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第33話 明かされる真実 その2

『宇加部と申します。あやめちゃんはいらっしゃいますか?』

「由良……?」


 インターホン越しに見えたのは、見覚えのある人物だった。

 怪人にさらわれた彼女を助けるための話し合いを今していたところなのに、渦中の人物が家の前にいる。

 喜ばしいことだ。嬉しいと思うべきだ。


 なら、どうしてあやめはこんなに胸が騒ぐのか。何かがおかしい。

 怪人が化けている? いや、そんなものではない。何かそれより恐ろしいものが家の前に立っている……ような気がした。


「まずいっ!」


 声を出したのは神眼トゥルースだ。急に立ち上がり、何かに焦っている。


「予想しただろう、雪景色スノウドロップ! 私たちが曲がりなりにも『仮想の魔法少女』について覚えていられたのは、まだその実在を実感していないからだ!」

「あ……!」


 それは、神眼トゥルースが過去に残したメモに書かれていたことであった。

 『私は彼女を忘れないために様々な対策を敷いているが、1つだけ懸念がある。それは、魔法を通じて彼女の存在をどうしようもなく実感してしまったことだ。もし私が忘れてしまったのなら──』


なんだ! 実際にこの目で見てしまったらいよいよマズいぞ!」

「も、もう声聞いちゃったんですけど!」

「セーフと信じるしかない! チィ、あれを使うことになるとは……!」


 そう言いながら彼女らはいそいそと鞄から何かを取り出す。あやめはそんな二人を横目に、インターホンに対応した。

 おかしいのはわかる。でも、ここでごまかす方がもっと大変なことになる気がするのだ。


 だって、彼女の目がそう物語っているから。いつもの由良ではない、どこか狂気的な感情が見え隠れしている。

 ここからは慎重に言葉を選ぶ必要があるとあやめは感じた。


「由良ちゃん、さらわれたって芽衣に聞いて……心配してたんだ。良かった、無事で」

『私は無事だよ。なんとか切り抜けられたんだけど……いてもたってもいられなくなって。つい、会いに来ちゃった』


 そもそも、あやめは由良に住所を教えていない。もう少ししたら家に誘ったり、逆に家に行ったり、そういうことをしようと思っていた。その矢先のことだったから、まだ教えていないのだ。

 だが、それを直接聞くのはさすがにまずいことぐらいはわかった。


紫陽花ハイドレンジア


 背後から、神眼トゥルースの声が聞こえる。


「中に入れていい。覚悟を決める。もし私たちが彼女のことを忘れたら……また、教えてくれ」

「……はい」

「こういう時のために符牒は決めてある。『欺く目を見通せるか?』と聞けば、未来の私は『時が来れば、あるいは』と答えるだろう。それが合図だ」


 唾を飲む。自分も、覚悟を決めるしかない。


「由良ちゃん、いらっしゃい。いま開けるね」


 一応、蝸牛シェルを呼んで魔法を使えるようにするが。それが対策にならないことは、あやめもうすうす理解はしていた。



「……で。確か神眼トゥルースさんだよね。研修で会った」

「そうだ」


 存外、由良に問題はないように見える。瞳の奥に何かが見える気がするが、入れたとたん暴れたり、奇妙な言動をするといった異常さはない。

 でも、普段の由良とは何かが違うことは感じ取れたため、あやめは警戒していた。


「どうしてアイマスクなんかつけてるの?」

「苦肉の策だ……君へのな」

「はぁ」


 本当に苦肉の策だった。由良が気の抜けたような声を出すのも無理はない。耳栓をしないのは、聞くだけならギリギリ「そういう音声だ」と自分を納得させられる自信があるのか。それとも、忘れる前に少しでも情報を取ってやろうという意地の表れだろうか。


「ああ、【不在義務アブセンス】対策か」


 しかし、由良はこともなげにこう言った。配信アーカイブを見て取り乱した彼女とは明らかに違う。自分の忘却効果について完全に把握しているように振る舞っている。


「そうだね。あやめちゃんは、どうしたい?」


 そこで不意に由良から聞かれるものだから、あやめは困惑した。

 真っ黒な瞳がのぞき込む。その深淵に何が残っているのか、あやめにはわからなかった。


「どうって……」

「今ならこの二人、かな? 私のことを忘れないようにできるよ」

「でき……るの?」


 把握、だけではないのか。この短時間で完全に制御したと言っているに等しい。あやめにはそれが、危ういように見えて仕方がなかった。


「もちろん! あやめちゃんのためなら私、なんだってできるよ!」

「じゃあ、お願い」

「【不在義務アブセンス例外処理イクセプション】」


 由良がそう唱えた瞬間、神眼トゥルース雪景色スノウドロップの脳内に膨大な記憶がよみがえった。

 「いない」魔法少女。消えた怪人。様々な会議に、残したメモ。全ての情景、感情、記憶が復活する。

 急な情報量に、思わず二人は頭を抱えた。


「ぐぅ……!」

「あ、一気に思い出すとさすがに辛いかも」


 例えるならそれは、記憶を隠していた幕が一気に取り払われる感覚に近かった。直接情報を流し込まれているわけではないが、しかし急に記憶が明らかになるとそれだけで脳は驚いてしまう。


「私は、こんなにも……繰り返していたのか。仮想の魔法少女、いや、情報災害インフォハザード

「その件についてはごめんね。でも『表』の私も必死だったからさ」

「『表』……だと」

「今の私は、いうなれば『裏』。鐘の怪人に催眠をかけられて、無意識が表出した状態だからね」


 おかしかったのは、そういうことか。今まで隠されてきた由良の一面が見えているから、どこか違和感を覚えるのだ。

 だが、それよりも重大な疑問点が増大していた。


『由良……もしかして、全て自覚しているのですか』

「してるよ、全部」

『ピースは埋まりました』


 気づけば、別室で話していたすべての妖精がこちらに戻ってきていた。何らかの話し合いが終わったらしく、望遠鏡スコープが口を開く。


『必要な情報も、抜かれない妖精界に抜かれない範囲で話せました。ここからは監視をシャットダウンさせます』

「そんなことができるんですか?」

『これで万が一にも内容が漏れることはありませんが……シャットダウンさせている事実は残ります。これが終わったら、すぐにでも行動した方がいいでしょう』


 助けるはずであった由良はそこにいる。だから、雪景色スノウドロップは聞き返した。


「行動、って」

『決まっています。全ての怪人を殺し、この地球に平和を取り戻す……そのための行動です』


 明確に、そう宣言した。明らかに冗談ではない。

 あやめはそれを聞き、少し考え、そして言葉を出した。


「なら、全部説明して。由良ちゃんのことも、怪人と、妖精についても」

「わかった。『全部』説明するね」

「えっ」


 そのとき、少しだけ由良が揺らめいた。そう全員の目には映った。

 そしてその瞬間、文字通り彼女に関する全ての情報が流れ込んできた。


「私の魔法なら、情報を圧縮して届けることができる。私の動きそのものに……全ての説明を詰め込んで届けることができる。さあ、理解して。私のすべてを」



 私には宇加部 由良という名前がある。だけども、それは今世の名前。実は前世の……異界で暮らした記憶があり、私は常に苦しめられていた。だって、この体には本来いるべきであった魂があるはずで、私はそれを押し退けて入っているに過ぎない。私は憑依しているのだ。ずっとそう思っている。

 それでも、体を返す方法なんてわからないし、自殺なんてもってのほかだ。恩を仇で返すことなどできるはずもなく、私には生きる道しかなかった。それで、なんとかやっていたのだ。


 魔法少女に、なるまでは。


 怪人がいて、暴れまわっていて。でも周りに魔法少女はいなくて。妖精が見えて、自分に適性があることを理解した。

 だから、契約をして戦った。その選択に悔いはない。でも、怪人と初めて戦うときに、変身の呪文が頭に思い浮かんでからこの悩みはさらに酷くなっていった。

 だって情報災害インフォハザードなんていう属性、どう考えてもまともじゃない。明らかに私という異物が紛れ込んだせいで、こうなってしまったのだ。今ならわかる。私が現世に持ち込んだ、前世の魂の一部。それが魔力となって私の属性に影響を与えているのを。


 夢を見る。私でない"私"、前世などない正常な"私"が、正しい属性の衣装型を纏って私を責める光景を。本当にそんな"私"がいたのか、実在する世界があったのかはわからない。わからないが、たとえ幻想でも自分にとっては現実だった。


 だから消すのだ。私の情報を、情報災害インフォハザードで。

 自分が魔法少女であるからこそ私の異常性が浮き彫りになってしまう。責められたくなかった。自覚したくなかった。無自覚に、「魔法少女の私」を消す。

 手段は豊富にある。単に忘れさせるもの、情報そのものを消し飛ばすもの。そしてその最高峰が、私の前世の名を知った者を故郷の異界へ引き寄せるものだ。未だ発展途上なその魔法では出力が足りず、結果として引っ張られたものはこの世界と故郷の異界との狭間に落ちることになる。そこで朽ち果てることさえできず生き続ける羽目になるので、結果として消えたも同然になる。


 それが情報災害インフォハザード。それが、【不在義務アブセンス】だ。


 今までは気づかなかったけれども、鐘の怪人が私に気付かせてくれた。私の無意識のこと、そして私の使命。結局彼は【不在義務アブセンス】に引っかかって消えてしまったけれども、彼には感謝しているのだ。私はこれから、あやめちゃんを愛するためだけに生きる。



「頭痛い……」

『き、きつ……』

「ば……馬鹿! さっきより酷いのをやるやつがいるか!」


 死屍累々になっている面々はともかく、彼女の動きを読み取って流れ込んできた説明はこのようなものだった。


『鐘の怪人があなたをさらって、どこで、何をしたのですか』

「『拷問ショー』と言っていたよ。白くて円形の、出入り口のない部屋に閉じ込められたの。【不在義務アブセンス】で、それを見てた怪人も消し飛んだと思うけど」

『そのスタジオは……特定の重鎮向けの映像の撮影所ですね。消し飛んだのはごく一部でしょう。まだまだ妖精界には、罪深き怪人と妖精がいるはずです』


 望遠鏡スコープが由良と何かについて話している。不穏な気配を感じつつも、あやめは頭を押さえながら必要なことを言った。


「由良ちゃんは今後、テレパシー禁止ね」

「わかった!」

「返事だけはいいな。魔法に自覚的になってくれたのはうれしいが、催眠が厄介だ。精神を治す魔法少女も起用する必要があるな」

「あ、【催眠は忘れて】」

「は……?」


 不意に由良が手をかざすと、あやめ以外の全員の記憶から催眠についての事項が消し飛んだ。

 そしてそれがわかるのは、由良を除けばあやめだけである。


「ん? さっき何かを話していたような気がするが……」

「ちょっと、由良ちゃん!」

「なに?」

「……ホーム! なんで魔法を許可しているの!」


 魔法は、妖精による許可制だ。たとえ変身せずに魔法が使えたとて、妖精の許可が出なければ発動できない。しかし、そこで問い詰めた先に出たホームの返答は思いもよらないものだった。


『すみません、私にはどうにもできないのです。私の魔力を制御する能力は、昔の事故で失われてしまいましたから』

「え……」

『膨大な魔力を持ちつつも、契約した相手に魔力を無制限に渡してしまう。ゆえに"落ちこぼれ"と呼ばれ、ついには妖精界から放逐されました。彼女は、由良は……そんな私を救ってくれたのです。それが、こうまでなるとは』

「そんな……」


 制止する間もなく、息をつくように魔法を味方に使う由良。催眠のせいで魔法を自覚し、それを使いこなす彼女を止められるのは自分だけだ。


「必要な措置だよね。怪人を全員倒すんでしょ、余計なことに気を回させている余裕はないよ」


 ……本当に、できるのか。


「大丈夫、あやめちゃんの心を操ったりなんかしない。私はただ、あやめちゃんが好きなだけ。怪人を倒したら、二人きりで一緒に暮らそうね……」 

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