「なるほど。その魔法少女が仮に存在したとして、それは攫われたと」
その一同が、路上で会していた。
あやめは
「その変な前置きはなんなんですか」
「ん、ああ……こうしないと、私たちは忘れてしまうからね」
「忘れるって、何を」
さもなんでもないことのように
「君の友達のことをだよ。彼女は自身に関する情報を消してしまう、と推測できる。その時私たちの記憶も消えてしまうのだ」
「……?」
「でも、『仮にこういう存在がいる』と言って空想上のものにしてしまえば忘れないわけだ」
「な、なるほど」
これが、これが怪人討伐数第10位か。戦闘に向いていない衣装型であっても、その実力はやはり上位勢のものなのだ。
「確かにゆゆしき事態だ。総力挙げて救出する必要があるな。だが、何か隠しているな?」
「……!」
「この
目が細まる。2人の緊張感が高まったところで、介入したのは妖精の
『はい、はい、2人とも落ち着いてください。往来ですよ』
「む……」
『
『
『大丈夫ですか、
『私は由良と契約している。それが答えですよ』
『……それなら良かったです』
妖精同士で何かを語り合うなど、あやめはほとんど見たことない。だが、これで確かに通じ合えたらしかった。
『
「え、それは……」
『構いません、彼らは味方です。由良の救助のためにも、巻き込んだ方が良いでしょう』
妖精の主張。話が聞こえず、ついてこれない芽衣。
「一刻を争う事態なんです。
「ああ、言ったな」
「お願いします。私の友達を……助けてください」
あやめが絞り出せたのはこの一言だけだったが、
「すぐには難しい、というのが答えだ。説明のためにもどこか落ち着いた場所で話がしたい」
▽
柴野江 あやめの自宅に全員が移動してから、少し。
幸運なことに、彼女の自宅には応接室のようなものがあり、全員はそこでテーブルを囲んでいた。
「それで」
芽衣は社交的な人物だ。少なくとも、由良よりは。だから友達を何人か自宅に呼んだことはそれなりにあるし、逆に大勢で友達の家に行ったこともある。
だが、ここまで物々しい雰囲気になったことはなかった。あやめは
「変身もしてないのに、怪人にさらわれたのですよ。『すぐに助けるのが難しい』とはどういう意味ですか」
そもそも、自分は明らかに場違いじゃないか。もとよりあやめを探して来ただけなのに、偶然その友達の人と会って。でも、その人が目の前で怪人にさらわれて。それで成り行きでここにいるが、もうあやめちゃんとの再会がどうとか言っている場合ではない。
芽衣は俯きながらもあやめの方を見やる。大声を上げているわけではないが、これほどまで怒っている彼女は見たことが無い。それだけ、あの人は彼女にとって大事なんだろう。
「言った通りだ」
対して、この
「様々な問題点がある。まず第一に、場所がわからないこと。第二に、怪人による抵抗が予想されること。最後に、魔法少女の協力を得る必要があること」
『つまりですよ、あやめさん……』
「私が説明する。ここには魔法少女でない者もいるようだしな。ついでに、妖精たちは席を外せ」
しかし、
「最初の場所だが、そのままだな。どこにさらわれたかわからない以上、まず場所の特定から始める必要がある」
「……
「ダメだ。私の魔法は特定の場所には関与できない。仮想の魔法少女がさらわれたのはそこである可能性が高い」
あやめも同じことを気になったらしい。
「それは、どこなんですか」
「妖精界」
「……へ?」
「読んで字のごとく、妖精の住む世界だ。そしてそこは……怪人の本拠地でもある。世界と呼ぶにふさわしい広さで、あてずっぽうで突撃しても救出はできんな」
彼女は何を言っているのか。あやめも、芽衣も、そして
「これは全ての妖精に言えることだが……妖精界への致命的な反逆行動には
「待ってください。それは」
「怪人がわざわざ魔法少女をさらう目的など、本拠地に連れ帰るぐらいしか思いつかない。だから難しいといったのだ」
ここまで一気に説明すると、
妖精界が怪人の本拠地でもあるとはどういうことか。行動の
だが、この中でもあやめは冷静だった。由良を助けたいという強い目的意識が、逆に彼女の心を落ち着かせたらしい。睨みつけながらも、一つ一つ確実に言葉を紡ぐ。
「……二番目と三番目については?」
「二番目は単純に……怪人の本拠地に殴りこむのだから、怪人が多く待ち受けているべきと考えた方がよいからだ。本気になった怪人は手強いだろうな」
どこか含みのある言い方だった。だがそれが何かは、芽衣にはわからなかった。
「三番目だが。場所が仮に分かったとして、そこに行けなければ意味がない。そのために移動用魔法を扱う魔法少女の協力が必要なんだが、妖精の説得をする必要がある」
「そもそも怪人の出没とは関係ない上、行動の
「その通りだ」
本当に全てを説明しきったのか、
しばらくは自発的には口を開かないつもりだったのだろうが、さっきまで黙っていた
「……
「それは申し訳なく思っている。だが、リスクも考えてギリギリまで先延ばしにせざるを得なかったのだ」
「それは、どういう」
「私たち魔法少女は妖精……正確には、妖精を通して妖精界から監視されている。常にというわけではないが、こういう話は『なるべく妖精のいない場所で』『最小限に』行うべきだ」
「情報が……多いです……!」
あやめは頭を抱えたが、芽衣にいたってはほとんど宇宙だった。
「そこに、『仮想の魔法少女』が現れたのだ」
「仮想の魔法少女」は、さっきから
「『仮想の魔法少女』ならば、自身に関わる情報を消すことができる。関わったものはみな忘れてしまう。これをうまく使えば妖精界の監視も、行動の
「じゃあ、あなたたちが
「あの」
声を上げたのは芽衣だった。
「私、忘れてませんけど」
一斉に、一同の視線が集まる。最初に話し出したのは
「君を巻き込んだのはそれを聞きたかったためだ。いったいなぜ、仮想の魔法少女を覚えている?」
「いや、芽衣はまだ会って間もないから……私もすぐに忘れたわけじゃないし」
「数日前から知っていました。あやめちゃんが配信してたのを見てたから、友達だってわかってたわけだし」
証拠を出そうと、芽衣は自身のスマホを取り出し動画アプリから配信アーカイブを再生する。
「ほら、映ってるじゃないですか」
「いや、それはそうだけど……ほんとに数日前から見てたなら、忘れてないのはおかしいね」
「……すまん、私には映っているようには見えない」
「私もです」
同じ映像を見ているはずだ。それなのに、三者三様の反応だった。宇加部 由良……「仮想の魔法少女」の力が明らかに関わっているが、誰もその現象について説明できなかった。
そのとき。
ぴん、ぽーん。
「……え?」
不意に呼び鈴の音が、鳴り響いた。
「……宅配、かな。お母さんが頼んだのかも」
あやめはそう言うも、それを心の底から信じ込めたわけではなかった。うまく説明できないが、何か途轍もなく嫌な予感がした。
そしてそれは、的中する。
『宇加部と申します。あやめちゃんはいらっしゃいますか?』