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第25話 露呈 その2

「えぇと、これで大丈夫だよね……?」

「大丈夫なはず。名前は言わないで、衣装型だけね」

「わかってるって!」


 2人の魔法少女によって、配信開始ボタンが押される。

 そう。私とあやめちゃんの、初配信が始まろうとしていた。


・こんにちはー

・自己紹介動画見たよー

・変身衣装いいね ウェディングドレスっぽいのとミステリアスな感じ


「すごい……もうコメントが来た」

「はーいこんにちはー! 魔法少女の【衣装型フォーム紫陽花ハイドレンジア】でーす!」


 カメラに向かって笑顔で手を振るあやめちゃんをよそに、私は驚いていた。

 同接数……15人!?


 ネームバリューも何もない配信者の初配信だ。いつまでたっても誰も来ないことなぞザラにあるだろう。

 無名のアカウントで告知しただけで、この同接数。これが魔法少女パワーというものなのか。


「ほら、挨拶して!」

「え、えぇと……初めまして。魔法少女の【衣装型フォーム情報災害インフォハザード】です。よろしくお願いしま……す」


・かわいい

・かわいい

・赤くなってる


「ねぇ、ねぇ! かわいいって言われてるよ!」

「ちょ、ちょっとやめて……」


 「顔から火が噴き出そう」とはまさにこのことであった。じゅ、15人に見られてるのかこれを……!

 一方、あやめちゃんはさほど気にせずにハキハキと喋っている。見られている実感が無いのか、それともこれぐらいの人数なら特に緊張しないのか。おそらく、後者だろう。


「じゃあ改めて自己紹介! 私は【衣装型フォーム紫陽花ハイドレンジア】で、攻撃が得意な魔法少女です! よく使う魔法は【アジサイビーム】! 好きなのはアニメと漫画! あと園芸も好きです!」


・ハイドレンジアってアジサイか

・アジサイビームw

・どんな魔法だよ!《/boxbgcolor》

・はのとにで好きなキャラは?


「『はのとに』で好きなのはー……紫水です! 魔法はですね……いい?」

『……花束ブーケだけならな』

「【武具召喚サモンあなたに捧ぐ花束ブーケ】!」


 ひょっこりと妖精の蝸牛シェルが顔を出して許可すると、あやめちゃんは魔法で紫陽花の花束を出現させる。


「こうやって出した花束からビームを出すんです! さすがに実演はできませんが……」

『いいぞ』

「え?」

『【アジサイビーム】は安全仕様。撃っても怪人以外に効果はねえからいくらでも撃て』

「あ、そっか」


・妖精?

・カタツムリか マスコットみたい

・インフォハザードちゃんの妖精はいないの?

・カタツムリすげえダンディな声じゃんwww


「じゃあいきますよ! ……【アジサイ……ビーム】!」


 大丈夫かな。確かに壁とかに被害はないけど、光がすげえ漏れてるのバレたらスタッフさん飛んできそうで怖いな。


・マジで撃ってる

・これほんとに大丈夫? 壁貫通しそう

・花束からビーム出てんの意味不明で草


「こんな感じですね! じゃあ次は情報災害インフォハザードちゃん、できる?」

「え、これやっていいの?」


 許可を取ろうとすると、鞄の中から『まあ、【目立ちたがりの鐘ザ・ベル】くらいなら』と声がする。


「……それって視聴者にも効果あるんじゃない?」

『映像越しなら効果はありませんが。……あ、それなら意味無いですね』

「確かに」


・鞄の妖精?

・鞄の中かな

・見たい見たーい


 コメントを読んだあやめちゃんが私の鞄の中を覗き込むように移動するが、鞄を抱き寄せて妨害しておく。


「そういえば、情報災害インフォハザードちゃんは妖精見せたがらないよね。なんで?」

「結構見た目が悍ましいので……見せていいんですかね、これ」


・そう言われると逆に見たくなる

・ベル気になる 多分サモン系だと思うから召喚だけとかならいけるんじゃない


 ああ、その手があったか。


「【武具召喚サモン目立ちたがりの鐘ザ・ベル】は……こういう風に巨大な鐘を召喚する魔法ですね。この音を聴いた人は絶対に鐘の方を向いちゃうんですよ」


 【目立ちたがりの鐘ザ・ベル】はまあこれでいいとして、問題はホームの方だが。


「じゃあ私が少しずつ引き上げるので、ダメそうなときに『ストップ』ってコメントしてください」

『優しくお願いしますよ』


・焦らしていく形式

・そんなアウトなん?


「では、上げていきますね……」


 ホームをひっつまんで少しずつ引き上げ、カメラの方に見せていく。やっぱりなんか人皮っぽくぶよぶよしてるのがアレなんだよね。アレ。さすがに本人の前では言わないけど。

 すると、すぐさまコメントが着く。


・あーストップストップ

・思ったよりエグいなこれ……

・ストップ!


「け、結構すごいねホームって……」

「だから言ったでしょ」


 ホームはよく見れば本なのだが、そう気づくのにかなり時間がかかる悪趣味なオブジェのようなのだ。具体的に何を象っているかはわからないが、安直に例えることができない名状しがたさが不気味さに拍車をかけているような気もする。

 何年かいて私は慣れてしまったが、あやめちゃんと視聴者にはショッキングだったろう、うん。


・一瞬見えたけどやばいって思ったね、確実に

・あんま見ないタイプの妖精だよな

・だいたいの妖精は道具とか生き物モチーフだからこういう現代アートみたいなのなかなかないね


 冷静なコメントが本当に冷静なのか、それとも錯乱しているのを自ら落ち着かせようとしているのか。判別に困るな。まあそれはどうでもいいが、ちょっとこの終わった空気は私の責任だからなんとかせねば。


 だが、ここで企画を切り出すか? 確かに家庭用ゲーム機や心理テスト、相性診断系のアプリは用意してあるが今本当にここでやって空気を回復させられるものなのか!?


 悩んでいると、不意に隣から声が響く。


「じゃ、自己紹介も終わったんでそろそろ次に移りまーす!」


 あやめちゃんが何やら巨大な箱を持ってこちらに運んできていた。

 何それ。私知らないけど。え? そんなバラエティ番組みたいなことやるの?


「名付けてー……『箱の中身はなんだろな』! この箱の中にあるものを、情報災害インフォハザードちゃんには素手で触って当ててもらいまーす!」


・まんまで草

・露骨な話題転換

・インフォちゃん聞いてない風で笑う


「え、ほんとにやるの? これ」

「ごめんねー。せっかくだからサプライズしたくて。それに、いつも落ち着いてる情報災害インフォハザードちゃんが慌ててるところ見たくて!」


 ……もしかしてこの子、思ったより鬼畜なのでは。

 しょうがない。乗り掛かった舟だ、沈むまでお供してやろうではないか。乗ってるの私だけだけど。


 覚悟を決めて箱の中に手を突っ込む。


「え!? なんか思ったよりねちょねちょしてる! うわ、硬っ!? なんか硬いところあるんだけどこれ!」

「がんばれー! タイムアップまであと30秒ー!」

「えっちょっ時間制限あるのこれ全然わかんないわかんない」


・初配信でパートナーを罠にかける魔法少女がいるらしい

・これはひどい

・初手でそのお題は酷いってw


 結局、タイムアップまでには答えられず罰ゲームとして変身の様子も披露させられた。だいぶ恥ずかしかったが、まああやめちゃんも後でやってくれたので良しとしよう。このときほど変身が肌を見せるタイプのアレじゃないことに感謝したことはない。


 ちなみに、箱の中にいたのは蝸牛シェルだった。『本物のカタツムリではないから汚くはないぜ』と謎の弁明が入ったが、そうじゃないんだよな。



「ほんとにこれで企画は全部? 隠してたりしない?」

「しないしない! これで全部!」


 ほんとかなー。初手でやらかしたからなーこの子。

 とにかく、初配信は無事(?)に終わり、評価も上々。何人かはチャンネル登録までしてくれた。

 今日は魔法少女棟で集まって、次の配信や動画の企画を決める日だった。


 次のための企画は前回やり残したアプリやゲームに加え、自分たちに関するクイズをいくつか。また時間が足りなければ、やれなかった企画を次に回すつもりだ。

 まあ、こんなものでいいだろう。これが本当に全部なら、という前提ありきだが。またサプライズは勘弁してもらいたい。


「せっかくだし、この前のアーカイブ見てみない?」

「ああ、いいね」


 恥ずかしくてまだ見てなかったが、客観的に映された私たちを眺めることで改善点がわかることもあるだろう。せっかくだし、見てみるか。


 だから、2人で見ようとしたのだ。同じスマホで。

 仮に、前日に1人で思い立ってみていればどうだったのか。あやめちゃんが先に見ていたらどうなったのか。それはわからない。

 結局、この世界には今しかない。今の選択しかない。私たちはその結果を享受するしかない。


「なに、これ」


 数秒は何も理解できなかった。だって、意味が分からない。

 決して見間違いなどではない。何度も何度も確認して、シークバーを戻して。それでも事実は変わらない。


 自己紹介動画、配信アーカイブ。そのどちらからも、私だけが消えていた。

 まるで、初めから存在しなかったかのように。

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