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第32話 明かされる真実 その1

「なるほど。その魔法少女が仮に存在したとして、それは攫われたと」


 紫陽花ハイドレンジア神眼トゥルース雪景色スノウドロップ。そして伊空 芽衣に各妖精たち。

 その一同が、路上で会していた。

 あやめはホームが「周りに魔法少女がいないところで話したい」と言っていたことを思い出し、由良が攫われたと話すのみにとどめた。


「その変な前置きはなんなんですか」

「ん、ああ……こうしないと、私たちは忘れてしまうからね」

「忘れるって、何を」


 さもなんでもないことのように神眼トゥルースは話したが、あやめはスルーできなかった。


「君の友達のことをだよ。彼女は自身に関する情報を消してしまう、と推測できる。その時私たちの記憶も消えてしまうのだ」

「……?」

「でも、『仮にこういう存在がいる』と言って空想上のものにしてしまえば忘れないわけだ」

「な、なるほど」


 神眼トゥルースの眼光があやめを捉えて離さない。何も無いはずなのに、あやめが後ずさりをしたくなるほどの圧力だった。

 これが、これが怪人討伐数第10位か。戦闘に向いていない衣装型であっても、その実力はやはり上位勢のものなのだ。


「確かにゆゆしき事態だ。総力挙げて救出する必要があるな。だが、何か隠しているな?」

「……!」

「この神眼トゥルースをくれぐれも見くびってくれるな。魔法を使わずともそれぐらいはわかる」


 目が細まる。2人の緊張感が高まったところで、介入したのは妖精の望遠鏡スコープであった。ただし、その姿は魔法少女でない芽衣には見えなかったが。


『はい、はい、2人とも落ち着いてください。往来ですよ』

「む……」

ホーム、久しぶりですね。まさかあなたが仮想の魔法少女の契約相手とは思いもしませんでしたが』


 ホームの意識が向けられる。彼もまさか望遠鏡スコープがいるとは思っていなかった。妖精界の数少ない知己と、このような場所で邂逅するとは。


望遠鏡スコープ……先輩……』

『大丈夫ですか、ホーム? 私の志は変わっていませんが、あなたはどうでしょう』

『私は由良と契約している。それが答えですよ』

『……それなら良かったです』


 妖精同士で何かを語り合うなど、あやめはほとんど見たことない。だが、これで確かに通じ合えたらしかった。雪景色スノウドロップにとっても同じようで、あやめと似たような表情を浮かべていた。


紫陽花ハイドレンジアさん。私たちはあなたと敵対したいわけではありません。ただ、あなたたちの話に混ぜてほしいだけなのです』

「え、それは……」

『構いません、彼らは味方です。由良の救助のためにも、巻き込んだ方が良いでしょう』


 妖精の主張。話が聞こえず、ついてこれない芽衣。


「一刻を争う事態なんです。神眼トゥルースさん、『総力を挙げて助ける』と言っていましたね」

「ああ、言ったな」

「お願いします。私の友達を……助けてください」


 あやめが絞り出せたのはこの一言だけだったが、神眼トゥルースの返答は芳しいものではなかった。


「すぐには難しい、というのが答えだ。説明のためにもどこか落ち着いた場所で話がしたい」



 柴野江 あやめの自宅に全員が移動してから、少し。

 幸運なことに、彼女の自宅には応接室のようなものがあり、全員はそこでテーブルを囲んでいた。


「それで」


 芽衣は社交的な人物だ。少なくとも、由良よりは。だから友達を何人か自宅に呼んだことはそれなりにあるし、逆に大勢で友達の家に行ったこともある。

 だが、ここまで物々しい雰囲気になったことはなかった。あやめは神眼トゥルースと呼ばれていた人をじっと見つめているし、もう一人も何やら難しい顔をしている。カップに口をつける者はだれ一人としていなかった。


「変身もしてないのに、怪人にさらわれたのですよ。『すぐに助けるのが難しい』とはどういう意味ですか」


 そもそも、自分は明らかに場違いじゃないか。もとよりあやめを探して来ただけなのに、偶然その友達の人と会って。でも、その人が目の前で怪人にさらわれて。それで成り行きでここにいるが、もうあやめちゃんとの再会がどうとか言っている場合ではない。

 芽衣は俯きながらもあやめの方を見やる。大声を上げているわけではないが、これほどまで怒っている彼女は見たことが無い。それだけ、あの人は彼女にとって大事なんだろう。


「言った通りだ」


 対して、この神眼トゥルースと呼ばれている年上の女性もそうだ。日本でトップクラスの魔法少女だ、さすがに芽衣も耳にしたことぐらいはある。だが、こうして間近で見るのは初めてであったし、あやめに詰められても一切動じずに返すその姿には少し恐怖を感じた。


「様々な問題点がある。まず第一に、場所がわからないこと。第二に、怪人による抵抗が予想されること。最後に、魔法少女の協力を得る必要があること」

『つまりですよ、あやめさん……』

「私が説明する。ここには魔法少女でない者もいるようだしな。ついでに、妖精たちは席を外せ」


 望遠鏡スコープが説明しようとしたところを、神眼トゥルースが遮った。芽衣にとってはありがたさよりも、明確に自分をまきこんでいることの方が恐ろしかった。妖精を退けようとしているのも気味が悪い。

 しかし、神眼トゥルースはそのような事情を知ってか知らずか、さほど気にした様子も見せなかった。妖精──ホームは動けないため雪景色スノウドロップの妖精、待雪草ガランサスに引きずられて──が別室に移動した後、彼女は続けた。


「最初の場所だが、そのままだな。どこにさらわれたかわからない以上、まず場所の特定から始める必要がある」

「……神眼トゥルースさんの魔法では、ダメなんですか」

「ダメだ。私の魔法は特定の場所には関与できない。仮想の魔法少女がさらわれたのはそこである可能性が高い」


 神眼トゥルースは、その高い情報収集能力を買われている。先ほど見せたプレッシャーから恐らく戦闘能力も高いことはわかったが、しかしメインは前者のはずだ。その彼女が調べられない場所とは。

 あやめも同じことを気になったらしい。


「それは、どこなんですか」

「妖精界」

「……へ?」

「読んで字のごとく、妖精の住む世界だ。そしてそこは……怪人の本拠地でもある。世界と呼ぶにふさわしい広さで、あてずっぽうで突撃しても救出はできんな」


 彼女は何を言っているのか。あやめも、芽衣も、そして雪景色スノウドロップにもわからなかった。しかし、神眼トゥルースは容赦なく続ける。


「これは全ての妖精に言えることだが……妖精界への致命的な反逆行動には制限ロックがかかっていてな。妖精の許可が必要な魔法もまた然り、だ。この地球で起こることを調べるぐらいならいいのだが、妖精界を調べることはできん」

「待ってください。それは」

「怪人がわざわざ魔法少女をさらう目的など、本拠地に連れ帰るぐらいしか思いつかない。だから難しいといったのだ」


 ここまで一気に説明すると、神眼トゥルースは一息ついた。重い空気が場を支配する。

 妖精界が怪人の本拠地でもあるとはどういうことか。行動の制限ロックとは。そもそも、妖精と怪人はどういう関係なのか。様々な疑問が浮上する。


 だが、この中でもあやめは冷静だった。由良を助けたいという強い目的意識が、逆に彼女の心を落ち着かせたらしい。睨みつけながらも、一つ一つ確実に言葉を紡ぐ。


「……二番目と三番目については?」

「二番目は単純に……怪人の本拠地に殴りこむのだから、怪人が多く待ち受けているべきと考えた方がよいからだ。本気になった怪人は手強いだろうな」


 どこか含みのある言い方だった。だがそれが何かは、芽衣にはわからなかった。


「三番目だが。場所が仮に分かったとして、そこに行けなければ意味がない。そのために移動用魔法を扱う魔法少女の協力が必要なんだが、妖精の説得をする必要がある」

「そもそも怪人の出没とは関係ない上、行動の制限ロックにも関わるかもしれないと」

「その通りだ」


 本当に全てを説明しきったのか、神眼トゥルースは座り直してカップに口を付けた。確かにこれほどまでの困難があるとするならば、落ち着いた対処が必要なのだろう。あやめにも、今すぐに由良を助ける方策は思い浮かばなかった。

 しばらくは自発的には口を開かないつもりだったのだろうが、さっきまで黙っていた雪景色スノウドロップが質問した。


「……神眼トゥルース様、私も初耳でしたが」

「それは申し訳なく思っている。だが、リスクも考えてギリギリまで先延ばしにせざるを得なかったのだ」

「それは、どういう」

「私たち魔法少女は妖精……正確には、妖精を通して妖精界から監視されている。常にというわけではないが、こういう話は『なるべく妖精のいない場所で』『最小限に』行うべきだ」

「情報が……多いです……!」


 あやめは頭を抱えたが、芽衣にいたってはほとんど宇宙だった。


「そこに、『仮想の魔法少女』が現れたのだ」


 「仮想の魔法少女」は、さっきから望遠鏡スコープ神眼トゥルースが使い始めた語だ。どうやら、「仮にこういう魔法少女がいるとして~」という前置きを凝縮した表現のようであった。


「『仮想の魔法少女』ならば、自身に関わる情報を消すことができる。関わったものはみな忘れてしまう。これをうまく使えば妖精界の監視も、行動の制限ロックも何とかできると思ったんだが……まさか、誘拐されているとは」

「じゃあ、あなたたちがあやめわたしたちに接触してきたのって……」

「あの」


 声を上げたのは芽衣だった。


「私、忘れてませんけど」


 一斉に、一同の視線が集まる。最初に話し出したのは神眼トゥルースだ。


「君を巻き込んだのはそれを聞きたかったためだ。いったいなぜ、仮想の魔法少女を覚えている?」

「いや、芽衣はまだ会って間もないから……私もすぐに忘れたわけじゃないし」

「数日前から知っていました。あやめちゃんが配信してたのを見てたから、友達だってわかってたわけだし」


 証拠を出そうと、芽衣は自身のスマホを取り出し動画アプリから配信アーカイブを再生する。


「ほら、映ってるじゃないですか」

「いや、それはそうだけど……ほんとに数日前から見てたなら、忘れてないのはおかしいね」

「……すまん、私には映っているようには見えない」

「私もです」


 同じ映像を見ているはずだ。それなのに、三者三様の反応だった。宇加部 由良……「仮想の魔法少女」の力が明らかに関わっているが、誰もその現象について説明できなかった。

 そのとき。


 ぴん、ぽーん。


「……え?」


 不意に呼び鈴の音が、鳴り響いた。


「……宅配、かな。お母さんが頼んだのかも」


 あやめはそう言うも、それを心の底から信じ込めたわけではなかった。うまく説明できないが、何か途轍もなく嫌な予感がした。

 そしてそれは、的中する。


『宇加部と申します。あやめちゃんはいらっしゃいますか?』


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