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EX-2:精神的脆弱性 その1

 時刻は15時。まだ少し、日も差しているころ。私たちは魔法少女棟の駐車場で待ち合わせていた。

 ここにいるのは多くの魔法少女。そして彼女らを取りまとめるのは神眼トゥルースだ。威圧感、というほどではないが確かな存在感を放っており、勝手な行動をするような者はいない。

 ついに、この日が来た。来てしまった。


「全員いるようだな。では、乗りたまえ」


 神眼トゥルースの指示に従い、彼女らは事前に決められた送迎車に乗り込んでいく。もちろん、私とあやめちゃんも例外ではない。


「楽しみだね、由良ちゃん」

「まあ……そうね」

「そんなに心配しなくても、大丈夫だって。みんな感謝してるんだから」


 あやめちゃんはそう言うが、黒歴史には変わりなくてですね。私のメンタルがどこまで持つか。

 ……そう。今日はあの、親睦会の日である。そのためにやたら豪華な場所を貸し切ったということで、移動のために車を使わないといけないのだ。


「……よろしくお願いします」

「えぇ、本日はよろしくお願いいたします」


 運転手に挨拶をし、席に座ってシートベルトを締める。確か、どこを貸し切ったというのだったか。ええと、白……サギ……?


白鷺館はくろうかんですね、情報災害インフォハザードサン」


 口に出ていたのか、前の席から教えてくれた少女がいた。茶色いチェックのロングコートを羽織った、いかにも探偵のようなコスプレをした小柄な子に見える。


「ええと、あなたは……」

「あなたとは初めましてですカネ。アメリカの魔法少女で、名探偵ディテクティブといいマス。以後、ヨシナニ」

「ああ、はい、はじめまして」


 振り返ってくれたその顔は確かに欧風だ。だが黒髪黒目であることなど、少しアジア系も入っているように見える。ハーフだろうか。

 しかし、日本語が上手いな。発音が少し変だから母国語にしていたわけではないだろう。相当勉強したと見える。


「確かに初対面だったか。名探偵ディテクティブ、今はもう彼女は風鈴チャイムだ。なるべくそのように呼んでくれ」

紫陽花ハイドレンジアちゃん、元気? 風鈴チャイムさんもお久しぶりです」


 既に乗っていた彼女と、私。あやめちゃん。それに続いて残り2人も乗ってきた。神眼トゥルースと、雪景色スノウドロップ神眼トゥルースは恐らく高校生だが、雪景色スノウドロップはあやめちゃんと同年代にもかかわらず神眼トゥルースと同程度の背丈だ。ただ、つり目で少し厳つそうな神眼トゥルースと柔和そうな雪景色スノウドロップでは反対の印象を受ける。


 この車に乗る魔法少女は、これで全てだ。前の座席には名探偵ディテクティブ神眼トゥルース、後ろに私とあやめちゃんと雪景色スノウドロップが座る形となっている。ちなみに、助手席にはガタイのいい男性が座っている。

 なんだろう、ボディーガード的な何かかな。つまり、ボディーガード的なのがいてもおかしくない親睦会になってしまうんですかね。


 全員が座ったことを確認し、果たして車は出発した。


 ……………………気まずすぎる。初対面の名探偵ディテクティブはともかく、神眼トゥルース雪景色スノウドロップは私が催眠にかかった時のアレをバリバリ見てるので恐ろしく気恥ずかしい。話しかけるにしても何から話せばいいのやら。ここは超コミュ強、我らがあやめちゃんに託すしかないのか……?


「この白鷺館はくろうかんというのは、どんな場所なんデスカ?」


 そう思っていたら、なんと名探偵ディテクティブが先に口を開いてくれた。しかも外国人だからこそ、しても雰囲気が悪くならないような質問になっている。

 質問に対し、口を開いたのは神眼トゥルースであった。


「白鷺館は文持明治時代に日本近代化を掲げて建てられた館の一つだ」


 ああ、そうだったそうだった。つまり、前世で言う鹿鳴館ポジションの建物である。


「当時の主な機能が外交の場の提供だった通り、相応に気品のある会場になっている。参加者が参加者だからな、そういう場である必要があった」

「アレ? 魔法少女の親睦会ならここまでのグレードは要りませんヨネ」

「集まるのは魔法少女だけじゃない。防衛省や国土交通省などの、作戦に関わった方々もいらっしゃる。半端な場所ではできない」


 ……そうだったっけ。親睦会=黒歴史発表会と認識していたので、そこまでは見ていなかった。横にいるあやめちゃんや雪景色スノウドロップを見ても、大して驚いた様子はない。

 もしかして、みんな知ってるパターンか? これ。


「魔法少女とそういう重鎮とで会場は分けてあるが、話すこともあるだろうから気を引き締めたまえよ。そもそも名探偵ディテクティブ、特に君にはちゃんと伝えていただろう」

「確認ですよ、カクニン」

「……それならいいんだが」


 そのような応酬が繰り広げられているとき、少しだけ名探偵ディテクティブがこちらを向いたように見えた。もしや、私のために確認してくれたのだろうか。それにしてはやけに露骨だったが、私にはありがたかった。

 だが、感謝する間もなく名探偵ディテクティブは次のように話した。


「まあ、今回の主役は風鈴チャイムさんですカラネー!」

「え゛」

「『え゛』ではないぞ、風鈴チャイム。先にも言ったろう、皆が話を聞きたがっていると。魔法少女の方の親睦会はそこまで礼儀を気にする必要はないから、気楽にやるといい」


 やはり、やはりそうなのか。カタカタと震えながらもあやめちゃんの方を見やるも、当の彼女はさも「大丈夫だよ」みたいな顔で私の手に手を重ねてきた。


「由良ちゃんがやったのって、すっごい偉業なんだよ? だから誇ってよ」


 なにも大丈夫ではない。そもそも前世から大してコミュ力に長けてはいなかったのだ。たくさんの女の子と話すだけでキャパオーバーである。


「あの、雪景色スノウドロップさん……」

「……」


 作戦会議以来の面識はほぼないが、あやめちゃんの友人であり恐らく同年代であろう雪景色スノウドロップに助けを求めるも、その眼は虚ろであった。思えば、彼女は車に乗ってから一言も発していない。

 いや、眼が虚ろなのではなく、じっと神眼トゥルースの方を見つめているだけか。そして片手にはスマートフォンを立てており、カメラ起動中を表すライトが点いている。

 ……なに、撮ってるの? 神眼トゥルースを? 無音化するアプリまで入れて? 一応友人であるはずのあやめちゃんの方を向くと、意図を察したのか彼女はちらと雪景色スノウドロップの方を見た後こう言った。


「まあ、いつものことだし」


 いつものことであってはならないだろ。



「着きましたよ、皆さん」

「待ちくたびれマシター!」


 車に揺られること1時間ほど。ようやく、目的地の白鷺館に着いた。運転手の声掛けと同時に車の扉が開き、出るように促される。


 名の通りモチーフは白鷺と言われているが、モノクロトーンかつ両翼を展開したような形状は確かに白鷺のようだ。屋根瓦の文様が特徴的で、非常に精密な幾何学模様があしらわれている。遠くからでもわかるほど派手な質感の黒と白による存在感と、執念深さすら感じるほどの緻密な彫刻。教科書やニュースの写真でも何回か見たことのある白鷺館が、そこにあった。


「おお、コレガ……」


 その圧倒的なたたずまいに、私もあやめちゃんも名探偵ディテクティブもしばし見とれる。神眼トゥルースは慣れているのか、そう緊張した様子は見せなかった。雪景色スノウドロップは白鷺館には見向きもせず神眼トゥルースの方だけをじっと見ていた。


「じゃあ、運転手の案内に従って左翼館に向かってくれ。ドレスの貸し出しやメイクをしてくれる」


 神眼トゥルースは私たちの方を一瞥すると、それだけ言って左の方へ歩こうとしていた。運転手の人が右側に行こうとしているところを見るに、こっちが左翼だろう。


「あの、神眼トゥルースさんは?」

「私は先に政府側の人間との話があるからな、ここで失礼させてもらうよ」

「え、服とかは……」


 見たところ、彼女は私たちと同じような私服だった。

 それを見かねて言いかけると、神眼トゥルースは意味深な笑みを浮かべ、天に手を掲げて口ずさんだ。


「天網恢恢、全てを見通せ──【衣装型フォーム神眼トゥルース】」


 赤くて裾の長い、絢爛なドレスが彼女の身を包み始める。それって変身……いや、作戦で地球に帰還した時の衣装はこんな感じではなかったような。とにかく、変身のようなものが完了した彼女は先ほどとは別人のようだった。元が悪いというわけではないしむしろ美人の類だとは思うのだが、変身後は明らかに違う。髪の艶やチーク、リップなど様々な個所がきちんと白鷺館にふさわしいものになっている。


「変身衣装、礼装バージョンといったところか。事前に魔法を調整しておいたんだ」

「ズ、ズルじゃないデスカ! 認メマセンヨ!」

「……なんで君に認めてもらう必要があるんだ」


 名探偵ディテクティブの抗議もどこ吹く風といった様子で、神眼トゥルースはそのまま右翼館へ向かっていってしまった。


「それでは諸君、また会おう。親睦会、楽しんでくれたまえ」


 楽しめると、いいんだけどなあ。

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