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第24話 露呈 その1

 私たちの動画チャンネルが消滅するより少し前に、話は遡る。



 夏真っ盛り。日差しはじりじりと私たちを熱するが、友とでかけるならそこまで気にならないものだ。それに、外の施設は遠慮なく冷房が利いてるから家よりも涼める。

 予定も空いていたことだし、あやめちゃんを誘ってお気に入りのカフェでパフェを食べていた時のことだった。


「見て見て、これ」


 そう言ってあやめちゃんは私にスマホの画面を見せてきた。

 なになに。見たところ、ギャルっぽい女の子が複数人でかわいく踊っている動画だった。


「うぅん、あー……?」

「……華の女子中学生にこれ見せてこんなに反応鈍いこと、ある?」


 いや前世にも似たようなアプリとかあったけど、当時それに触れているはずもなく。音楽とかは聴くけども、こういうのには今世も全然触れてこなかった。

 なんか見てると羞恥心というか……自分が踊ってる動画が出回るのを想像すると怖すぎて直視できないというか……。


「それでね、私たちもこういうのやってみない?」

「え?」


 うむ、あやめちゃんもそういうことを考える年頃なのか……。ここは人生の先輩として、彼女に注意してやらないといけない。


「そもそも、ネットに顔を出すのは良くないと思います!」

「いきなりどうしたの、由良ちゃん」


 おお、おお、あやめよ。ネットは怖いところなのだ。顔写真など出そうものならすぐに住所や学校を特定され、掲示板に晒され、炎上……。とにかく軽率に個人情報を出してはいけないのだ。

 おお、インターネット。善意少なく悪意多きインターネットよ……。


「それいつの話なの。私だって個人情報とかは気を付けるし、よほどのことが無ければ炎上なんてしないって」


 だが、あやめちゃんはなおも食い下がる。


「そもそも、魔法少女をやってる以上ある程度顔は出てるんだって!」

「あ、あー確かに……」


 怪人出た時に変身して避難誘導とかはするしね。確かにこの時点で衣装型と顔は結びつくわ。活躍してる魔法少女ならテレビで紹介されることも多い。


「だから私も魔法少女の1人として、配信とか、動画投稿とか! やってみたいって思うの!」


 ふむ……。パフェにスプーンをねじ込みながら考える。ちなみに、今やってるのはマンゴーがたっぷりのっているやつだ。普段はあまりマンゴーは食べないんだけれども、こういう機会に食べるとその独特な甘さとみずみずしさが癖になる。

 なるほど、配信か。そっちの方なら見たことある。行政からの月給ぐらいしかまともな収入が無い魔法少女にとっては大きな報酬を見込めるお仕事の一つだ。配信者のバックアップを行う企業の多くも魔法少女に目を付けており、特に大手では魔法少女配信者をグループにして売り出しているところも少なくない。

 ただ、魔法少女も結局は少女。「思いつきで始めてみたけど思ったより人気出ない・大変だ」といった理由ですぐにやめてしまう子も少なくない。そこら辺の事情は多分ふつうの配信者と同じだと思うが、とにかくしっかりと業務レベルにまで配信・動画投稿を昇華させている魔法少女は一握りなのだ。


 まあ、あやめちゃんが金欲しさにやろうとしてるとは思えないし。興味本位の趣味レベルでやろうとしてるのだろう。

 ちょっと配信やって、ちょっと反応もらって。別にそれなら、夏のいい思い出にはなるんじゃないだろうか。


「いいんじゃない?」

「やった!」


 ただの後押しのつもりだが、存外喜ばれたようだった。あやめちゃんは食べていたアイスの皿を隅にのけて、鞄から何やらコピー用紙を何枚か出してくる。


「これは?」

「最初の動画の台本! 自己紹介も兼ねた大事なスタートだから、一緒に盛り上げていこうね!」


 ふむ、ふむふむ……あれ、私もやるのか、これ?



 配信や動画投稿には、魔法少女にとって特別な意味がある。それは、怪人との戦闘以外で唯一変身が可能な点である。

 変身や魔法の使用は常に妖精の許可を必要とする。たとえ人命がかかっている場面だろうが、怪人との戦闘でなければ妖精は変身を許可しない。これは魔法少女の批判要素としては割と痛いやつなのでやめてほしいのだが、とにかくそうなってしまう。私はそういう場面に遭遇したことは無いが、魔法少女の数は国内だけでも多い。たまたま事故現場に遭遇した魔法少女が変身を許可されずに妖精と口論している様子が無断でネットにアップされ、それが物議を醸すことはしょっちゅうだ。


 そういう重い話でなくとも、変身時はきらびやかな衣装を身に纏う。怪人との戦闘を気にすることなく、特別な自分になれる場所。そういう意味で、配信や動画投稿は特別な場であるのだ。


 「妖精は配信や動画撮影においては珍しく変身を許可する」という事実を行政がどう見てるのかはよくわからない。が、なぜか撮影用の機材の貸し出しをしてくれるのだ。

 事前に申請書を提出すればそれだけで専用の部屋を貸してくれる。防音室で、編集で透過するためのグリーンバックのクロマキー・カーテンや比較的ちゃんとしている(らしい)編集アプリが入ったパソコンなども完備。

 中高生が興味本位で始めるだけならここまでの設備は揃えないだろう。もっといい機材で撮りたい、部屋の奪い合いに煩わされたくない……よりのめりこんだ魔法少女が企業のバックアップを受けたり、自分で機材をそろえたりするわけだ。


「はじめまして! 魔法少女【衣装型フォーム紫陽花ハイドレンジア】って言います!」


 カメラの奥で変身したあやめちゃんが微笑む。緊張を感じさせない自然な笑顔で、多くの視聴者を魅了するだろうと感じさせる。

 しかしこれは……【衣装型フォーム紫陽花ハイドレンジア】のドレスが比較的ウェディングっぽいそれに寄っているだけあって少し背徳感があるな。なんか……良くない視聴者層にウケそうだ。


「趣味はー、アニメとか漫画でー。最近は『はのとに』とか、『ミラシン』にハマってます! 配信や動画を通じて、みなさんといろんな交流をしてみたいと思ってます!」

「オッケー。撮影止めるよー」


 そう言って録画停止ボタンを押す。最初の自己紹介なんて簡単でいいだろう。仮に本格的にやるにしても、配信で視聴者とのやり取りを通じて徐々に自分のキャラクターやコメントのあしらい方を掴んでいく。前世の配信者も、今世の魔法少女も大体そんな感じだったはずだ。


「じゃ、次は由良ちゃんの番ね!」


 私も撮られる側に回るとは思わなかったが、あやめちゃんの頼みなら断れない。断れないったら断れない。変身してカメラとカーテンの間に立つ。

 撮影かあ。よく考えたら自分を撮ってもらうなんてことなかなかしない。プリクラはたまにあやめちゃんとやるが、しかしネットに公開されるこの動画とは別である。そう考えると、さすがに緊張してきたな。

 しかし、あやめちゃんは待ってくれない。


「じゃあ撮るよ! サン、ニィ、イチ……スタート!」

「えー……【衣装型フォーム情報災害インフォハザード】です。支援型の魔法少女です。趣味は……スイーツを食べたり音楽鑑賞ですかね。よろしくお願いします」


 渾身の笑顔をカメラに向けて、何とか自己紹介を済ませる。

 あやめちゃんがカメラから顔を外し、こちらにグーサインを向ける。


「バッチリー!」

「そ、そう? それならよかったけど」

「由良ちゃんのなんかミステリアスな感じが出てた!」


 うん、うん。……最初にしては上出来だったんじゃないか?


「じゃあこれをパソコンに移して編集するんだよね?」

「そうだね」


 カメラのデータをパソコンに移し、内部の編集ソフトでいい感じに仕上げる。そしてそれを自らのアカウントでサイトにアップする形式だ。セキュリティの関係上、「投稿したらログアウトすること」と書かれた付箋がパソコンに貼ってある。

 さて、あとは編集すればいいのだが……私も今世の編集ソフトに触れたことはない。パソコンにはいくつか入っているが、おおよそ形式が決まっているやつでいいだろう。こういうソフトは映像を自由に作ろうとすると物足りない代わりに、素人でも直感的に使いやすいメリットがある。


 うーん。まあいくつかのアニメーションを組み合わせてオープニングを作り、いい感じの背景にさっき撮った自己紹介を張り付けて適宜字幕を作ればいいだろう。

 自分の動画を編集するの恥ずかしいな……。


「こういう感じでどう?」

「おお、すごいすごい! もう形になってる!」


 テンプレートを組み合わせて貼り付けるだけだからね。

 だが……せっかくならもうちょっとちゃんとしたのにしたいな。動画編集は前世で経験があるし、せっかくあやめちゃんのやりたいことなのだから自由度の高いソフトでクオリティを上げたい。


「この動画、持ち帰って編集し直していい?」

「じゃあお願い! 私は配信でやる内容考えるね!」


 もしかして私も配信に出るのかな。多分出るんだろうな。

 発声練習とかした方が……いいですかね?



 その後、数日かけてより良い自己紹介動画を完成させた。そこに最初の配信予定のお知らせを入れて投稿したところ、そこそこの反応があった。

 あやめちゃんはあやめちゃんで、配信でやる話題や企画を何個か考えてきたらしい。


 そして、今日は初の配信日。


「まずは登録者1万人めざそ!」

「目標が高いねえ」


 はりきるあやめちゃんのことを微笑ましく思っていたのだ。この後に起こることなど知りもしないで。


 【衣装型フォーム情報災害インフォハザード】は、じきに消え去る。終焉が訪れようとしていた。

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