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第35話 反逆の狼煙 その2

『……妖精界に乗り込むのは情報災害インフォハザード。あなたと、紫陽花ハイドレンジアと、蝸牛シェルのみですか』

「そう。それなら協力してもいい。ホームは魔力が垂れ流しだから、別に近くなくてもいいのは知っているしね」


 由良はなぜかあやめの提案を蹴り、自分のものを提示した。その意図はあやめにはわからない。もとより、催眠がかかった人間の考えることなどわかりようもない。

 それでも、何か腹の内に不穏なものを隠していることは明らかだった。


『私達"過激派"は妖精界が滅べば良いです。神眼トゥルースなどの魔法少女は……基本的には地球に怪人が来なければ良いと思っています。だから私が問えるのは一つだけです』

「確かにそうだが、本当に完全に滅ぼす気だったとはな」

『茶々を入れないでください、神眼トゥルース。とにかく怪人の警護をすり抜け、スナマ・ルクチャンネルの放送元に忍び込めるならなんだっていい。それを、上位の魔法少女の援護なくしてできると?』


 望遠鏡スコープは由良に頼む側のはずなのだが、長年望んできた願いを目の前にして気が逸っているのか少々高圧的になっていた。

 しかし、それにも由良はひるまない。


「できるよ。鐘の怪人の記憶からチャンネルの場所はわかるし、存在の隠蔽なんて楽勝。【不在義務アブセンス】の効果をもう少し強くして、即効性を上げれば済む話なんだから。むしろ、人数が増えれば増えるほど大変だと思うな」

『……紫陽花ハイドレンジアを巻き込むのは?』

「だって私は支援型だもの。心を操るだけじゃどうにもならないときに、魔法による純粋な戦闘力が必要な時も考えてのことだよ」

『それなら、他の上位の魔法少女で良いはずです』

「嫌だよ。信頼できないし。それなら、私は連携の経験があるあやめちゃんがいいな」


 もっともらしい意見だったが、何かあるのは明白だった。由良はあやめに微笑みかける。その笑顔には、どこか、影がある。


「ね? ついて来てくれるよね、あやめちゃん」


 あやめは考える。何故か軌道修正をされてしまったが、由良がそこからさらに決定を覆すとは考えにくい。だから、妖精界に自分も乗り込む前提でどうするべきなのか、だ。

 由良の催眠を解く方法はわからない。わからないが、由良が催眠にかかっていることを覚えていられる自分がどうにかしないといけない。


 わざわざ妖精界で(蝸牛シェルを除けば)二人きりになる理由があるはずだ。そこでなら、彼女の本音を聞けるのかもしれない。あやめの選択は、決定した。


「……わかった。私も行くよ」



「次にこの世界と妖精界を行き来できるタイミングは7日後だ。その時に起こること、やるべきことを説明する」


 一応のまとまりを見せた会議を、神眼トゥルースがおさらいする。


「まず、異常に気が付いた本部がこちらに怪人を仕掛けてくるだろう。一見神出鬼没な怪人だが、実は"玄関"と呼ばれる場所を通る必要がある」


 そう言うとテーブルに世界地図を広げた。いくつかの地点には目立つ赤色で丸が記されている。


「その数……13か所。普段はそこから透明化などの魔法を使って目的地に移動するが、今回は即座に攻撃してくるだろう。この"玄関"に魔法少女を集中させ、防衛にあたる」

『透明になっている怪人も看破して対応しますが……必ず"玄関"は通ります。そこを叩く』

雪景色スノウドロップにも、最寄りの1か所を対応してもらう」

「は……はい!」

「一方、情報災害インフォハザード紫陽花ハイドレンジアには妖精界に乗り込んでもらう。目的は、【不在義務アブセンス】による妖精界の滅亡。紫陽花ハイドレンジアはその護衛だ」

「……」

「妖精界の座標は望遠鏡スコープが記憶している。そこに、喰咬鮫シャークの【異空の鮫スカイハイ・シャーク】を突撃させワームホールを作って移動させる。乗り込んだ2人は、可能な限り早くスナマ・ルクチャンネルの放送元にたどり着き、【不在義務アブセンス】を全ての怪人・妖精に聴かせて消し飛ばす。視聴率が正真正銘100%のスナマ・ルクチャンネルなら、文字通り妖精界を滅亡させることが可能だ」


 神眼トゥルースはそこまでを説明し、いったんあたりを見渡す。たびたびの望遠鏡スコープの発言は、妖精が見えない芽衣のために適宜神眼トゥルースが言い直していた。


「難関は2つ。各妖精に行動制限ロックがかかる可能性が高いことと、怪人の強さが本質的に未知数であることだ。前者については、ホームに可能な限り追加契約をしてもらうことで対応したい。……ホーム、あなたの契約手順は?」

『魔力のタネを渡すのなら私に名前を書いてもらう必要があります。……が、今回は魔力を共有し、魔法を許可するだけの"仮契約"。顔と名前さえ私が覚えれば、それが可能となります』

「わかった。後で優先度順に並び替えソートした全魔法少女のリストを渡す。可能な限り仮契約してくれ」

『わかりました』


 情報災害インフォハザードを除く全ての魔法少女には妖精が"過激派"かどうか、そして実力と所属地域を加味して優先度がつけられている。怪人撃墜数ランキングとは異なるそれは、いつかくる逆襲の日に備えてのものであった。


『後者の、怪人の実力についてですが。怪人や妖精は妖精界から切り離されない限り常にスナマ・ルクチャンネルを聴いています。寝ていようが、操縦機体アバターを地球に出撃させていようが、です。これはそれほど怪人らが娯楽に飢えていることの証左ですが、つまり拮抗さえしていればいつか【不在義務アブセンス】によって消え去ってくれることを意味しています』

「怪人自体は倒せなくても、防衛さえしていればいいってことですね」

『ええ。もちろん、【不在義務アブセンス】の成功が前提になりますが』

「成功させるよ。あやめちゃんのためだからね」


 由良が言う。それは確実に成功させる意気込みの表明であったし、自身の方針の宣言でもあった。


「芽衣ちゃんから聞いたよ。芽衣ちゃんのお母さんを守れなかったことが、ずっとあやめちゃんを傷つけてるんだよね」

「知って、いたの」

「『仕方のないことだった』、『最善は尽くしていた』、『あなたは悪くない』。……そんな言葉が、あやめちゃんを救えるわけでもないのも知ってる」


 さらに、由良は続ける。


「過去はどうにもならないけれど。怪人を全て滅ぼせば、もうそんなことは絶対に起こらない。少なくとも、未来を憂うことはなくなるの」

「そ、それは」

「『忘れさせた』だとどうしても不安になっちゃうでしょ? 本当にそうなのか、また思い出すんじゃないか。また犠牲者が出るんじゃないかって。でも、【不在義務アブセンス】で消し飛ばせば、そんな心配もない」

「……!」


 その発言は、あやめの図星を的確についていた。先ほどの提案の「なにも消さなくても、忘れさせるだけでいいのではないか」というのは真意ではない。ただ、あまりの規模の大きさと現象の恐ろしさで躊躇しただけなのだ。それほどの大きな責任を由良のみに背負わせる罪悪感もある。

 しかし本音を言えば、怪人などできる限り滅ぼしてしまいたかった。自分の罪から目を背けたかった。


「私は感謝してるんだよ、あやめちゃん。転生した私、"私"でない私を受け入れて、友達になってくれて。だから今度は私の番」


 それを見透かしてるかのように、由良は語る。あやめに語る。 


「【不在義務アブセンス】で世界の狭間に落ちれば、そこには何もない。座標情報はあるけど、空間が無いからワームホールは作れない。それどころか魔法も展開できないし、当然考えることすらできない。ただそこにあるだけの、正真正銘の空虚ヴォイド。それが、【不在義務アブセンス】の行き着く先なの。だからあやめちゃんは、何も心配しなくていい」

「……話を戻すが。今言った通り、魔法少女は怪人と拮抗さえしていればいい。やつらは今まで『ショーのため手加減をしている』という認識でいたが、それは我々も同じだ。一部の上位勢ランカーには、怪人を倒す以上の修練を今までの研修で要求してきた」

「あ……」


 どうやら、雪景色スノウドロップには思い当たるところがあったらしい。彼女は八島区ではレベルの高い魔法少女の1人で、だからこそ会議に呼ばれていた。


『そして、怪人と魔法少女の魔力にはその扱い方に決定的な違いがあります。怪人は魔力を完全な未知ブラックボックスとして扱いますが、人間は自身の理解できる様式で扱います』

「……どういうことですか?」

『怪人は他者の魔力を感知できませんし、しようともしません。完全に理外の力として使っているため、魔力を法則の内側にとどめようとしている魔法少女を下に見る傾向にあります。しかし、怪人と魔法少女はスタンスが異なるのみでその実力は怪人が思っているより乖離はしていない、というのが私の見解です』

「えーと……」

『怪人は魔力を理解しようとしていない。だから魔法少女の実力も本質的には理解できていないのですよ、あやめさん。操縦機体アバターを操作するのみで命の危険が無いのも無理解に拍車をかけているのでしょう』


 望遠鏡スコープの説明に、ホームが補足した。ホームが自らの魔力を隠し通せたのも、怪人の魔力に対する無理解のおかげであった。


「つまり、我々に勝ちの目が十分にあるということだ。何か質問は?」

「契約中の妖精はどうするの?」


 質問をしたのは由良だ。


「切り離されている妖精はスナマ・ルクチャンネルを聴いてないよね? だからホーム蝸牛シェルはもちろん、この世界にいる全ての妖精は【不在義務アブセンス】から逃れることになる。でも、"過激派"じゃない妖精が多数派だよね」

「……そうだな」

「仮にすべてがうまくいったとして、あとから気が付いた妖精がさらに反逆する……とかは本当に無いと言い切れる?」

ホームと仮契約すれば、魔法少女は実力を発揮できる。協力は不本意でない妖精も多い。最終的にはなんとかなるはずだ」

「それまでに、どれくらい被害が出ると思う? 私たちの反撃中に妨害される可能性は? ねえ、本当に何も考えてないの?」

「……お前と似たような能力を持つ魔法少女がいる。そいつに協力を頼んでいるのだ」


 雪景色スノウドロップ紫陽花ハイドレンジアとは面識はないだろうが、【衣装型フォーム幻惑師ヒュプノス】という魔法少女がいる。幻覚を扱う魔法少女で、味方の恐怖を和らげたり怪人を惑わしたりすることを得意とする衣装型だ。彼女の妖精も過激派である、というより過激派の中で精神系を扱う魔法少女がまず少なかったのだが、とにかく彼女の主導で妖精を惑わすつもりでいた。

 そこまで説明して、神眼トゥルースは「どうして彼女のことを忘れてしまったのか」と思い至った。作戦を説明する上で重要なポジションにいるのに、なぜ忘れていたのか。


「それがどういう魔法かは知らないけど。私なら、もっと万全にできる」


 そしてその神眼トゥルースの逡巡を無視して、由良が話を展開する。


情報災害インフォハザードは情報に異なる効果を乗せることができる。さっき私が動きに意味を持たせたようにね。それを利用して、妖精たちの無意識に強く先入観を植え付ける」

「……詳しく話してくれ」

「ほら、魔法少女棟には妖精だけが通る魔力探知機があるでしょ? アレのすべてに同じ文を貼り付けておけばいい。後で私がその文字列そのものに『地球の人類は守るべきものである』という強力な意味を植え付けておけば、彼らは無意識に魔法少女に協力するようになる」

「併用を検討しよう。他に質問は?」


 特に、誰からも声が上がらないことを確認した神眼トゥルースは立ち上がった。


「ならば今日は解散する。雪景色スノウドロップ、魔法少女棟に戻って早急に手続きをするが、手伝ってくれるか?」

「はい!」


 人類による妖精界への反逆。それが始まろうとしていた。


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