目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第29話 魔法少女・拷問ショー その2

 魔法少女・拷問ショー。そう題された舞台において、なぜか鐘の怪人は消えて。

 そこには、あやめちゃんのみが立っていた。


「どうして、ここに」

「催眠はよ~く効いてるね、由良ちゃん?」

「……?」


 何を言われているか、わからない。あやめちゃんが何かを言ったのはわかるが、それを理解できずに言葉はするりと脳から抜けていってしまう。


 心地よい音色が過ぎる。ぐにゃりと私の心が歪んだ気がする。が、その違和感はすぐに消え去った。


「ふふふ。阿呆みたいに口を開けちゃって、とんだ無様だね」

「あ……あ~~?」

「ま、しかたないけど。私の扱う魔法、【魅惑的な鐘音チャーミング・チャイム】を聞いたものは催眠にかかる。私を好きになってしまう」


 まただ。また何を言っているのかわからない。

 いや、それよりも。鐘の怪人が消えた今がチャンスだ。あやめちゃんと一緒に逃げなければ。

 あやめちゃんの後ろに浮かぶワームホールへ駆け寄ろうとするも、その腕を掴まれてしまう。


「まだ、ダ~メ♡」


 こんなに彼女の瞳は艶めかしかっただろうか。柔らかそうな頬が、うなじが、無防備に晒されている。彼女の魅惑的な肢体に、興奮している自分がいた。今までは、こんなことなかったのに。

 嗚呼、私が護らなければ。そう思うのに、力が入らない。彼女に触れていると自覚するだけで、心臓がひっきりなしに鳴りしきり、汗が酷くふき出る。


「もう骨抜きだね~? 由良ちゃん♡」

「うん。そうだね?」

「あの愚兄の契約者がこんなにみじめになっちゃって……ああいけない、私情は挟まないようにしないと」


 骨抜きといえば、そうなのだろう。もう彼女の一挙一動に目が離せない。ずっと腕を掴まれたままでいたい。帰りたくない。

 なのに、あやめちゃんは私から目を離してしまう。


「このように! 現在情報災害インフォハザードは私に虜になっております! 彼女の眼には私が友人の魔法少女のように映っていることでしょう!」


 どうして。私をずっと見て。私から目を離さないで。


「この状態の人間はどのような命令でも従ってしまいます! 誰かリクエストはございますでしょうか!」

「ねぇ、ねぇあやめちゃん!」

「ちょっと待っててね~」


 ずい、と手のひらで額を押し退けられてしまう。構われている。それだけのことで頭が幸せで満たされてしまう。もっと、もっとやってほしい。


「はい、はい……なるほど! それでは早速やってみましょう! ……ね、由良ちゃん。?」

「わかった」


 あやめちゃんの言うことは絶対だ。迷うことなく自分の首に手をかけ、徐々に力をかける。

 始めは首のみが苦しかったのが、全身に広がっていく。


「いい子、いい子」

「か……ふ……」


 心臓の鼓動が早くなり、手足にだるさと痺れが出るが我慢する。だって、あやめちゃんが見てくれるから。彼女のためなら、私はいくらでも自分を痛めつけられるし苦しめられる。

 視界が狭まっていき、意識は遠のいていく。それでも力はかけ続ける。ああ、あやめちゃんに見られながら死ねるなんて。私はとても幸せ──


「はい、やめ♡」


 ──手を離す。肺が酸素を求め横隔膜が動き出す。新鮮な酸素が全身に供給され、少しずつ痺れが収まっていく。足に力が入らず、思わず座り込んでしまう。


「はひゅっ、はー……はー……」

「これでわかったでしょう? 彼女は本当にどんな命令でも従ってしまうのです」


 頭にもやがかかったようで、うまくものを考えられない。あまりにも長く首を絞め過ぎていたのかもしれない。

 息を整えている間も、視界はあやめちゃんを捉えて離れない。


「じゃあ、そろそろ拷問に入ろっか」

「拷問……」


 私の目を見て、口を開く。そういえば拷問であったか。それにしても、彼女の命令を聞けばいいだけなのだろう。それの何が拷問なのだろうか?


「拷問とは、肉体的なものに限らない。精神的に痛めつけ、辱めるものも拷問に含まれる。聞いてもわからないだろうけども、由良ちゃんのこ~んな姿をみんな楽しんで見てるんだよ」


 あやめちゃんの笑顔が理解を鈍化させる。そうか。何を言ってるかわからないが、しかしあやめちゃんが笑っているならどうでもいい。


「ねえ」


 座り込む私に、肩でもたれかかってくる。波がかった髪が私の頬を撫でる。


「アナタたち魔法少女には感謝しているの。妖精界のみんなは、か弱い魔法少女が怪人を倒すのが大好き。地球を生贄にして、あんなクソ手加減した怪人ショーをするだけで大勢が観てくれる。知ってる? 怪人は出撃中でさえ聞いている"スナマ・ルクチャンネル"。妖精界で視聴率100%のメディアに、もうそろそろで手が届きそうなの」


 彼女の指が私の顎に触れ、思わず固まってしまう。人に撫でられるのが、いいようにされてしまうのが、こんなに気持ち良いなんて。


「──でもなんか、あなたの周りでだけ怪人が消えてるよね?」


 時間が止まる。悪いことをしていないはずなのに、何かを責められているような気持ちがある。嫌だ。あやめちゃんにだけは嫌われたくない一心で、弁明を連ねようとする。


「それ、それは、違くて」

「何が違うの? 知ってるよ、情報災害インフォハザードには忘却効果があるってこと。それで隠してたんだよね」


 あれほどまでに魅力的だった瞳が、漆黒の感情をたたえて私を貫く。

 違う。そんな効果は無い。無いはずだ。無いはずなのに、どうしてか否定できない。否定の言葉が出てこない。


「おかしいよねえ、怪人は死なないはずなのに。どうしてイモリも、爪切りも、トイレットペーパーも帰ってこないんだろうね」

「う……」


 怪人が帰ってこないのは私が消したからだ。ホームを読ませれば消せて、いつもそれをやってきていた。それは人間にとって喜ばしいことのはずなのに。

 どうして彼女の声がこんなにも低いんだろう。私の手を握る力が強いんだろう。


「【記憶呼び覚ます鐘】がなかったら私も忘れたままだっただろうけど。最近、ようやく思い出せてきたの。今思えば無駄なことしたなあ。八島区にたくさん怪人を投入しちゃったもの」


 あやめちゃんは急に手を突き放し、立ち上がって大仰に歩いて語り始める。


「それで興味を持って調べたら、なんとあの"落ちこぼれ"の契約者だと! 魔力操作もろくにできない"落ちこぼれ"がとうとう私たちを裏切って勝手に契約するだなんて、こんな滑稽なことがありましょうか!」


 やはり、ホームが"落ちこぼれ"なのか。そもそも妖精が魔法を使うところなど、蝸牛シェルがあやめちゃんと一緒に放った【アジサイビーム】しか見たことがない。妖精に魔力操作ができなくともいい気がするが、しかし怪人にとってはそうではないらしい。

 ……あれ。なんでここにはあやめちゃんしかいないのに、「怪人」というワードが出てきたのだろうか。


「【魅惑的な鐘音チャーミング・チャイム】」

「あっ……」


 再び心地よい鐘の音が響き渡る。怪人などいない。いるわけない。ここにはあやめちゃんしか、いない。

 座り込んだまま、今度はさらにバランスが崩れて倒れこむ。


「うぐ」

「うーん……人間の座り心地ってあんまりよくないね」


 そこに、あやめちゃんが腰かけるので息が漏れる。逆光で影になった瞳が私を見下ろしている。


「さて、どうやったらそんなあなたを辱めることができるか。私は考えました!」


 笑っている。笑っているのに、生きた心地がしなかった。


「あなたの前世について。女の子の皮を被っているその男について……教えて?」

「私の……前世?」

「そう」


 前世。私がこの世界に生を受ける前の、人生。ホーム以外に明かしたことのないそれを、あやめちゃんが暴こうとしていた。


「あの"落ちこぼれ"の契約者がどんな人か調べるのは当然だよね? あなたはと~~ってもうまく女の子に化けているようだけど、実際は男だということが分かった。性転換の手術など、したこともないはずなのにね」

「それは、どういう」

「歩き方」


 彼女は冷たく告げる。私はこんなにも彼女のことが好きなのに、しかし彼女は私に向ける感情など無いかのように。


「人間の男と女では骨盤の形が違う。そのために、歩き方も微妙に異なるの。あなたの歩き方は『本当は男だったのに、女の歩き方に矯正された』風で、わずかに男の面影がある」

「歩き方だけで……」

「他にもあるよー。喋り方、食べ方。座り方、寝方に……脳波。その全てに微妙な男性性がある」


 彼女は根拠を羅列するたびに、メトロノームのように指を振る。まるで、私をあざとくからかっているかのように笑うが、目は無感情のままであった。


「そして極めつけは、魔法。大変だったよ、なにせ怪人には魔力は感知できないから。だから私は、死んだ怪人そのものを追跡調査したの」


 あやめちゃんがどうしてそんなことをできるのかはわからないが、しかし彼女はやったのだという。ならば、必ずそうなのだろう。


「怪人は死んだわけでも、消えたわけでもなかった。ただ、どこでもない場所。世界の狭間に飛ばされただけ」


「そしてその座標とあなたの住む地球世界を結んだその延長線上に、もう一つの異界があることがわかったの。地球世界によく似た、平行世界パラレルワールドとでも呼ぶべき場所」


 私の話なのだろうか。私について話されているはずで、彼女の言うことに覚えなんか無いはずなのに。

 何かに、私は納得していた。


「あなたたち魔法少女は魔法を理屈づけて使うからね。怪人を消したのは『あの異界に向けて敵を飛ばす魔法』と考えれば……2つは繋がる」


 すなわち。地球によく似た異界こそが情報災害インフォハザードの故郷であり、私はそこから転生してきた人間だと。

 彼女は、そう言った。


「どうしてほんの少しだけ男っぽいのか? どうして異界を観測できない人間が、異界を用いた魔法を使えるのか? ほら、そう考えればしっくりくるじゃない?」

「……恣意的、すぎる」


 あやめちゃんの話を聞いて、はっきりと絞り出せたのはそれだけであった。


「少し振る舞いが男っぽいだけの女性などいくらでもいるでしょ」

「……そうかもね?」

「それに、異界も同じだよ。別にその異界が選ばれたのは、単なる偶然かもしれないでしょ。そもそも、その2つを結び付けるのがおかしいの」

「うんうん。そうだねぇ」


 私の精一杯の反駁は、意に反して力なく現出した。彼女のことを考えることで脳が圧迫されていて、うまく考えることができない。

 そして彼女はそんな私に、容赦なく言い放った。


「だから、これからあなたに聞くんだよ。由良ちゃん、前世について教えて?」

「わ……私は……」

「【魅惑的な鐘音チャーミング・チャイム】」

「う、ぐ」


 美しすぎる音色が脳を支配する。あやめちゃんが、好き。好きでたまらない。

 でも、これだけは。


「言ったら、楽になるよ~? 私の前で、気持ちよくなっちゃおうよ♡」

「いや……だ……」

「なかなか強情だねえ。うーん」


 言いたい。言いたくない。言いたい。言いたくない。言いたい。言いたくない。

 2つの相反する感情が、私の心をぐちゃぐちゃに切り刻む。


「しょうがない。どうせ帰さないし、後遺症残ってもいいでしょ」

「待っ──」

「【暴虐的な福音ルイナス・ゴスペル】」


 口を開いた瞬間、愛としか呼べないものが私を圧倒した。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?