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第37話 いざ、反撃の時 その2

 この世界に十三ある"玄関"。そのうちの一つを、たった一人の魔法少女が死守していた。数多の銃弾で構成されたような簡素な服を着ており、背後には無数の銃がその口を怪人たちに向けている。


 その名は炎弾バレット。原初にして最強。言わずと知れた、怪人撃墜数ナンバーワンの魔法少女である。


 先ほどビルから飛び降りていたようだが、怪我どころか足を痛めた様子もない。変身衣装の防御にせよ、何らかの魔法にせよ、いずれにしても強力な防護がかけられているようであった。


「いくら最強の魔法少女と言えど、敵は一人だろうが! このまま物量で押し切れば……」

「【燦燦たる煌々たる炎熱纏う弾幕ブレイズバレット】」


 既にこの都市の中心部は怪人によって多くが破壊されている。しかし、当の怪人側も壊滅的な被害を受けていた。何かしらを言いかけた怪人は、そのまま炎弾バレットの圧倒的弾幕によって死んだ。熱を纏った超高温な銃弾の一斉放射はこの場の全ての怪人を焼き払い、死体すら残さない。怪人が"玄関"から襲来してはや30分ほどだが、既に500体ほどの怪人が死亡していた。ついでに言えば、逃げ出せた怪人の報告もない。

 今もなお、召喚した銃器が常に怪人どもを撃ち殺し続けている。漂う硝煙の匂いにももう慣れたものだ。

 そしてその異常なほどの熱によって光景が歪み、透明な怪人の姿が浮かび上がってきた。こっそりと透明化し、他の都市部で暴れまわる──そんな魂胆が丸見えであった。


「そうら、屈折率が狂ってるぞ? 卑怯者」

「なっ……」


 それを見逃す炎弾バレットではない。彼女の宣言通り、戦う怪人も逃げる怪人も等しく炎弾バレットの前に散る。


「テ=ル社の透過技術が、地球人類に見破られるなど……」

「阿呆かお前は」


 万一復活しないように、丁寧に死体を焼き払う。たとえ"玄関"から無限に復活されるとしても、想定外が起こる可能性はなるべく減らしておきたかった。

 確かに、操縦機体アバターの光学迷彩は完璧だったかもしれない。しかし炎弾バレットはあらかじめ、【燦燦たる煌々たる炎熱纏う弾幕ブレイズバレット】が発する熱に怪人の魔力を浮かび上がらせる効果を付与していた。


「それならそれで、見破る魔法を開発するだけのこと。魔力をブラックボックスとしてしか見ていなかった貴様らと、わからないなりに制御しようとしていた私たちの差だ」

「だとて、ここまでの戦力差を!」

「んー……それは才能の差、かな?」


 ある怪人が躍り出た。いくつもの刀身を身に纏っており、刃物をモチーフにした操縦機体アバターであることがわかる。それは凄まじい速度で炎弾バレットの元へ走り寄るが、いざ斬らんとする段階で怪人の方が先に蜂の巣となった。

 炎弾バレットトラップ型魔法、【過去に刻む弾丸リターンバレット】による攻撃である。彼女を中心とした一定範囲内に侵入した怪人は、無数の弾丸にことになる。最強の魔法少女にふさわしい、回避不能の攻撃だった。


「馬鹿……な……」

「ま、お披露目は確かに初めてだが。傲慢もここまでくると哀れだな」


 そう言いつつも、彼女は【武具召喚サモン無限銃類チルドレン】を追加詠唱し新たな銃を呼び出す。怪人の実力も知れた。そろそろ"玄関"から湧いたそばから怪人を撃滅する、いわゆるリスキルの態勢を整えようとしていた。


「私は一人で十分だが。他が上手くやれていることを祈るしかないな」



「……雪景色スノウドロップ、右腕の関節を狙え。全てが弱点だ」

「【武具召喚サモン:【軒下の氷柱槍スノウランス】!」


 日本、京代都。"玄関"の一つである八島区には、日本の有力な魔法少女が一堂に会していた。

 妖精王フェアリーが【怒りの日ディエスイレ】で、砂塵嵐サンドストームが【殺傷性粉塵キラーダスト】で怪人全体にダメージを与え、濁流ポロロッカが【閉鎖水門マカレオ】で移動を阻止する。孤立した怪人は爆弾ボンバーが【比較的安全なクラスター爆弾スナイプ・ボム】でピンポイントに仕留める。

 彼女らは、既に決めていた作戦に従って綿密な連携を取っていた。


「座標C-2にて透明化怪人を発見! ベータ班は直ちに急行せよ!」


 そして、その音頭をとっていたのが神眼トゥルースである。本人に戦闘能力がないわけではないが、現在は怪人の監視と弱点看破に意識を向け、無線機で指示を出すことに集中している。これ以上を求めるには、さすがに人間の脳の処理能力が足りない。


『こちらシグマ班! 座標P-5にて、前線突破されました! 負傷者は1名! 死者は無し!』

「ククク……私ノ"ルール"ヲ破レル魔法少女ハ、イナイミタイデスネェ?」


 ここに来て、妨害魔法を振り切っていくつかの怪人が前進してきた。幸いにも死者はいないようであったが、それはこのシグマ班が怪人に地力で負けていることを意味していた。

 だというのに、神眼トゥルースは焦りの表情を見せない。あくまで落ち着いて次の指示を出す。


「無理のない範囲で前線を維持しつつ、規定領域を避けつつ少しずつ後退しろ! 援護する!」

『はい!』

「ちょっ、神眼トゥルース様! 私もいっぱいいっぱいで、もう……!」


 名目上は神眼トゥルースの護衛である雪景色スノウドロップも、普通に戦闘に参加させられている。貴重な戦力を遊ばせておく余裕などどこにもないからだ。それ自体はむしろ雪景色スノウドロップの望むところであったが、しかしそれに加えてシグマ班の援護ができるほどではなかった。


 だが、神眼トゥルースの示す"援護"とは、全く別のものであった。


「今だ!」

『了解、発射ファイア!』


 神眼トゥルースが合図を出すと、無線機越しに野太い男性の返事が上がる。

 座標P-5。魔法少女による防壁を突破し、人類を蹂躙しようという意気込みに満ち溢れていたはずの怪人が……突如、倒れた。さらにその後、悶え始めるほどの苦悶を見せている。


「熱イ、熱イィ……! 魔力ガ、灼ケル!」


 発言からしてルール型怪人の一種だったのであろうが、ルールによる防御すら無視して巨大な砲弾がその腹部を貫いていた。


「怪人が……あまり人類を舐めるなよ。妖精じゃない、魔法じゃない! 科学が、人類の叡智の結晶が! ついに怪人に届いたのだ!」

「ってことは、まさか」

「ああ。怪人に有効な特殊合金を主成分とした特効砲弾……それを自衛隊に装備させた。いや、自衛隊だけでない……"玄関"に配備された軍隊は、全て十分量を所持している」


 確かに、雪景色スノウドロップはそれを知っていた。怪人の肉体を損傷させる効果を持つ合金が最近になって開発されたと。それが、ここまで効果のある代物だったとは。


「緊急事態とはいえ、そこまで迅速にできるものなんですか!?」

「……今まで何のために、過労になってまでいらん仕事を抱え込んだと思っている」

「え」

「こういう事態になったとき、根回しを素早く済ませるためだ!」

「そうだったんですか!?」


 怪人を砲弾が貫いたことより驚きの事実だった。


「ま、さすがに私が担当したのは主に日本だけだ。他の魔法少女による協力が無ければ成り立たなかった」

「それでも十分すごいですって……」


 自身の【軒下の氷柱槍スノウランス】が別の怪人の弱点を破壊したのを見て、雪景色スノウドロップも少し肩の力を抜いた。

 魔法少女による抵抗は堅牢だ。特殊砲弾による援護もある。だが……。


「無尽蔵に湧いてきますね。いつまで続くんでしょうか」

「そりゃ、情報災害インフォハザード次第というほかないな。我々にできるのは、少しでも被害を抑えることだけだ」


 いくら怪人を殺しても、それは本質的な死ではない。それはまるでゲームのようで、少ししたら同一個体が"玄関"に出現していた。


 どうか、一刻も早く。そう願うのは、雪景色スノウドロップだけではなかった。



 一方、そのころ。

 由良とあやめは、妖精界のとある建築物に侵入していた。そこは、妖精や怪人ならだれでも知っているスナマ・ルクチャンネルの放送局であった。

 今、妖精界の心臓は一人の魔法少女に握られていた。

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