魔法少女・拷問ショー。そう題された舞台において、なぜか鐘の怪人は消えて。
そこには、あやめちゃんのみが立っていた。
「どうして、ここに」
「催眠はよ~く効いてるね、由良ちゃん?」
「……?」
何を言われているか、わからない。あやめちゃんが何かを言ったのはわかるが、それを理解できずに言葉はするりと脳から抜けていってしまう。
心地よい音色が過ぎる。ぐにゃりと私の心が歪んだ気がする。が、その違和感はすぐに消え去った。
「ふふふ。阿呆みたいに口を開けちゃって、とんだ無様だね」
「あ……あ~~?」
「ま、しかたないけど。私の扱う魔法、【
まただ。また何を言っているのかわからない。
いや、それよりも。鐘の怪人が消えた今がチャンスだ。あやめちゃんと一緒に逃げなければ。
あやめちゃんの後ろに浮かぶワームホールへ駆け寄ろうとするも、その腕を掴まれてしまう。
「まだ、ダ~メ♡」
こんなに彼女の瞳は艶めかしかっただろうか。柔らかそうな頬が、うなじが、無防備に晒されている。彼女の魅惑的な肢体に、興奮している自分がいた。今までは、こんなことなかったのに。
嗚呼、私が護らなければ。そう思うのに、力が入らない。彼女に触れていると自覚するだけで、心臓がひっきりなしに鳴りしきり、汗が酷くふき出る。
「もう骨抜きだね~? 由良ちゃん♡」
「うん。そうだね?」
「あの愚兄の契約者がこんなにみじめになっちゃって……ああいけない、私情は挟まないようにしないと」
骨抜きといえば、そうなのだろう。もう彼女の一挙一動に目が離せない。ずっと腕を掴まれたままでいたい。帰りたくない。
なのに、あやめちゃんは私から目を離してしまう。
「このように! 現在
どうして。私をずっと見て。私から目を離さないで。
「この状態の人間はどのような命令でも従ってしまいます! 誰かリクエストはございますでしょうか!」
「ねぇ、ねぇあやめちゃん!」
「ちょっと待っててね~」
ずい、と手のひらで額を押し退けられてしまう。構われている。それだけのことで頭が幸せで満たされてしまう。もっと、もっとやってほしい。
「はい、はい……なるほど! それでは早速やってみましょう! ……ね、由良ちゃん。
「わかった」
あやめちゃんの言うことは絶対だ。迷うことなく自分の首に手をかけ、徐々に力をかける。
始めは首のみが苦しかったのが、全身に広がっていく。
「いい子、いい子」
「か……ふ……」
心臓の鼓動が早くなり、手足にだるさと痺れが出るが我慢する。だって、あやめちゃんが見てくれるから。彼女のためなら、私はいくらでも自分を痛めつけられるし苦しめられる。
視界が狭まっていき、意識は遠のいていく。それでも力はかけ続ける。ああ、あやめちゃんに見られながら死ねるなんて。私はとても幸せ──
「はい、やめ♡」
──手を離す。肺が酸素を求め横隔膜が動き出す。新鮮な酸素が全身に供給され、少しずつ痺れが収まっていく。足に力が入らず、思わず座り込んでしまう。
「はひゅっ、はー……はー……」
「これでわかったでしょう? 彼女は本当にどんな命令でも従ってしまうのです」
頭にもやがかかったようで、うまくものを考えられない。あまりにも長く首を絞め過ぎていたのかもしれない。
息を整えている間も、視界はあやめちゃんを捉えて離れない。
「じゃあ、そろそろ拷問に入ろっか」
「拷問……」
私の目を見て、口を開く。そういえば拷問であったか。それにしても、彼女の命令を聞けばいいだけなのだろう。それの何が拷問なのだろうか?
「拷問とは、肉体的なものに限らない。精神的に痛めつけ、辱めるものも拷問に含まれる。聞いてもわからないだろうけども、由良ちゃんのこ~んな姿をみんな楽しんで見てるんだよ」
あやめちゃんの笑顔が理解を鈍化させる。そうか。何を言ってるかわからないが、しかしあやめちゃんが笑っているならどうでもいい。
「ねえ」
座り込む私に、肩でもたれかかってくる。波がかった髪が私の頬を撫でる。
「アナタたち魔法少女には感謝しているの。妖精界のみんなは、か弱い魔法少女が怪人を倒すのが大好き。地球を生贄にして、あんなクソ手加減した怪人ショーをするだけで大勢が観てくれる。知ってる? 怪人は出撃中でさえ聞いている"スナマ・ルクチャンネル"。妖精界で視聴率100%のメディアに、もうそろそろで手が届きそうなの」
彼女の指が私の顎に触れ、思わず固まってしまう。人に撫でられるのが、いいようにされてしまうのが、こんなに気持ち良いなんて。
「──でもなんか、あなたの周りでだけ怪人が消えてるよね?」
時間が止まる。悪いことをしていないはずなのに、何かを責められているような気持ちがある。嫌だ。あやめちゃんにだけは嫌われたくない一心で、弁明を連ねようとする。
「それ、それは、違くて」
「何が違うの? 知ってるよ、
あれほどまでに魅力的だった瞳が、漆黒の感情をたたえて私を貫く。
違う。そんな効果は無い。無いはずだ。無いはずなのに、どうしてか否定できない。否定の言葉が出てこない。
「おかしいよねえ、怪人は死なないはずなのに。どうしてイモリも、爪切りも、トイレットペーパーも帰ってこないんだろうね」
「う……」
怪人が帰ってこないのは私が消したからだ。
どうして彼女の声がこんなにも低いんだろう。私の手を握る力が強いんだろう。
「【記憶呼び覚ます鐘】がなかったら私も忘れたままだっただろうけど。最近、ようやく思い出せてきたの。今思えば無駄なことしたなあ。八島区にたくさん怪人を投入しちゃったもの」
あやめちゃんは急に手を突き放し、立ち上がって大仰に歩いて語り始める。
「それで興味を持って調べたら、なんとあの"落ちこぼれ"の契約者だと! 魔力操作もろくにできない"落ちこぼれ"がとうとう私たちを裏切って勝手に契約するだなんて、こんな滑稽なことがありましょうか!」
やはり、
……あれ。なんでここにはあやめちゃんしかいないのに、「怪人」というワードが出てきたのだろうか。
「【
「あっ……」
再び心地よい鐘の音が響き渡る。怪人などいない。いるわけない。ここにはあやめちゃんしか、いない。
座り込んだまま、今度はさらにバランスが崩れて倒れこむ。
「うぐ」
「うーん……人間の座り心地ってあんまりよくないね」
そこに、あやめちゃんが腰かけるので息が漏れる。逆光で影になった瞳が私を見下ろしている。
「さて、どうやったらそんなあなたを辱めることができるか。私は考えました!」
笑っている。笑っているのに、生きた心地がしなかった。
「あなたの前世について。女の子の皮を被っているその男について……教えて?」
「私の……前世?」
「そう」
前世。私がこの世界に生を受ける前の、人生。
「あの"落ちこぼれ"の契約者がどんな人か調べるのは当然だよね? あなたはと~~ってもうまく女の子に化けているようだけど、実際は男だということが分かった。性転換の手術など、したこともないはずなのにね」
「それは、どういう」
「歩き方」
彼女は冷たく告げる。私はこんなにも彼女のことが好きなのに、しかし彼女は私に向ける感情など無いかのように。
「人間の男と女では骨盤の形が違う。そのために、歩き方も微妙に異なるの。あなたの歩き方は『本当は男だったのに、女の歩き方に矯正された』風で、わずかに男の面影がある」
「歩き方だけで……」
「他にもあるよー。喋り方、食べ方。座り方、寝方に……脳波。その全てに微妙な男性性がある」
彼女は根拠を羅列するたびに、メトロノームのように指を振る。まるで、私をあざとくからかっているかのように笑うが、目は無感情のままであった。
「そして極めつけは、魔法。大変だったよ、なにせ怪人には魔力は感知できないから。だから私は、死んだ怪人そのものを追跡調査したの」
あやめちゃんがどうしてそんなことをできるのかはわからないが、しかし彼女はやったのだという。ならば、必ずそうなのだろう。
「怪人は死んだわけでも、消えたわけでもなかった。ただ、どこでもない場所。世界の狭間に飛ばされただけ」
「そしてその座標とあなたの住む地球世界を結んだその延長線上に、もう一つの異界があることがわかったの。地球世界によく似た、
私の話なのだろうか。私について話されているはずで、彼女の言うことに覚えなんか無いはずなのに。
何かに、私は納得していた。
「あなたたち魔法少女は魔法を理屈づけて使うからね。怪人を消したのは『あの異界に向けて敵を飛ばす魔法』と考えれば……2つは繋がる」
すなわち。地球によく似た異界こそが
彼女は、そう言った。
「どうしてほんの少しだけ男っぽいのか? どうして異界を観測できない人間が、異界を用いた魔法を使えるのか? ほら、そう考えればしっくりくるじゃない?」
「……恣意的、すぎる」
あやめちゃんの話を聞いて、はっきりと絞り出せたのはそれだけであった。
「少し振る舞いが男っぽいだけの女性などいくらでもいるでしょ」
「……そうかもね?」
「それに、異界も同じだよ。別にその異界が選ばれたのは、単なる偶然かもしれないでしょ。そもそも、その2つを結び付けるのがおかしいの」
「うんうん。そうだねぇ」
私の精一杯の反駁は、意に反して力なく現出した。彼女のことを考えることで脳が圧迫されていて、うまく考えることができない。
そして彼女はそんな私に、容赦なく言い放った。
「だから、これからあなたに聞くんだよ。由良ちゃん、前世について教えて?」
「わ……私は……」
「【
「う、ぐ」
美しすぎる音色が脳を支配する。あやめちゃんが、好き。好きでたまらない。
でも、これだけは。
「言ったら、楽になるよ~? 私の前で、気持ちよくなっちゃおうよ♡」
「いや……だ……」
「なかなか強情だねえ。うーん」
言いたい。言いたくない。言いたい。言いたくない。言いたい。言いたくない。
2つの相反する感情が、私の心をぐちゃぐちゃに切り刻む。
「しょうがない。どうせ帰さないし、後遺症残ってもいいでしょ」
「待っ──」
「【
口を開いた瞬間、愛としか呼べないものが私を圧倒した。