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第39話 決戦 その1

 あやめの前に、一人の魔法少女が立っていた。情報災害インフォハザードではない。鳥の羽と風鈴をモチーフにした、かわいらしいドレスの衣装型。

 それは、本来あるべきだった変身。情報災害インフォハザードになり代わられた、由良オリジナルの衣装型であった。


「な、なに……それ……」

「今なら、私は自分の魔力を完全に制御できる。私の異界の魂を弾いて、ホームから受け取った魔力だけで構成した衣装型……それが、風鈴チャイム


 由良は不敵に笑った。


「先に言っておくと、風鈴これは純然たる戦闘型。紫陽花ハイドレンジアにやすやすと打倒されるような衣装型じゃないよ」

「それでもだよ」


 あやめは構える。花束ブーケは十分量を召喚した。魔力も溜まっている。

 一方、由良は自然体であった。それは余裕か、油断を誘っているのか。ゲームコーナーの怪人とでしか由良とは共闘したことのないあやめには、由良が戦闘でどのような行動をするか予測がつかなかった。


「私は妖精界ここじゃなくて、地球で由良ちゃんと遊びたい。もう1回海にもいきたいし、今度こそ配信もしたい。由良ちゃんもまだ、来季限定のパフェ食べれてないでしょ?」

「……私には、あやめちゃんさえいればいい」


 あやめの投げかけには、噛み合わない応えが返された。どうあっても、衝突は避けられないらしい。

 ならば、本気で当たるだけだ。あやめは気合を入れ直した。

 目と目が合った、気がした。


「【アジサイビーム:戒】!」

「【武具召喚サモン吹き颪す風鐸ザ・ベル】」


 魔法が放たれたのは、ほぼ同時。花束ブーケから放出された緑色の光線を、由良の前に現れた巨大な鐘が防ぐ。

 その瞬間、鐘の周囲からツタのようなものが次々と出現しその鐘を絡めとった。


「へぇ……そんなものまで」

「本当は、使わずに済むことを願っていたんだけれどね! 誰かさんのせいで! もう!」


 最悪のパターンとして「妖精界に閉じ込められる」というのを想定していたあやめは、事前に対策魔法をいくつか考えていた。その一つがこれである。【アジサイビーム:戒】は"いましめ"の名の通り、当たったものをツタで縛る魔法であった。


「……魔力を縛る効果まであるのか、これ」

「【吹き颪す風鐸ザ・ベル】なんて知らないけど、封じてしまえばこっちのもの! さあ──」

「【静かなる風刃ウィスパーエッジ】」


 【吹き颪す風鐸ザ・ベル】を縛っていたツタが一瞬のうちに細切れになる。なんてことはない、由良の風鈴チャイムとしての魔法だ。曲がりなりにも魔法であったツタをこうまで簡単に切り刻めるものか。

 どうやら、【アジサイビーム:戒】は由良本人に当てなければならないらしい。しばし唖然と見つめていたあやめに対し、由良はあくまで微笑みかける。


「今度は、こっちから行くね? ……【静かなる風刃ウィスパーエッジ】」

「【舞い散る花弁刃アジサイカッター】!」


 見えない風の刃と、華やかな花びらの刃。互いの魔法が幾度もぶつかり合い、魔力特有の甲高い音を響かせる。

 その結果はおおよそ一方的に見えた。【静かなる風刃ウィスパーエッジ】は見えないが、【舞い散る花弁刃アジサイカッター】はそのほとんどが切り刻まれ魔力を失っていたからだ。

 そのまま【静かなる風刃ウィスパーエッジ】はあやめの下へ向かい傷つけんとするが、しかしそれは花束ブーケによる【アジサイガード】で阻まれる。


「どうして場所がバレ……いや、可視化しているのか」


 あやめは答えない。だが、概ね正解だった。【舞い散る花弁刃アジサイカッター】で相殺できるならよし。できなくとも花びらが切られた場所に【静かなる風刃ウィスパーエッジ】はある。そうして位置を判明させ、花束ブーケを送る判断材料にしていただけだ。


 これであやめは確信する。由良には戦闘型魔法の才能はあれど、戦闘そのものの経験やセンスに乏しい。

 例えば、喰咬鮫シャークの【生命潮流ライフサークル】には攻撃だけでなく、魚類の円で怪人を拘束する意図もあった。一つの魔法に複数の役割を持たせる技術は戦闘型魔法少女としてはおおよそ必須とされているものだったが、由良はそのような使い方をできていない。


 魔法の出力では由良が勝り、魔法の運用ではあやめが勝る。この差をうまく活用することが勝利への近道なように見えた。

 だが、それもまた甘い見通しだった。


「もうちょっと強くするね」

「【アジサイガード──】」

「【姦しい豪風ノイジーネード】」


 花束ブーケなど、防御の足しにもならなかった。【吹き颪す風鐸ザ・ベル】による"面"での制圧が、一瞬にして行われたからである。風の魔法自体は由良にも扱えるが、この風鐸に使わせるとより高い効果が出るのか。凄まじいとしか言いようのない強風にあやめは体全体をすくいとられ、そして背面を壁に強打した。変身衣装の防御があってなお、ここまでの威力を出せるのか。


 この異様に高い威力は、ひとえに由良の実績のなせる業であった。怪人を倒せば倒すほど、魔力は練り上げられ魔法は強化されてゆく。だが、怪人はそこまで頻繁に出現するものでもない。あやめの魔法少女歴は3年で、倒した怪人は共闘含めて12体ほどである。

 しかし、由良が魔法少女になって3年。倒した怪人は47体。これは怪人の討伐に忘却効果が乗ってしまい、勘違いした妖精界本部が過剰に出動命令を出したせいである。由良の無意識が注目を恐れて各種ランキングからは削除されてしまったが、討伐数だけで見れば交通三姉妹よりは多かった。

 この討伐数の差が、魔法の威力に大きく影響していた。


 その場に座り込み、行動ができないあやめに由良が歩み寄る。


「ぅぐ……!」

「ごめんね、あやめちゃん。痛いよね、つらいね」


 由良は、今にも泣きそうな表情だった。あやめを傷つけるのは本当に不本意であるかのようであったが、しかしそれが自分のせいであるとは微塵も思っていない様子であった。


「私はあやめちゃんの意思を尊重したいの。あやめちゃんに情報災害インフォハザードを使わないのも、地球の人類を滅ぼさないのも、それはあやめちゃんがそれを望んでいないから」

「じゃあ……私に攻撃するのも、やめてもらいたいものだけど」

「そう、それも本当はしたくない。でも、私はどうしてもあなたが欲しいから、仕方ないの」


 由良はうずくまるあやめを見下ろしている。泣きはらしたような微笑みに、いかなる感情も見えなかった。

 こうして話している間にも、妖精界と地球をつなぐワームホールの消滅タイミングは迫ってきている。そろそろ倒す目途が立たないとまずい。それに今の発言は、あやめが抵抗すればするほど情報災害インフォハザードを使うハードルが下がると言っているかのようだった。そうなればあやめに抵抗の術はない。


 いいのかもしれない。何も不都合のない世界で、2人きり。芽衣の母親が死んだことを気にも留めず、ただ由良と恋人ごっこを無限に続けるような生活。


「……芽衣」


 気づけば、口から友の名が出ていた。友、親、クラスメイト、魔法少女。そして……由良。

 あやめは、その全てを切り捨てられなかった。


「やっぱり、だめだよ。私はみんながいる方がいいな。由良ちゃん、あなたも含めて」

「……」

「【驟雨となりてレイニーデイ】」


 あやめがそう呟くと、室内にもかかわらず肌を少しの水滴が打った。はじめは緩やかだったそれも、次第に激しくなっていく。

 傘などという気の利いたものはどちらも持っていない。二人とも、雨に打たれるままに濡れていた。


「どうしたの? 防がないの……風で、こんなに怪しい魔法の雨を」

「知ってるくせに」

「……ふふ」


 今度は、あやめが不敵に笑った。


「空気が動かせない。大気の制御権を、魔力の雨で奪ったみたいだね」

「正解」


 雨は今も降り続いている。大気を先にあやめの雨が占領している状態では、由良の魔法が付け入る隙がない。


「【驟雨となりてそれ】って、もともとそういう魔法なの?」

「いや。今、即興でつけたの。魔法が理外の力なら、なんだってできるはずでしょ」

「……やっぱり天才なんだね」


 魔法とは、魔力とは異界のエネルギーだ。たまたま怪人が観測した異界にあったエネルギーをどうにか使っているだけ。それに幕をかけて完全不明な力として使ったのが怪人であり、制御できると信じて嘘の理屈をこねてでも解釈しようとしたのが魔法少女、ひいては人間だった。その成果は、怪人特効合金といった形で表れていた。人間の立てた理論が正しいとは限らないが、少なくとも効果的ではあったのだ。これはまさしく努力の成果であった。

 じゃあそんな魔法に、思いつきで効果を付与できるかというとそれはまた別の話で。炎弾バレットも、事前に怪人の透明化について聞いていたからこそあらかじめそういう魔法を作れていた。体系化されてない、直感による技術だ。これといったセオリーがあるわけでもない。それを、この一瞬で。


 由良が思い浮かべたのはゲームコーナーの怪人戦で、あやめがとっさに【アジサイビーム】を反射させたことだ。あれは明らかに、あのとき閃いたような使い方だった。どちらかというと奇跡のような、偶然に近い産物だと思っていたが、この分だと本当に魔法の天才なのかもしれない。

 風は使えない。本気を出せば大気の制御権を奪えるとは思うが、隙が大きい。風鐸自身を震わせて音は出せるが、あやめの鼓膜を破壊するのは本意ではない。愛の言葉をささやけなくなるからだ。当然、あやめ自身の意志を狂わせる情報災害インフォハザード系もアウト。


 一見、詰みともいえる状況。しかし別に、由良はそれでも良かった。

 由良の目的はあやめを倒すことではない。あやめと一緒に、この妖精界で暮らすことだ。だから千日手ならそれでいい。ワームホールが消え、泣きはらすあやめを慰めるだけだ。

 風の魔法は使えないが、【吹き颪す風鐸ザ・ベル】を盾に使うなどやりようはいくらでもある。それに、あやめの魔力封じにも一応対策は存在した。


 時間を稼げば、それだけ由良は勝利に近づく。それはあやめもわかっているはずだった。

 だというのに。


「ね、由良ちゃん。お互い決定打もないみたいだし、少しお話しない?」


 彼女には何か秘策がある。由良の目には、そう映った。

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