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第41話 エピローグ(急)

 ハロー。TS転生おじさんです。

 鐘の怪人さぁ、マジでさぁ……。催眠解かなかった私も悪いんだけどさぁ……。


 記憶がだいたい残ってるんですよ、はい。つまり何をしゃべったかとか、あやめちゃんに何をしたかとかは覚えてるわけで。ああもう本当、穴があったら入りたい。


「3点ですね。1週間後までに返してくださーい」


 出された書籍のバーコードに読み取り機をかざして貸出希望者に渡す。もう夏休みは終わり、新学期が始まっていた。今やっているのは図書委員の通常業務だ。

 あれから、つまり催眠にかかった私が妖精界を滅ぼしあやめちゃんの手によって正気に戻ってから数週間が経っていた。


 端的に言って、妖精界は滅亡した。スナマ・ルクチャンネルを通して流された【不在義務アブセンス】は聞くだけで存在を"どこでもない場所"に送られる。これによって妖精界にいた妖精や怪人と、最後の作戦中に地球に出撃していた怪人は全て消滅した。これから逃れられていたのは魔法少女と契約業務をしていた妖精だけだ。彼らはスナマ・ルクチャンネルからも切り離されていたため、【不在義務アブセンス】を聞かずに済んだ。

 まあ、地球こっちの妖精は私から情報災害インフォハザードの催眠を食らってるんだけど。「地球の人類を守護することが妖精の存在意義である」といったことを無意識に植え付けられた彼らは、現在もその処遇をIAEM国際怪人対策機関で協議されている。とりあえず今は「扱いを心得ているはず」という理由でもともとの契約対象の魔法少女とともにいる。

 魔法の火はいつか消えても、魔法で焼かれた物体が元に戻ることはない。どうやら私の催眠は後者に近い性質を持っていたようで、魔法が解けた今も催眠自体は継続しているらしいのだ。


 はあ。本当にろくなことしないな、私。


 怪人が全滅し、役割の大半を失った魔法少女はその力を主に人命救助などの社会活動に投じている。法的な扱いは怪人と戦っていた時の魔法少女条約を流用しているため、今のところ大きな問題は生じていない。

 そもそも、人命救助などをしなかったのは妖精界の「怪人の娯楽とならないような魔法を使わせない」という方針のせいだ。それがなくなった今、魔法という強大な力が正義のために使われない理由はなかった。この扱いが今後どうなるかはわからなかったが、神眼トゥルース名探偵ディテクティブなど一部の魔法少女は政府内でも高い地位を得ているようであった。彼女らがいればそこまで扱いが悪くなることはないだろう。


「や、由良ちゃん」

「……あやめちゃん」


 気づけば、あやめちゃんがカウンターの前にいた。妖精界でしたこと、そしてされたことを思い返すとあまり顔を直視できない。それでもこっちのことをまっすぐ見てくるものだから、彼女は本当にすごいと思う。


「そろそろ終わりでしょ? 一緒に行こ?」

「ああ、うん。そうだね」


 司書の新田さんに挨拶をして図書館を後にする。

 行先は魔法少女棟だった。


 実を言うと、私は既に【衣装型フォーム情報災害インフォハザード】に変身できない。その影響を観察するため、定期的に専門医の診療を受ける必要があるのだ。


「あやめちゃん。終わったら、いつものカフェに行かない?」

「いいね、行こ!」


 少し嬉しそうに、駆け足になる彼女を追いかける。

 そんな私は彼女の笑顔を見ながら、あの時のことを思い返していた。



 妖精界であやめちゃんとの決着がつき、しばし休んでいるときにそれは来た。


『おい! 救援要請が来たから飛んで来てみれば……どうしたんだ!?』


 空間に不自然に浮かんでいるノイズがサメの形を模しており、それが一目散にこちらに向かってきていた。魔法少女の喰咬鮫シャークによる魔法、【異空の鮫スカイハイ・シャーク】だ。

 ノイズで出来ているため表情はわからないが、その口ぶりは焦っているように聞こえる。


『地球に来ていた怪人はもう消滅したぜ! 早く帰らないと一週間は閉じ込められると言っただろうが!』

「な、なんでここに……」

『だからぁ、そこのお嬢ちゃんが妖精経由でこっちに信号を送ってきたんだよ! いいから、オレサマの背中に乗れ!』


 あやめちゃんの方を見ると、いつの間にか彼女の肩に乗っていた蝸牛シェルがドヤ顔をかましていた。今までの言動から私があやめちゃんを妖精界に閉じ込めかねないことを予測し、あらかじめ妖精間でネットワークをつなげていたのか。

 ただ、【異空の鮫スカイハイ・シャーク】の言い方からして猶予は無さそうだ。これ以上の話はあとにして、まずは二人で彼の背中に乗る。


『オレサマが来たからにはもう安心だ! かっ飛ばすぜ!』


 【異空の鮫スカイハイ・シャーク】はそう言うと眼前に十分な大きさのワームホールを作り出し、そこに飛び込んだ。これなら確実に帰れるだろう。そう思い私は口を開いた。


「【異空の鮫スカイハイ・シャーク】。私の『なんで』は、『座標を忘れたはずのあなたがどうしてここに来れたのか』という意味です」

『ああ、そっちの意味か。神眼トゥルースとやらが対策してたんだよ』

「……え?」


 ことの顛末は、こうだ。あやめちゃんが私にかかっている催眠を解こうとした時、常に私は逃げ回っていた。その時に彼女は神眼トゥルースに相談を持ち掛けたという。

 私はあの頃、神眼トゥルースをはじめとした魔法少女らに「情報災害インフォハザードは催眠にかかっていない」という誤情報を信じ込ませた。しかしその中ででも、あやめちゃんの相談を聞き入れてくれたらしい。


神眼トゥルースさんは『情報災害インフォハザードがそういうことをするとは思えない。が、能力の性質からそう思わされている可能性もあるな。いずれにせよ備えて損はないだろう』って言ってたよ」

「あの人は……本当に……」


 情報災害インフォハザードの情報消去効果を乗り越えてあやめちゃんに到達できたことも含めて、優秀過ぎると言わざるをえない。


『「座標の情報が消えるのなら、方法だけを覚えればよい」ってなぁ! 俺は決めていた場所から異空間にダイブしただけだぜ。そこがさっき作ったワームホールへ吸い寄せられる場所になっていただけだ』

「で、その情報自体も独自に暗号化してくれてたみたいだよ」


 随分周到な対策をしてくれていたようだ。いや、私の魔法の性質を考えれば当然のことか。


 話している間にも、【異空の鮫スカイハイ・シャーク】は時空の狭間をすいすいと泳いでいく。

 そして、ついに光が見え──私たちは、地球に帰ってきた。



「最近、体や心に不調は?」

「特にありません」


 魔法少女棟の保健室に私たちは来ていた。目の前には私の専門医……魔法少女の【衣装型フォーム幻惑師ヒュプノス】がいる。あまり目に覇気が無い、どちらかと言えば不健康そうな女の子だった。白衣もとりあえずブカブカのそれを変身衣装の上から着ているだけっぽいし、何なら着られている。いちおう医者役なのに。


「そう。……じゃ、私の目をよく見て」

「はい」

「【精神鑑定エヴァリュエイト】」


 とはいえ、医師免許を持っているわけでもない彼女が医者役として私の面倒を見てくれているのは、ひとえに彼女が精神系の魔法少女だからだ。私に、鐘の怪人の催眠が残っていないか。私が私自身に変なことをしていないか。そういうことをチェックしてくれている。


「……とりあえず、大丈夫そうだね。情報災害インフォハザードには変身できない?」

「はい、できません」

「わかった」


 彼女には、私の転生を含めおおよその事情を話している。幻惑師ヒュプノスが推測するには「情報災害インフォハザードは『この地球』という異界から疎外されたあなたが作り出した属性。あなたが転生した事実を少しでも受け入れられるようになったため、本来の風鈴チャイムにしか変身できなくなったのでしょう」とのことだった。実際、私はもう変身しないと魔法を使えない。異界の力を扱う自覚を促すために変身がある以上、それが必須ということは私がこの世界を受け入れたことを表している。


「まあこんなところかな。じゃあ次は二週間後だから。その時にまた会いましょう」

「いつもありがとうございます、幻惑師ヒュプノスさん」

「いいのいいの。地球を救った大英雄様の診察だし、お金も上からたんまりもらってるしね」


 おおよその診察も終わり、礼を言って退出しようとした時。不意に扉が開いた。


「元気にしているようだな、情報災害インフォハザード。……いや、今は風鈴チャイムか」

神眼トゥルース、さん」


 そこには、私が散々迷惑をかけた魔法少女が立っていた。


「まあそう固くなるな、英雄よ。私と君の仲だろう?」

「……それ、どういう嫌味ですか」

「いや、他意はない。君の事情は理解しているし、それに最後は共に戦ってくれたからな」


 どうやら【不在義務アブセンス】で怪人を消して回っていた時にもその不整合を調査していたらしく、冗談でなく年単位で被害を与えていたらしい。それを彼女の口から知らされたときは思わず本気の土下座が出た。土下座なんて前世でもやったことなかったが、それでも驚くほど自然に出た。


「ところで、ホームもいるのか?」

「ええ、ここにいますよ」

『……どうも』


 そう言って鞄の口を広げると神眼トゥルースが中を覗き込む。そこには相も変わらず奇妙な装丁をされた本のような妖精がいた。


「最後の作戦以来だな。全魔法少女と契約するのは、負担ではなかったか?」

『いえ、今はもう仮契約は解除していますし。私の魔力を由良のために使えたのなら、それは喜ばしいことですから』


 どうやら、ホームは最初から私の歪みに気づいていたらしい。まあ契約時にこっちの情報は全部流れるし、致し方ない。妖精界を放逐された自分に居場所を与えてくれた私を救いたいとは思っていたが、しかし地球にとっての異物である自分にはできないと直感していたらしかった。それで、情報災害インフォハザードを突破したあやめちゃんならどうにかできるかもと、あえて私とあやめちゃんを妖精界に送り出すことを拒まなかったらしかった。


「……そういうものか。今はいないが、望遠鏡スコープもあなたと話したがっていた。また会えたら、その時はよろしく頼む」

『ええ、そのつもりです』


 神眼トゥルースはそこまで話して一息つくと、こちらに向き直った。


「今回私が来たのは、君たちを親睦会に招待するためだ」

「親睦会、ですか?」

「そうだ。皆もあらかた落ち着いてきたようだし、この作戦の功労者を中心にした親睦会を開く予定でな。そこに地球を救った張本人がいないのは……不自然だろう?」


 そう言いながら彼女は私たちに親睦会のチラシを渡してくる。

 私が妖精界を滅亡させたことは公には伏せられている。情報災害インフォハザードの性質やことの経緯を考えれば、安易な公開が市民の不安を招くのは目に見えている。そういうわけで、これは作戦に関わった魔法少女のうちの一部にしか知らされていない。あとは、政府関係者は知っているのかもしれないが。

 が、知っている者は皆一様に私を英雄扱いしてくるのだ。「功」はいいとして「罪」も結構あると思うのだが、それだけにむず痒い。


「皆、君の話を聞きたがっている。私も含めてな。なに、私への借りを返すつもりででもいいから来てくれないか?」

「面白そう、行こうよ由良ちゃん! 神眼トゥルースさん、私も行っていいですよね?」

「無論だよ、紫陽花ハイドレンジア


 私は考える。もし、私がもう少しだけ魔法を強く使っていたら。例えば神眼トゥルースを私に心酔するレベルにまで洗脳していたら、帰れなかったかもしれない。

 私がそうしなかったのは単にあやめちゃんのためだった。あやめちゃんの心は弄りたくなかったし、なるべく彼女には真実を伝えたかった。そのときに「地球の人間はみな洗脳しました」などといったらあやめちゃんが悲しむのは目に見えている。だからそういうことをしなかった。それだけなのだ。


 でも、そのおかげで私たちは帰ることができた。


「……『私に必要なのは隠れ家じゃない』、か」

「なに? 由良ちゃん」

「いや、なんでもない」


 こっそりと、あやめちゃんが言ってくれたことを復唱する。情報災害インフォハザードの、人の目を背けさせる魔法。それはある意味で、誰よりも自分自身が自分から逃げてきたことの証かもしれない。

 ずっと嫌だった。死んだはずにもかかわらず、第二の人生を謳歌している生き汚い自分が。"本来の宇加部 由良"みたいなものは終ぞ見つからなかったけれども、それでも私にとっては確かにいる存在だったのだ。


 ごめんね、"宇加部 由良"。私はあなたのことを、ちょっとだけ諦めるよ。


 そんなすぐには変われない。変われないけど、あやめちゃんのためにも私はそろそろ自分を、そして周りを見るべきだと思う。


 親睦会か。少し怖くもあるけれど、いい機会だと思った。


「それで、来てくれるか? 風鈴チャイムよ」

「行くよね、由良ちゃん!」


 神眼トゥルースの、そしてあやめちゃんの誘いに私は答えた。


「……ぜひ! 行こうか、あやめちゃん!」

「うん!」


 私はこの世界で、宇加部 由良として生きるのだから。











「いや、待って。親睦会で語られるのって、もしかして私の黒歴史じゃ……」


 TS転生魔法少女だけど属性が情報災害でした。(完)


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