目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第34話 反逆の狼煙 その1

『では、今度はこちらの番ですね』


 由良が自分の内心を暴露しておいて、都合の悪い部分の記憶を消していた後。

 望遠鏡スコープが口火を切った。


『怪人を倒す、という目的は理解してもらえていると思いますが。倒すためにどのようなポイントが重要になるのか、そしてどこが難関かを理解してもらうために妖精界の歴史から説明します』


 今度は、テレパシーなしで至極安全に語られた。妖精を感知できない芽衣のために、語りは神眼トゥルースが代行した。



 この世界に人間がいるように、妖精界には2種類の知的種族が繁栄しています。

 それが妖精と怪人です。それらは人間の男と女よりは遠い存在ですが、犬と狼よりは近い存在なのです。同じ親から、妖精と怪人両方が生まれることもあります。


 この妖精界の技術は地球のそれとは異なった方向に進化しました。具体的には、「異界を観測する技術」に特化したのです。そして、それのおかげである異界に眠る膨大なエネルギー……「魔力」と呼ばれるものを発見したのです。

 意外でしたか? 魔力とは異界の力。これは、我々妖精と怪人にとってもそうなのです。この魔力によって、妖精界の文明はさらなる発展を遂げました。各々が魔力を手にし、遺伝させ、自らの力として振るうことができるようになったのです。


 そうして、栄華を極めた妖精界が目を付けた娯楽……それが、「異界人を見せものにする」というものです。地球の人間、特に少女の見た目は怪人にとって非常に好みのようでして、鐘の怪人が主催したショーに皆釘付けになりました。特に、何も知らない少女が怪人に勝利して喜ぶ姿に、ね。


 さて、ここでは割愛しますが、諸々の事情で妖精は怪人よりも地位が低いです。"妖精界"と呼ばれているのに、皮肉なものですが。この立場の違いが、地球における妖精と怪人の役割に関係します。

 よりリアリティのある、臨場感たっぷりなショーを。そう考えた鐘の怪人は、二つの策を講じていました。一つは、希望する怪人の操縦機体アバターを地球に送り出させること。ショーの視聴者を参加させることで、より強い欲望を満たさせました。そしてもう一つは、妖精を少女側につかせることで、より白熱した勝負を演じさせること。


 妖精は怪人に雇われているのです。今もなお、怪人に監視されているとは知らずにね。とはいえ、すすんで加担している妖精もいますが。


 今、鐘の怪人と連絡が取れません。情報災害インフォハザードの証言が正しければ、消された影響で今ごろ本部は大混乱でしょう。反撃の可能性は十分にあります。

 ただ、怪人の指揮権が再編成されるまで。そして怪人が通れるほどのワームホールが開くまでは数日の猶予があります。叩くなら、今しかありません。



「……そんな。全部が全部、あなたたちの自作自演だったの……?」

『はい。今まで騙して、大変申し訳ありません』


 あやめも、芽衣も、雪景色スノウドロップも。驚愕の事実を受け入れることができずにいた。


「怪人も、妖精も、魔法少女も。全部、全部……」

『そうなります』

「……私の」


 芽衣が、声を震わせながらも問う。


「私の、お母さんが死んだのも……見せものだったってこと……?」

「……そうか、あなたは遺族だったか」

『なるべく、死傷者は出ないようにしています。関係者の死亡は魔法少女の勝利を損なう要因に──』

「……」


 望遠鏡スコープの話を、神眼トゥルースはあえて無視した。傷口に塩を塗りこむような真似をするほど、彼女は無情ではない。それを知ってか知らずか、望遠鏡スコープは続ける。


『難関はいくつかあります。私は妖精界の滅亡を目標にしていますが、広い世界なので純粋に膨大な制圧火力が必要です。また、下手に攻撃すると反撃として"本気の"怪人が地球を襲う可能性があります。さらにそのとき、行動制限ロックによって我々は魔法が使えない恐れがあります』

「滅亡って……同族なんでしょう? ショーをやめさせるとか、そういう方法にはならないんですか」

『地球の人間を悪用する妖精界に、価値がありましょうか』


 初めて、望遠鏡スコープの声に感情が乗ったような気がした。


『人間は純粋に愛でるものであり、我々が干渉してはいけない存在なのです。それをまあ、やれショーだの参加型でいたぶるだの……反吐が出ます。斯様な妖精界など、一度滅んでしまえばいいのです』

『要するに、望遠鏡スコープは過激派の最先端ってこった。どうやら、うまいことお仲間を見つけたようだがな』

『あなたがそれを言いますか、蝸牛シェル? 自分で魔法少女の魔法を使ったあなたが?』


 なにやら望遠鏡スコープ蝸牛シェルがいがみ合っているが、それは芽衣には全く視認できない。明らかに不毛な舌戦を続けさせないため、雪景色スノウドロップが先ほどの発言に言及した。


「お仲間というのは、私のことですか?」

『正確にはあなたではなく、あなたの妖精の待雪草ガランサスです。彼も蝸牛シェルも"過激派"を担う妖精ですが、報告書でおおよそ把握していたからこそ接触できたのですよ。情報災害インフォハザードの親友の妖精が過激派だったのは幸運でしたが』

「ふーん……私の蝸牛シェルの行動って妖精界基準だとどういう感じなんですか」

『「往来で猫のものまねをする猫好き」でしょうか』

『おい!』


 あやめの、蝸牛シェルを見る目が変わりそうな一言だった。しかし、彼らは過激派だからこそ地球の人間こちらに協力し、怪人を滅そうと動いてくれるのだ。かなり複雑な気分ではあったが。


『話を戻しますが。"過激派"の妖精は他にもいます。本来は、その妖精が契約している中でも上位の魔法少女を妖精界に突撃させる予定でしたが、あまりにも不確定要素が多すぎた。行動制限ロックを避けるために絶対にバレてはいけないし、そもそも妖精界は広すぎる。リスクの高い長期戦しか思いつかなかった』


 望遠鏡スコープに目はないように見えるが、しかしその視線ははっきりと由良に向いていた。


『しかし、さきほどの話を聞いて確信しました。さきほど思い出した記憶とも整合している。情報災害インフォハザード……あなたの力なら、さほどのリスクもなく妖精界を滅ぼせる。そうですね?』

「そうだね」


 望遠鏡スコープ神眼トゥルースが思い起こしたのは、怪人の不自然な消滅事件だ。怪人が完全に消え去ったとしか説明できないそれは、【不在義務アブセンス】の効果を裏付けるに値していた。


『護衛はつけますが……ほとんど単身で妖精界に乗り込み、スナマ・ルクチャンネルに【不在義務アブセンス】を流すだけでいい。魔法少女業務のために切り離された妖精以外は、文字通り全ての妖精界人が聴いているこのチャンネル。それに、必殺の毒を流せば……』


 本当に、妖精界は滅亡する。聞いていた魔法少女の面々が、ことごとく息をのむ。特に、その困難さを実感していた神眼トゥルースの反応は顕著だった。


『怪人が通れるほどのワームホールを地球と妖精界の間に通せるタイミングは限られています。これなら、妖精界が私たちの計画に感づき、怪人を大量に差し向けたとしても……魔法少女たちを防衛に回して備えることができる』

『そして、各妖精にかけられる行動の制限ロックは私が解決できます』


 続けたのはホームだった。別室にいたときに、おおよその話はまとまっていたらしい。


『私の魔力なら、全ての魔法少女と追加契約できます。そもそもショーの本部とつながっておらず、魔力制御能力の無い私を抑えることなどどうやってもできません。魔法少女には、私の魔力を使って変身してもらいます』

「それほどまでに魔力があるのか」

ホームは事故に遭うまでは神童として厚遇されていたのですよ。それが反転して、今の扱いを受けるに至りましたが』

『事故で魔力の弁が失われたとき、魔力が未だ内にあることを隠していました。それがバレたら、都合のいい魔力タンクにされることがわかっていたからです。その結果、放逐されましたが……追放先の世界と弟が目を付けた世界が一致しているとは、何たる偶然かと思いました』


 今になって、ホームは弟の鐘の怪人を脳裏に思い浮かべる。昔から自分を目の敵にしていたような子だった。随分と努力していたようで、自分が事故に遭った時はもうかなり高い地位にいたようだが。もしかしたら、追放先の世界を選んだのは彼なのかもしれない。

 だが、もう詮無きことだ。鐘の怪人はすでに消え、自分だけが残っている。妖精界に未練はもうない。自分を必要としてくれた由良がいるこの世界こそが、私には必要なのだ。


「それで、私に協力しろと?」

『そうです』


 だが、その由良が妖精界の破壊に協力してくれるかどうかは別問題であった。

 今の彼女がどんな思いで聞いているのか、それは全くわからない。


『このままでは、この地球の人類は永遠に怪人の慰み物です。どうか、どうか協力してくれませんか』

「それを決めるのは私じゃないかな」


 由良はそう言うと、隣にいたあやめを無理やり抱き寄せた。


「あやめちゃんは、どうしたいの? 私はあやめちゃんの決定に従うよ」

「わ、私は……」


 自分で決めずにあくまであやめに委ねる。その主体性の無さこそが、催眠の影響と言えるものだった。


「鐘の怪人の記憶を盗ったからわかる。妖精界あそこには、別に地球になんか興味ない怪人だってたくさんいるの。それを全て踏みにじってしまうことが、正義と言えるのかなあ」

情報災害インフォハザード! 誑かさないでください!』

「誑かしてるのはそっちでしょ、望遠鏡スコープ。私はただ、あやめちゃんにちゃんとした判断材料を届けたいだけ。あなたの歪んだ価値観で物事を伝えないで」


 過激派の望遠鏡スコープと、催眠を受けた由良。どう考えても共に歪んでいる両者が互いに攻撃する様は、とても見ていられるものではない。そう思い、あやめは早々に口を開いた。


「協力すれば、もう芽衣のお母さんみたいな人は……出なくて済むんですよね」

『そうです』

「なら、もっと穏当な方法にできませんか。例えば、由良ちゃんの魔法で地球のことを思い出せなくするとか」

『……ふむ?』


 なにも、全てを消し飛ばす必要はないのではないか。そうあやめは考えた。見たところ、由良の魔法はかなり自由度が高い。今言ったようなこともできるのではないか。望遠鏡スコープの望みとは少しずれるが、進んで大惨事を起こしたいわけではないのだ。


「由良ちゃんなら、できるよね」

「……確かにできるね。地球そのものを妖精界の認識から外せば、再発見もできなくなると思う」

「なら!」

「やっぱりダメ」


 あやめを手放し、由良は立ち上がる。


望遠鏡スコープ、協力するよ。妖精界の怪人・妖精を全て消し飛ばしてあげる。ただし、それには条件が1つだけある」

『なんですか、それは』

「妖精界に乗り込むのは……私と、あやめちゃん。あと蝸牛シェルかな。それ以外は、一切認めない」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?