ハロー。TS転生おじさんです。
鐘の怪人さぁ、マジでさぁ……。催眠解かなかった私も悪いんだけどさぁ……。
記憶がだいたい残ってるんですよ、はい。つまり何をしゃべったかとか、あやめちゃんに何をしたかとかは覚えてるわけで。ああもう本当、穴があったら入りたい。
「3点ですね。1週間後までに返してくださーい」
出された書籍のバーコードに読み取り機をかざして貸出希望者に渡す。もう夏休みは終わり、新学期が始まっていた。今やっているのは図書委員の通常業務だ。
あれから、つまり催眠にかかった私が妖精界を滅ぼしあやめちゃんの手によって正気に戻ってから数週間が経っていた。
端的に言って、妖精界は滅亡した。スナマ・ルクチャンネルを通して流された【
まあ、
魔法の火はいつか消えても、魔法で焼かれた物体が元に戻ることはない。どうやら私の催眠は後者に近い性質を持っていたようで、魔法が解けた今も催眠自体は継続しているらしいのだ。
はあ。本当にろくなことしないな、私。
怪人が全滅し、役割の大半を失った魔法少女はその力を主に人命救助などの社会活動に投じている。法的な扱いは怪人と戦っていた時の魔法少女条約を流用しているため、今のところ大きな問題は生じていない。
そもそも、人命救助などをしなかったのは妖精界の「怪人の娯楽とならないような魔法を使わせない」という方針のせいだ。それがなくなった今、魔法という強大な力が正義のために使われない理由はなかった。この扱いが今後どうなるかはわからなかったが、
「や、由良ちゃん」
「……あやめちゃん」
気づけば、あやめちゃんがカウンターの前にいた。妖精界でしたこと、そしてされたことを思い返すとあまり顔を直視できない。それでもこっちのことをまっすぐ見てくるものだから、彼女は本当にすごいと思う。
「そろそろ終わりでしょ? 一緒に行こ?」
「ああ、うん。そうだね」
司書の新田さんに挨拶をして図書館を後にする。
行先は魔法少女棟だった。
実を言うと、私は既に【
「あやめちゃん。終わったら、いつものカフェに行かない?」
「いいね、行こ!」
少し嬉しそうに、駆け足になる彼女を追いかける。
そんな私は彼女の笑顔を見ながら、あの時のことを思い返していた。
▽
妖精界であやめちゃんとの決着がつき、しばし休んでいるときにそれは来た。
『おい! 救援要請が来たから飛んで来てみれば……どうしたんだ!?』
空間に不自然に浮かんでいるノイズがサメの形を模しており、それが一目散にこちらに向かってきていた。魔法少女の
ノイズで出来ているため表情はわからないが、その口ぶりは焦っているように聞こえる。
『地球に来ていた怪人はもう消滅したぜ! 早く帰らないと一週間は閉じ込められると言っただろうが!』
「な、なんでここに……」
『だからぁ、そこのお嬢ちゃんが妖精経由でこっちに信号を送ってきたんだよ! いいから、オレサマの背中に乗れ!』
あやめちゃんの方を見ると、いつの間にか彼女の肩に乗っていた
ただ、【
『オレサマが来たからにはもう安心だ! かっ飛ばすぜ!』
【
「【
『ああ、そっちの意味か。
「……え?」
ことの顛末は、こうだ。あやめちゃんが私にかかっている催眠を解こうとした時、常に私は逃げ回っていた。その時に彼女は
私はあの頃、
「
「あの人は……本当に……」
『「座標の情報が消えるのなら、方法だけを覚えればよい」ってなぁ! 俺は決めていた場所から異空間にダイブしただけだぜ。そこがさっき作ったワームホールへ吸い寄せられる場所に
「で、その情報自体も独自に暗号化してくれてたみたいだよ」
随分周到な対策をしてくれていたようだ。いや、私の魔法の性質を考えれば当然のことか。
話している間にも、【
そして、ついに光が見え──私たちは、地球に帰ってきた。
▽
「最近、体や心に不調は?」
「特にありません」
魔法少女棟の保健室に私たちは来ていた。目の前には私の専門医……魔法少女の【
「そう。……じゃ、私の目をよく見て」
「はい」
「【
とはいえ、医師免許を持っているわけでもない彼女が医者役として私の面倒を見てくれているのは、ひとえに彼女が精神系の魔法少女だからだ。私に、鐘の怪人の催眠が残っていないか。私が私自身に変なことをしていないか。そういうことをチェックしてくれている。
「……とりあえず、大丈夫そうだね。
「はい、できません」
「わかった」
彼女には、私の転生を含めおおよその事情を話している。
「まあこんなところかな。じゃあ次は二週間後だから。その時にまた会いましょう」
「いつもありがとうございます、
「いいのいいの。地球を救った大英雄様の診察だし、お金も上からたんまりもらってるしね」
おおよその診察も終わり、礼を言って退出しようとした時。不意に扉が開いた。
「元気にしているようだな、
「
そこには、私が散々迷惑をかけた魔法少女が立っていた。
「まあそう固くなるな、英雄よ。私と君の仲だろう?」
「……それ、どういう嫌味ですか」
「いや、他意はない。君の事情は理解しているし、それに最後は共に戦ってくれたからな」
どうやら【
「ところで、
「ええ、
『……どうも』
そう言って鞄の口を広げると
「最後の作戦以来だな。全魔法少女と契約するのは、負担ではなかったか?」
『いえ、今はもう仮契約は解除していますし。私の魔力を由良のために使えたのなら、それは喜ばしいことですから』
どうやら、
「……そういうものか。今はいないが、
『ええ、そのつもりです』
「今回私が来たのは、君たちを親睦会に招待するためだ」
「親睦会、ですか?」
「そうだ。皆もあらかた落ち着いてきたようだし、この作戦の功労者を中心にした親睦会を開く予定でな。そこに地球を救った張本人がいないのは……不自然だろう?」
そう言いながら彼女は私たちに親睦会のチラシを渡してくる。
私が妖精界を滅亡させたことは公には伏せられている。
が、知っている者は皆一様に私を英雄扱いしてくるのだ。「功」はいいとして「罪」も結構あると思うのだが、それだけにむず痒い。
「皆、君の話を聞きたがっている。私も含めてな。なに、私への借りを返すつもりででもいいから来てくれないか?」
「面白そう、行こうよ由良ちゃん!
「無論だよ、
私は考える。もし、私がもう少しだけ魔法を強く使っていたら。例えば
私がそうしなかったのは単にあやめちゃんのためだった。あやめちゃんの心は弄りたくなかったし、なるべく彼女には真実を伝えたかった。そのときに「地球の人間はみな洗脳しました」などといったらあやめちゃんが悲しむのは目に見えている。だからそういうことをしなかった。それだけなのだ。
でも、そのおかげで私たちは帰ることができた。
「……『私に必要なのは隠れ家じゃない』、か」
「なに? 由良ちゃん」
「いや、なんでもない」
こっそりと、あやめちゃんが言ってくれたことを復唱する。
ずっと嫌だった。死んだはずにもかかわらず、第二の人生を謳歌している生き汚い自分が。"本来の宇加部 由良"みたいなものは終ぞ見つからなかったけれども、それでも私にとっては確かにいる存在だったのだ。
ごめんね、"宇加部 由良"。私はあなたのことを、ちょっとだけ諦めるよ。
そんなすぐには変われない。変われないけど、あやめちゃんのためにも私はそろそろ自分を、そして周りを見るべきだと思う。
親睦会か。少し怖くもあるけれど、いい機会だと思った。
「それで、来てくれるか?
「行くよね、由良ちゃん!」
「……ぜひ! 行こうか、あやめちゃん!」
「うん!」
私はこの世界で、宇加部 由良として生きるのだから。
「いや、待って。親睦会で語られるのって、もしかして私の黒歴史じゃ……」
TS転生魔法少女だけど属性が情報災害でした。(完)