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第28話 魔法少女・拷問ショー その1

 あれは分厚い雲が空を覆い、雨が降りしきる日だったか。

 当時の私は、まだ普通の女の子であった。


 学校の授業が終わり、憂鬱な雨に傘をさして帰ろうとしていたときのこと。

 不意に、それは聞こえた。


「はははははぁ! 私はイモリ怪人! この都市をイモリまみれにするのだぁ!」


 ノイズがかかったような、複雑に折り重なったような耳障りな声。怪人に遭遇したのは初めてだった。

 イモリの着ぐるみを着込んでいるような、巨大な怪人が暴れまわっているのが遠目に確認できた。人々は我先に離れようと逃げ回っている。

 雨の中だ。幾人かが取り落としたのか、それともあえて投げ捨てたのか傘が転がっており少し危険だ。


 このような状況で、不思議と足は動かなかった。恐怖ではない。

 自らが立っている場所のすぐそばに、怪人と同じくらい奇妙なものがいたから。小さいが恐ろしく歪な、真っ黒いオブジェ。

 怪人はすべて巨大な人型である。つまり、これは怪人ではない。


 人の流れに逆らい、そのオブジェのもとに足を運ぶ。しゃがむと、"それ"がよく見える。どうやら歪な装丁をされた本のように見えた。雨に打たれてい続けながらも、"それ"は何かを待っているように見えた。

 オブジェを傘の中に入れる。明らかに生きているようには見えない何かは、しかしこちらに意識を向けたように感じた。


 ──これはきっと、妖精だ。私の知っているそれよりも、少々おどろおどろしいが。


 少しの驚き。妖精が見える条件は主に2つ。契約している魔法少女が変身中であるか、それとも自分に魔法少女の適性があるか。なのに、周りにあの怪人と戦っている魔法少女は見当たらない。


 だから、私はこう尋ねるのだ。


「私と、契約してくれないか?」

『何……?』


 意外そうに"それ"は言うが、しかし私としては意外そうにしていることこそが意外だった。


「怪人がいるだろう? そして私に適性がある。ならば答えは1つだ」

『あなたは……私と、契約してくれるのですか』

「今ここで、怪人を止められるのは私しかいない」


 私はここで唯一力を持ちうる人間であり、また転生者として他の魔法少女の負担を軽減すべきだという義務感がある。つい語気が強まり、生前の口調が漏れ出てしまう。


「だから、私がやるべきだ」

『本当に私で、いいのですか。放逐された私を……』

「逆に聞くが」


 何やらごちゃごちゃと言っているが、早く契約しないと被害が大きくなる。

 こうしている間にも、イモリの怪人は暴れまわり周囲の道路を破壊している。


「あなたはこの惨状を見て、何も思わないのか?」

『……いえ』

「ならば。今、ここでできることをするだけ。そうだろう?」


 まさか契約に応じようとしない妖精がいるとは私も思わなかったが、説得が実を結んだのか"それ"は自らを開いて白紙のページを見せる。


『指でいいので、あなたの名前を書いてください。それで契約は完了です』


 人差し指が紙に触れる。その悍ましい装丁に反して、中身はいたって普通のノートのようであった。


「私の名前は──」



「ん……ぅ……」


 視界がぼやけている。どうやら長い間目を閉じていたようで、慣れるまでにだいぶ時間がかかりそうだ。

 昔の夢を見ていたような気がする。いや、それよりもだ。確か私は、怪人に殴られて……。


 体の節々が痛い。また、無理な体勢を強いられている。足と手はそれぞれ金属で出来た錠につながれていて、うまく動かすことができない。

 そして目の前には、これまた異様な人型。人間らしいスーツを身に纏っており、ゾンビの怪人と話しているように見受けられる。しかしそこにはあるべき頭が無い。代わりに、大きな鐘が首に嵌まっていた。


 ──"鐘の怪人"。誰もが知っているであろう、始まりの怪人であった。


「"落ちこぼれ"がいない? お前はいったい何をしていたんです?」

「い、いえ。確かに私はあれが変身するところを見ました」

「……下がりなさい」《/font》


 そいつがなんでここにいるのか。視界がクリアになったので見渡してみると、何やら殺風景な部屋のようであった。出入口は見当たらず、ここがどこか類推する材料もない。奇妙なことに、もう1回鐘の怪人の方を見ると確かにいたはずのゾンビ怪人が消え失せていた。出入口もないのに、どこから出入りしたのか。


「それは魔力を封じるシャングネスの鉄石。たとえ妖精がいても、変身はできませんよ」


 いつの間にか鐘の怪人は私の目の前で腰を下ろしていた。変身か。そういえば、ホームがいない。錯乱して魔法少女棟から出ていったとき、鞄ごと置いていってしまっていた。

 ……ならば、なぜゾンビの怪人の前で私は変身できた? 妨害はされたが、衣装は生成されていたはずだ。


 しかし、この怪人は私の疑問の解決を待ってはくれないようであった。怪人は急に立ち上がり、何やら腕を大きく広げる。その頭部は部屋の上部に向けられているようであった。


「さぁ始めましょう! 魔法少女・拷問ショー!」


 びりびりと胸に響くほどの巨大な音声が怪人から発せられる。耳も塞げない私はただうずくまって耐えるしかない。

 それにしてもなんだ、「拷問ショー」? どう考えても嫌な予感しかしない。


「この番組は! 私の愚兄であるあの"落ちこぼれ"とその契約者、魔法少女の秘密に迫ってしまおう! というものです!」


「彼女はいったいいつまで耐えられるのか!? そしてすべてが終わったときどんな表情を見せてくれるのか! ぜひお楽しみください!」


 ショー。番組。……あまりにも急すぎる展開で正直ついていけないが、私がやるべきことはわかった。

 すなわち、交渉だ。

 鐘の怪人はこちらに向かって歩き、目線を合わせるようにして腰を下ろす。その金属質な頭部に感情は見えないが、少なくとも良い待遇は期待できまい。


「では、これより拷問を始めます。あなたに拒否権はありません」

「……私は怪人に拉致され、今こうして拷問の対象として見世物にされている。違うか?」

「正しいですよ。理解が早い人間は好ましい」


 お前に好かれてもな。……といいたいところだが、これからするのは交渉。わざとではないにせよ、好感度を上げておくに越したことはない。


「実は私は存外繊細でね。拷問などされたらすぐに吐き出してしまう自信がある」

「それで?」

「私にもご褒美をくれよ。拷問に耐えきったら、の条件付きでな」


 怪人の動きが止まった気がした。手ごたえを感じる。


「私が吐くまで、ただ絶望するまで拷問を続けて、お偉方は楽しいのか? こういうゲームは多少不公平であれども、お互いのプレイヤーに報酬インセンティブがあってこそゲームとして成り立つんじゃないか?」

「……ほう」

「くれよ、私が拷問に耐えるための報酬を」


 正直、ダメもとの交渉である。言い方から、鐘の怪人より上の身分の者がこのショーを見てるんじゃないかと推察できる。少なくともそういうのが存在はするはずだ。それが人間の富裕層なのか、目上の怪人なのかはわからないが。

 であるならば、鐘の怪人ではなくそいつらの嗜好をちらつかせれば食いついてくれるのではないか、と期待した。"目上の人"がただ単に少女をいじめるのが趣味のクソサド野郎だったり、鐘の怪人が事前に決めた業務を忠実に遂行したいやつだったりしたらこの交渉は即終了する。そういう意味で、恐ろしく勝算のない賭けであった。


「余りにも、安い挑発。愚兄でさえこのようなマヌケはしないでしょう」

「……!」

「ですがいいでしょう。そのチンケな小細工ごと、叩き潰してあげましょう」


 通った……のか?


「えー、ただいま! 件の魔法少女、情報災害インフォハザードからルール改定の申請がございました! わたくし"鐘の怪人"はこれを受け入れ、情報災害インフォハザードの勝利報酬を設定することといたします!」

 立ち上がった鐘の怪人がまたもや響く声でそう宣言する。


「勝利報酬は……」


 怪人が片腕を挙げると、その背後に真っ黒い円が現れた。よく見ると、円の周囲の空間が歪んでいることがわかる。何らかの異常現象には違いないが、これが報酬に関するもののようだ。


「"帰還権"! この妖精界から、彼女の故郷である地球に帰ることができる権利です! 彼女はいつでも、このワームホールに飛び込めば帰ることができます!」


 いろいろ言いたいことはあるが、もしかして交渉しなければ地球に帰ることすらできなかったのか。


「喜んでください、情報災害インフォハザード。先ほど『偽物だと公平でない』との声がありましてね。本物のワームホールですよ」

「それは、ありがたいね」


 軽い調子で言う怪人に対して、私の息は自然と荒くなる。このような超常能力を平然と行使する怪人による拷問とは。私はそれに耐えられるか。

 ここまできて、重要なことに気が付く。永遠に拷問を続けられたら、勝利報酬どころではない。


「おい待て、拷問はいつまで──」

「それではゲームスタート!」


 怪人がそう叫んだ瞬間、私を拘束している器具による不快感が消え去る。まさか拘束具を消してくれるなどとは思わなかったため遅れたが、立ち上がって逃走の準備をする。


「これから拷問を行います。あなたはその間、いつでも逃げていいのです。良心的でしょう?」


 未だにワームホールと思しき黒円は怪人の背後に浮かんでいる。私は怪人をかわしてアレに飛び込めばいいわけだ。

 変身もできない状況で、どれくらいできるかはわからないが。


 一瞬の静寂。されど私にとっては永遠のようにも感じられる。正面突破は無理だ。ある程度かく乱したところで、一気に突っ込むしかない。

 ……ここだ。そう思って斜め方向に飛び出した私に対して、鐘の怪人の対応は至極あっさりとしたものだった。耳を塞ぐ間もなく、その音色は放たれた。


「【魅惑的な鐘音チャーミング・チャイム】」


 ズシリと重くて。でもそれがどこか心地よくて。安心してしまうかのような音が響き渡る。体のすべてが優しい暖かさに包まれて、力が抜けていってしまいそうになる。走ることなど不可能だった。


 いや、こんなことをしている場合じゃない。落ち着け。目的を思い出せ。何とか自分を取り戻し、ワームホールに向かって走りだそうとする。

 走りだそうと、した。


「なんで……ここに」


 そこにはもう鐘の怪人はいなくて。代わりに、いるはずのない人物がいて。


「ようやく会えたね。探したよ、由良ちゃん」


 柴野江 あやめが、部屋の中心に立っていた。

 ワームホールを、背に隠して。

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