魔法少女棟の保健室。そのベッドで、私は寝ていた。
体が、だるい。肩の下あたりが鈍く引っ張られているような不快感。頭が痛い。
「あ、あ゛ぁ……」
声もひどいもので、ガラガラなんていうレベルじゃない。あまりにも鼻が出るのでティッシュを取りに起き上がるが、それすらもおっくうだ。関節も痛む。
えー、カゼをがっつりひきました。
▽
"最後の作戦"。それは私とあやめちゃんが妖精界に乗り込んだ、あの作戦のことを指す。政府がちゃんと名付けた堅苦しいものではない、いわば俗称である。
正式名称は長いし番号がたくさんあってややこしいしで、特に魔法少女は俗称の方を好んで使う傾向にある。そりゃそうだ。
とにかく、地球に帰って"最後の作戦"の終了が宣言されたときはもうてんやわんやだった。被害状況の確認だとか怪人の生き残りがいないかの調査とかもあったが、それ以外にも大きな混乱があった。
そう、私の【
私の属性である【
その中でも立ち直りが早かった
それで、せめてもの罪滅ぼしにと自分が消した情報を記憶にある限り書き出して、書き出して、書き出して……ぶっ倒れた。
で、目が覚めたらベッドの上だったというわけである。
一回だけ保険医の先生が来てくれたが、「ただのカゼですので、しっかり休んでくださいねー」とだけ言って出て行ってしまった。だいぶ忙しそうだったし、先生も作戦の後処理でいろいろあるのだろうか。
まあ動けないほどでもないので自分で看病ぐらいはできるのだが。さっきまで戦ったり喋ったり書いたりとハイテンポで作業をしていた分、ここの静けさが際立つ。ここで音が出るとしたら、それこそ私の寝返りや咳の音ぐらいだろう。
……なんだよ、あやめちゃんを妖精界に閉じ込めるって。そんなことをしても、彼女が喜ぶわけないだろうに。いくら催眠にかかっていたからといって、やることなすこと酷すぎる。
ぶっ倒れるまでは忙しくてあやめちゃんとあまり話す機会もなかったけども、次会ったらちゃんと謝らないといけない。
そんな折だった。こんこん、とノックの音が聞こえたのは。
2回ノックはトイレでやるやつじゃないか、と思いつつも「どうぞ」とだけかすれた声で言えばすぐさまドアが開いた。
──同時に、部屋中に紫陽花が咲き誇りながら。
「【
「え、なに!? なになになに!?」
部屋中を紫陽花が満たすと同時に、優しく甘い香りが仄かに鼻に触れる。それで、少しだけ鼻詰まりが楽になった。
そしてドアを開け部屋に入ってきたのは、まさしく今考えていた人物であった。
「由良ちゃん、看病しに来たよ!」
「……帰って」
「え!?」
ひとまず、絞り出せたのはその一言だった。
「先生にも無理言って代わってもらったのに!」
「……まあ、ただのカゼらしいけど。あやめちゃんに移すわけにもいかないでしょ」
ああ、先生が「すぐに代わりの人が来る」みたいなことを言っていた気がしたが。あやめちゃんのことだったのか。とはいえ、これで移したらいよいよ合わせる顔が無い。それで断ろうとしたのだが、しかし彼女には微塵も引く気は無いようであった。
「大丈夫! 変身衣装には感染も防ぐ効果があるから!」
「……ほんと?」
『マジだぜ、お嬢ちゃん。変身衣装の防御は要するに「身体を損傷する現象を防ぐ」ところに本質があるからな』
よく見れば、確かに彼女は変身をしていた。肩には
『細菌やウイルスの侵入も防御の対象になる。だから移ることは心配しなくていいぞ』
「へえー……」
「私自身はこの前にしっかり寝たし、心配しないでいいよ! 【
私を看病するためにかどうかは知らないが、あまりにも用意周到過ぎる。まああの一大作戦の後だったし、しっかり寝て休養を取ってくれたのはうれしい限りだけど。
「そ、も、そ、も! 怪人が消えてからもずーっと作業してた由良ちゃんや
それは……確かにそうだ。さすがに
「ま、今は
「そっ、か」
「おかゆ、食べる?」
「食べる」
ちょっと力を入れて起き上がり、コップと椀が乗ったトレーをテーブルの上に乗せてもらう。食欲はあまりなかったのだが、おかゆから立ち上る湯気を見ていると少しだけ食べたいと思えるようになってきた。
「いただきます」
「……どう?」
「おいしい」
そう言うと、彼女は顔をほころばせた。もしかして、このおかゆはあやめちゃんが作ったのかもしれない。
「食欲があるなら、とりあえずは大丈夫そうだね。本当に良かった」
「まあ、そもそもがただのカゼだし」
「それでもだよ。……やっぱり、汗すごいね。何度?」
「7度8分くらいかな」
「……結構あるね」
カゼにしては少し重いかもしれないが、ここまでつきっきりにならなくてもいい程度だとは思う。そう思う私をよそに、あやめちゃんは自分の鞄から白いタオルを取り出した。
「じゃあ、汗拭くからさ。自分で脱げる?」
「え」
え。
「ジブンデヌゲル?」
「脱げないの? じゃあ脱がしたげるね……」
「やっぱいいです脱ぐ脱ぎます!」
脱ぐのも恥ずかしいが、脱がされるのはもっと嫌だ。はなはだ不本意だが、自分でやるしかなかった。
なんか視線がすごいんだけど。後ろ向いててもわかる。
「……なんで背中向いて、布団被るの」
「と、年頃の女の子に肌を見せるわけには」
「いまさら言う? それ」
しょうがないじゃない。自分でもよくわからんうちに出てきた言い訳だもの。とりあえず拭くのに十分なだけ脱ぐと、不意に後ろから声がかけられる。
「拭くから楽にしててねー」
「ひゃう!?」
なんか近くない? 近くないかなあ?
息が首に当たって、こそばゆい! 変身だとか【
『諦めろ、お嬢ちゃん。あれだけ危なっかしいことをした後なんだから、少しはあやめの気持ちも汲んでくれ』
「それとこれとは違う気がするんですけど!」
『違わねえよ』