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第31話 「いない」魔法少女の追跡

 話は、研修直後──神眼トゥルース雪景色スノウドロップ名探偵ディテクティブの3人が会議室に集まっている時点にまでさかのぼる。


「では早速、このメモを解読しまショウ。『仮に、私達の探す魔法少女が存在する』と仮定シテネ」

「メモ……研修中、神眼トゥルース様がとっていたものですか」

「そうだ」


 3人は机いっぱいに広げられた用紙をまじまじと見つめる。研修に参加していた魔法少女のプロフィールなどが書かれているのだろう、そう雪景色スノウドロップは予想したのだが、実態は奇妙なものであった。


「なんですか、これ。……暗号?」


 各用紙の文章はいくつかのブロックに分かれていた。一番上は普通のプロフィールのようなものや、神眼トゥルースが感じたであろう印象などが書かれている。が、それ以外は意味不明なひらがなやカタカナの羅列だったり、点字だったり、はたまた関係なさそうな詩のようなものだったりした。


「そうだ。一番上は普通の文章だが、その下はを一文字ずつずらしたものになっている。小字や記号を除いてな」

「ええと、『ストーンカッター』に対応してるのが『セナーアキッチー』だから……確かにずれてますね」


 つまるところ、一番上のブロックを様々な形で暗号化したものを下のブロックに書き写しているシステムであるらしかった。


「点字はわかりますが、その下の2つは?」

「下から2番目は私たちが決めたオリジナルの暗号だ。そして1番下は、書いたときに私がなんとなくで変換したものだ」

「なん……え?」


 聞き取れてはいたが、しかし予想だにしない言葉であったため雪景色スノウドロップはつい聞き返してしまう。神眼トゥルースはそれをいったん無視しつつも1枚の用紙を取り出した。


「見たまえ。こいつが……私達の探している魔法少女だ」


 彼女が雪景色スノウドロップ名探偵ディテクティブに向けて見せたそれには、何も書かれていなかった。一番下、詩のブロックを除いての話だが。

 研修に参加した魔法少女14人のうちの、最後の1人。それについての情報が書かれていたはずなのに、ほとんどが抜け落ちてしまっている。


「そのまま書くのはダメ、暗号化した文も消えてしまうようデスネ。唯一残っているのは『なんとなく』で変換したもののみ、ト」

「明瞭な規則に従って変換した文は無条件で消されるようだな。つまり、0と1のみで管理される電子データも消えていると見ていいだろう」

「え、えと、その、つまり……」


 神眼トゥルース名探偵ディテクティブはわかっているようだが、そもそもこの魔法少女の話自体が初耳な雪景色スノウドロップにはなかなかついていけたものではない。

 だが、それでもなんとか食いついて状況を整理した。


「つまり神眼トゥルース様が感覚で書いた文を、これから解読しなければならないのですか?」

「そうだ。暗号文も消されるかもしれないと思って用意した、『暗号ですらない文』。私ですら意味を忘れたこの文を再解釈せねばならない」


 それは答え合わせのしようがない作業だ。しかし、答えが確定しているような文は記録に残らず消え失せるときた。恐ろしく意地の悪い現象だった。


「まあ、他に情報が無いわけでもない」


 雪景色スノウドロップが怖気づいたことを察したのか、言いながら神眼トゥルースは他の用紙を取り出す。それは、【衣装型フォーム紫陽花ハイドレンジア】のものだった。


「この紫陽花ハイドレンジアの用紙に書かれた文章には、不自然に抜けが多いだろう? つまり、紫陽花ハイドレンジアは目標と深い関係を持っていることがわかる」

「なるほど。他にそういう魔法少女は……いませんね」

「だからまあ、居場所を探るなら彼女の周辺からアプローチするのが効果的だろうな」


 もちろん仮にいるとするならだが、と神眼トゥルースは付け加えた。


「さて、練習のためにもこの文ぐらいは解読できるようになっておきたいところだが……」


 指し示すのは"ほぼ"白紙の一番下、詩の欄だ。月をテーマにしているように見えるが、これを解読できればその魔法少女についての一定の情報が得られるという。


「他の例からしておおまかな容姿や性格を描写しているはずだ。月ということは静かな子か……?」

「月は太陽の光を反射しているだけですから、引っ込み思案な性格とも考えられマスネ。もしくは、主役となる太陽のような子がいるのカモ」


 議論しながらも、無理があると2人は感じていた。答えの決まらない連想ゲームに、答えを見出すかのごとき所業なのだ。調査用紙に詩の欄を入れたのは最終手段の意味合いが強く、本来は暗号や点字文が残ってくれることを期待していたのだ。なのに結果は無情で、残ったのはあまりにも頼りない非暗号文。こんなの、本当に読み解けるのか。


名探偵ディテクティブ。本当にこれが最善手なら、なかなか厳しいぞ」

「【名推理】は手段を提示するだけですカラネ。その手段を達成できないことには、無駄に終わってしまいマス」


 しかし、雪景色スノウドロップは違った。


神眼トゥルース様が公式に残された文で『月』を使っているのは……2008年花祭、新鳥戸中学入学式、第56回魔法推進賞授賞式典の4回です。その4回とも、『月』を『普段目立たないが、確かな意志を持つ人』の比喩として使っています」

「……そうなんデスカ?」


 確認の意味を込めて名探偵ディテクティブ神眼トゥルースを見やるが、当の彼女は複雑そうな表情をしていた。


「確かにそうだった気はするが……よく覚えているな」

神眼トゥルース様の公式資料はすべて覚えているので」


 神眼トゥルース雪景色スノウドロップをこうやって助手として選んだのにはいくつかの理由がある。まずは、地区上位勢会議に参加できるほどの実力と真面目な態度。次に、その中でも新参者で仮にいなくなっても影響が少ないこと。最後に、それらの条件の中で神眼トゥルースの妖精である望遠鏡スコープが選んだ者であること。特に、二つ目の理由で人物を選定しないといけない点に彼女は悩んでいたが、しかし今度は別の不安が彼女を悩ませていた。

 人選としては雪景色スノウドロップは適切であったかもしれないが……少し、怖い。しかし雪景色スノウドロップは止まらない。


「過去に『雲』は隠し事や不安を表すときによく使われていたので、ここの『叢雲来る』もそのような意味でしょう。後の『沈まぬ太陽』は欺瞞の表現なので、恐らくその人は何らかの嘘をついていると思われます」

「す……すごいデス! 雪景色スノウドロップさんは天才デスネー!」

「これぐらい、神眼トゥルース様を敬愛する身としては当然のことです」


 彼女が次々と詩を解読する様子を眺めながら、神眼トゥルースの心は頼もしさと恐怖でないまぜになっていた。



「おじゃまします!」

「ああ、うむ、あがってくれたまえ」


 そして後日。そんな彼女を自宅に招くのは甚だ不本意であった。が、彼女は神眼トゥルース以上に神眼トゥルースのことを理解しており、これほど頼りになる存在が他にいないことも確かであった。ちなみに、名探偵ディテクティブはもういない。「できることはやったので、故郷アメリカに帰りマース」とだけ言って去ってしまっていたが、それが彼女の気まぐれなのか【名推理】による行動の変更なのかは教えてくれなかった。

 雪景色スノウドロップが目的を確認する。


「ここでは、隠されたはずの過去のメモを探す……そういうことでしたね」

「ああ」


 神眼トゥルースは、過去にも「いない」魔法少女について確かに詮索したはずだ。なぜなら奇妙な事件が起こっているのにもかかわらず、それについての記憶が消えているから。だが過去の神眼トゥルースが、全く対策をしていないとは思えない。


「私なら、他の魔法少女が下手に記録を見て記憶を消されることは避けるはずだ。リスクが管理できないからな。しかし家なら読むのは無関係な家族だけだ。誰かに見つかって記憶が消されても、もとよりそう関係ない魔法少女のことだから被害は最小限で済む。それに、もし家族がそうなれば発覚しやすいしな」

「なるほど」

「だから、残すならここしかない」

「あ~いらっしゃい雪景色スノウドロップさん! 話は聞いてますよ、うちの娘に協力をなさってくれるだとか……」


 靴を脱ぎ、玄関に上がりながら説明をすると、神眼トゥルースの母が出迎えてくれた。普段は威厳のある様を魔法少女に対して通している神眼トゥルースだけにそれは少し気恥ずかしいものであったが、止める前に雪景色スノウドロップがずずいと母の前に進みこんだ。


「お義母かあさま! 雪景色スノウドロップと申します。この度は……」


 彼女が母を呼ぶ時、なんか明らかにおかしいニュアンスが含まれているような気がしたが神眼トゥルースは気合で無視した。


「……して、よろしければ神眼トゥルース様の卒業文集や読書感想文などが残っていれば見せていただきたく……」

「もちろん良いですよ~! さ、ほら上がってくださいな」


 無視していたら、思ってもない方向に話が進んでいた。


「ど、どうしてそんな話になるんだ!」

「すみません、神眼トゥルース様。調査に当たって公式の文書は全ておさらいしたのですが、完璧とはいいがたく」


 要するに、神眼トゥルースが詩を残していた時のために解読用の資料を増やしておきたいということだった。

 それはわかる。それはわかるが……神眼トゥルースは高校生。魔法少女であることを除けば、多感な年頃の普通の女の子だ。自分の書いた私的な文章を他人に読まれるのは、人前で変身することよりも恥ずかしいことだった。


「ぐ、ぐうぅ~~……。なるべく、早く済ませるぞ」

「ええ、もちろんです!」


 神眼トゥルースは大義を優先できる魔法少女だった。が、その代償もまた大きいものだった。


 して、その選択は正解だった。


「まさか、7冊も見つかるとはな……今まで見つけられなかった自分が恨めしい」

「記憶が無ければこんなところにあるとは思いませんからね」


 メモの冊子はあの手この手で隠されていた。過去の神眼トゥルースも様々な記録手段を模索していたのか、ところどころ消えている。残っているのは詩のようになっている部分や、「仮にいるとするなら」とわざとらしくつけられた文だけだ。全てのページが埋まっているわけではなかったし文として残されている部分も少なかったが、そのどれもが貴重な情報源だ。ある程度は神眼トゥルースも協力できたが、しかし捜索と解読を主導しているのは雪景色スノウドロップだった。


「私だけでは絶対にたどり着けなかっただろう。……本当に、ありがとう」

「当然のことをしたまでです」


 雪景色スノウドロップはそう言いながらも、凄まじいスピードで解読作業を進めている。自分が読んでもうっすらとしか内容を把握できない曖昧な詩を、なぜこうまで読み進められるのか。

 神眼トゥルースは解読結果の方を確認する。「いない」魔法少女についての個人情報や性質の推測が、「仮にいるとするなら」という前置きの下で展開されている。


「もしこのような魔法少女がいるとするなら……だが、自身に関する情報を消す。例外もあるようだがその条件は不明。そして関わった怪人の大半が消えている……」

「……そんな衣装型、考えられるんでしょうか」

「わからない。わからない、が」


 神眼トゥルースは考える。怪人が消えたのではなくただ忘れられたのであれば、「不審な被害」という形でどこかに必ず現れるはずだ。それを過去の自分含めて発見できてないのならば、そうでない可能性が高い。そして、その怪人が消える条件は、恐らく「いない」魔法少女の衣装型と大きく関係があるはずだ。


望遠鏡スコープ、どうだ? 『怪人が消えた』とは、どういう意味だと思うか?」

『私達とは明らかに異なる魔法。もしかしたらですが……我々の悲願の、最後の1ピースになるかもしれません』

「決まりだな。まず、紫陽花ハイドレンジアに会う。そこから接触する方法を探るぞ」


 そうして、彼女らは邂逅する。紫陽花ハイドレンジアに。そして……情報災害インフォハザードに。

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