投稿したはずの自己紹介動画。そして行ったはずの配信のアーカイブ。そのどちらにも、私だけが映っていなかった。
なんだこれは。どういうことなんだ。
何度見ても、私が映っているはずの場面で私だけがいないようになっている。雑に切り抜かれていたのではなく、いなくなった部分には背景が挿入され不自然でないようになっている。本当に最初からいないようだ。
あまりにも異常だった。こんな異常現象は、怪人か魔法少女によるものでしかありえない。
だからきっと、これは怪人のせいに違いない。
怪人の……。
本当に、そうなのか? 怪人のせいなのか?
「あの、ちょっと由良ちゃん? どうしたの?」
怪人のせいだと思ったが違う事だったということは他になかったか?
ある。あやめちゃんと会った時、ゲーム怪人が忘却の効果を持っていたとは思えない。
ゲーム怪人を倒したあたりであやめちゃんの記憶も戻っていたから、「恐らく怪人のせいだったのだろう」と流していたが、どう考えても不自然だ。ルール型怪人が他に能力を持っているなど、聞いたこともない。
『由良。……由良?』
「仲間思いだ」と称された
あの海坊主のような怪人にそんな能力はなさそうだった。それに、忘れられていたことは倒した後の研修で発覚したことではないか。
そもそも。怪人のせいだというのなら、なぜ怪人の周りではなく
これは怪人ではなく、私の──
考えたくもないのに、頭の中で歯車がカチリカチリと回って止まる。否定したいのに、違う考えを出したいのに、歯車を回したいのに。それは決して動かない。結論は、変わらない。
息が苦しい。画面を見ているはずなのに、それを意味あるものとして認識できない。
私がいない映像を、直視できない。
「し、知らない。こんな編集、してない。私じゃない……私のせいじゃ、ない」
「由良ちゃん!」
「知らない、嫌だ。違う、違うんです! こんなつもりじゃなかった! 私はただ──」
それ以上は言葉にならなかった。頭の中には何もない。体が勝手に動くが、しかしそれは私の希望を如実に反映していた。
もうここにいたくない。逃げたいという願望に沿って、自然と足が動く。
「由良ちゃん! 待って!」
何も聞こえなかった。聞こえないふりをしていた。一番それが簡単であったからだ。何も見ず、何も振り返らず、私は飛び出していた。
▽
気が付けば、私は公園のベンチにいた。走っていたのだろうが、その間の記憶は全くない。本当に無我夢中であったようだ。いつもは持っている鞄も無い。
思い出したように恐ろしいまでの疲労が全身を襲う。全速力だったのかはわからない。が、棟からここまでそこそこあるんだから私の体力ではそりゃきついだろう。横になるほどではないが、立ち上がるほどの元気もない。しばらくここで休むことにしよう。
「……何やってるんだろうな、私」
自分でも驚くぐらい、スムーズに独り言が出た。それくらい疲れているのか。肉体的にも、精神的にも。前世では社会人をやってた私が、中学生相手に取り乱すなんて。なんて酷いありさまだ。
だが実際、これからどうすればいいのだろう。あやめちゃんや
しかし疑問は残る。そういった現象が魔法のせいだというのならば、私は変身していなければならない。変身して魔法を使わなければそういったことにはならない。
だが、変身している間に忘れられたり映像が改ざんされたわけではない。
わからない。考えたくない。「私が悪い」という全ての可能性に目を向けたく、ない。
やらねばならぬとわかっているのに、しかし頭は動かない。
だめだ。疲れ切っているようだ。落ち着いたらまた魔法少女棟に帰って、一度あやめちゃんに謝ろう。随分強引に振り切った気がする。考えるのはそれからでいい。
瞑想といえるほど高尚ではないが、目を瞑って深呼吸する。何度も、何度も。
心は落ち着いていないが、体をそうやってなだめれば心も少しはそれに引っ張られてくれる。1分もやればだいぶ落ち着いてきた。
そろそろいいかもしれない。そう思い目を開けると……目の前に、見知らぬ少女がいた。私と同年代か、少し年下だろうか。
「あの。こんにちは」
「……はじめまして?」
咄嗟にそう答えてしまったが、まずいと思った。忘れてるだけで初対面じゃないかもしれない。
だがそんなことがどうでもよくなるぐらい、彼女の返答は意外なものであった。
「私は伊空 芽衣といいます。……魔法少女の、
「え、は、はい」
「私は、あやめの友達……だったんです。配信のアーカイブを見て、いてもたってもいられなくなって。それで来ちゃったんですけど」
「……まあ、とりあえず座ってください」
芽衣と名乗る女の子は隣に座ると手を胸の前で合わせて、こちらを見る。その目は何かを懇願しているかのように見えた。
「私はもう友達にはなれない。でも会いたくなっちゃって……それで、今あなたを見つけたんです。どうか、私の代わりに彼女の友達になってくれませんか」
「どうして?」
「お母さんが、怪人に殺されたからです」
彼女は悲壮な顔で告げる。
「私のお母さんが怪人に殺されたとき、それと戦っていたのがあやめだったんです。だからずっと、『私がもっと強ければ守れた』って気に病んでるんです」
「それでも、君は友達だと思っていたんだね」
「……はい。あやめは魔法少女になりたてだったし、そもそもお母さんが死んだのは二次災害みたいなもので。あやめのせいだとは思ってません。でも、彼女にとってはそうではないんです」
怪人による死傷者はその能力や行動からは不自然なほど少ない。だが、いないわけではない。この子みたいな境遇の人もたくさんいるはずだ。
もうそれは、伊空 芽衣という人間がどうにかできることではないのだろう。罪悪感が呪いのように蝕み、いつしか友情をも破壊してしまった。
「魔法には多かれ少なかれ魔法少女の気持ちが含まれると聞きます。見ましたよ、彼女の魔法。【アジサイビーム】。怪人以外には効果を及ぼさない、安全な魔法」
「……!」
「私にはわかります。あれはきっと、他者を絶対に傷つけない気持ちの表れなんでしょう。あやめは、それぐらい優しいんです」
伊空 芽衣は続ける。
「きっとあやめのことだから、他では気丈に振る舞っているんでしょう」
「魔法少女でない私は、友達でいることはできなくなってしまったんです。もし怪人の被害にあったら、死んでしまうかもしれないから。だから、友達になれるのはもう同じ魔法少女のあなたしかいないんです。配信でも、あんなに笑顔でしたよね。もうそれは、あなたにしか守れないものなんです。だから、どうか……」
彼女がここまで胸の内を語ったのは初めてなのだろう。私にこう頼むということは、以前のあやめちゃんに友達と呼べる魔法少女はいなかったということなのだから。
だが、まあ、なんというか。
「はあぁ……」
思わず長いため息が漏れた。私が言えたことではないが、あやめちゃんもなかなか拗らせている。
本当にもどかしい。
「それで、わざわざこっちまで来たというのは……中学に上がってから住居が離れたとか?」
「はい。あやめちゃん、お母さんのお墓参りはしてくれるんですけど。絶対に会ってはくれないんです」
「そう」
さすがにこんな惨状を見て何も感じないわけではない。年長者だからというわけではないけども、私がどうにかしてあげるしかないのだろう。彼女の話に付き合ったことで、体力も十分回復したし。
立ち上がり、のびをする。心地よい風が頬をなでる。不安げにこちらを見る芽衣と目が合った。
「ここまで想ってくれる友達がいるなんて、あやめちゃんは幸せ者だね」
「でも、私、もう……」
「もうも何も、あやめちゃんの話を聞かないと何も始まらないよ。それからでも遅くはない」
逃げた手前もう一度会うのは少し気まずいが、そうも言ってられない。まずはこの子とあやめちゃんの仲を復活させるのが先だ。
「会いたいんでしょう? 案内するよ」
「……はい!」
いい返事だ。これなら、きっと彼女らも以前のような友達に戻れるだろうと思った。
「あ、落ちこぼれの魔法少女」
──だが、それを見届けるのは少し先になりそうだ。
空気が変わる。未だに聴き慣れない、ノイズがかった声が耳に障る。
「見つけた、見つけた。連れて帰って、ショーにする」