!?」
「うん。すごく似合ってる」
そう言えば、嬉しそうにしていた。変身衣装をもとにしているから似合うのは当然ではあるのだが、メイクも相まって本当にどこかの御嬢様であるかのような雰囲気が出ている。
「なにしてるんデスカ、アレ」
「いつも通りイチャついてるんでしょう。彼女たち、だいたいあんな感じですよ」
「いつもドオリ……?」
▽
「おお、パーティー会場……」
「どういう感慨なの、それ」
つい変な声が漏れてしまった。こんな気品のある会、前世含めても行ったことが無いから緊張する。いや、それはあやめちゃんも一緒か。
「あやめちゃんは緊張しないの?」
「少しはするけど。でも魔法少女だけだし、知ってる人も多いしね」
それもそうか。むしろあやめちゃんに誘われるまで魔法少女棟に行かなかったし、行くようになっても特にコミュニケーションとらなかった私がおかしいんだ。まあ、
挨拶と開催の宣言をしたのは防衛省の大臣らしかった。だいぶ配慮をしてくれたらしく、話はシンプルに聞きやすいもので素早く終わり、彼はすぐに右翼館の方へ行ってしまった。政界の方の親睦会に向かったのだろう。
魔法少女らは思い思いの場所に移動した。一応参加者は事前のリストで把握してはいるのだが、こうして見ると壮観だ。私でも知っているような上位勢や、海外の人らしき魔法少女もちらほらと見える。
なるほどね……………………。あ、おいしそうなワイン、いやさすがにジュースか。あやめちゃんの分も含めてもらいに行こうかね。そう思って歩き出そうとすると、不意に後ろから肩を叩かれた。
「あなた、
「……はい、そうですけど」
星空のような真っ黒いドレスを纏う、耳の派手なピアスが印象的な魔法少女。確か、
「
「う……」
そこを突かれると弱い。彼女も会議に参加していたが、しかし最近まで
「記憶が戻った時はさすがにびっくりしたわよ。なにせ、何回も同じ話を聞かされていたんだもの」
「はい……その節は本当にすみません……」
「ああ、ごめんね。責める気は無いのよ」
無いと言われても。ただ、彼女の顔を見る限り本当にそういう気は無いようだった。
「だけど、そこまで強力な魔法ってなかなかないでしょう。参考までにちょっと話を聞きたくてね」
いまさら力を求めることもないだろうに。もしかして、最後の作戦の怪人戦で思うところがあったのだろうか。いつもの怪人はショーのために見栄え重視で戦っていた節があったらしく、最後の作戦の時に見せてきた本気の強さにショックを受けた魔法少女も多いとは聞く。
そこはなんとか私が早くスナマ・ルクチャンネルにたどり着いて【
「ねえ、どうやったらあれだけ広範囲の、しかも本気の怪人を倒せるの? 私に教えてほしいの」
「あー! それ私も知りたい!」
「え……ちょっと、その、それは……」
「ふふ、由良ちゃんはすごいからね。私が話そう! 由良ちゃんの武勇伝を!」
「マジでやめて!?」
▽
宴もたけなわといった具合の頃。
「やっとこっちへ来れたな。全く、挨拶するだけでも一苦労だ」
「おや、お帰りナサイ。
「
会場の端で待っていたのは
「いやーすごいデスネ、
「……せめて私だけと話す時ぐらい、発音をちゃんとしたらどうだ」
そう
「それは……なんですか? 嫉妬?」
「意味が分からんな。私の前ではその話し方をわざわざする必要はないだろう、ということだ」
ワイングラスに注がれたジュースを呷る。少々乱暴な動作のように見えたが、ドレスと本人の気品のせいでそれもどこか優雅なものに思えた。
「まあ、いいでしょう。とにかく彼女、あまり目立ちたく無さそうでしたけど。これじゃ当分は解放されませんね」
「散々私たちを振り回した罰だ。せいぜい困るがいいさ」
数多の魔法少女にもみくちゃにされる由良を見て、
それに、彼女には功績が十分にある。もう少しそれが周囲にも認知されても良いのではないか、と思った。
「というか、彼女は生前は成人だったのだろう。それにしては……」
「それにしては、なんです?」
「ちょっと幼くないか」
「ああ……」
この声に対しては、
確かに、精神年齢は年齢と同義ではない。当たり前だが、子供のころから立場が変わらなければずっとその人は子供でいられるだろう。が、彼女は一応就業経験があるはずだ。本人から聞いたし。それでこれは、どうなのか。
「もしかして、退行している?」
「あー、ありえますね」
「まあ、それでもいいか」
昔はともかく、彼女は今は中学生。拒絶だらけだった人生を、今から楽しんでも遅くはないだろう。
ワイングラスを持ち上げ、
「乾杯するか、
「何に?」
「魔法少女の終わり。そして、新たな始まりに」
「いいですね。──乾杯」
「乾杯」