「実は、昼からこうして参加者の魔法少女にはひとりひとりに聞き取りをしていてね。率直な意見を聞かせてほしくてやっているのだよ」
「は、はあ」
正午過ぎ、気温が一番高くなる時間帯。その日陰。
トラックの隅、体力切れで半ばズル休みをしている私と、迫る
肉体的ダメージを受けた私が、今度は精神的ダメージを受けようとしていた。
「そう固くならなくても良い。別に何を言ったところで構わないさ。だって我々は対等な魔法少女なのだから」
「そうですか……」
嘘すぎるだろ。どう考えてもそこら辺の木っ端魔法少女である私と怪人撃墜数
「実際のところ、各種支援は私たちが恩恵を受けなければ意味が無いからね。だから本当に、現場の声は欲しいところなんだよ。私は私で少し業務が違い過ぎるからね」
その声色に嘘や欺瞞は見受けられない。だけどなあ。魔法少女棟を本格的に利用しだしたのは最近だし、特に困ることがあるわけでもないんだよなあ。
何を言うべきか迷って黙っていると、
「まあ、無いなら無いでいいんだ。私に言いづらいなら棟の目安箱に意見を入れてほしい」
「特に無いですね」
「そうか。……さっき、
「そうですね」
主にあやめちゃんが、だが。
「……ふむ。彼女はああ見えても後輩想いでな。つい先日知り合った魔法少女を忘れるなど考えにくいのだよ」
「そ、そうなんですか」
「随分申し訳なさそうにしていた。彼女も悪気があってやったわけではないんだ」
「いや、別に私も人の顔とかあんまり覚えられませんし。気にしてません」
焦って変なフォローを入れてしまう。それぐらい私は緊張していた。
「それで、だ」
何だ。こんなどうでもいい話を通して、この人は何を調べようとしているのか?
「何か君の方に、心当たりはないかな?」
「心当たりというのは」
「簡単なことだ。
「君のその
心臓が鳴る。深呼吸をして自らを落ち着けようとしたが、しかしどうしようもなく思考は空回りする。
「あ、ありません」
「本当に、か?」
【
正確には、あれは存在消去ではない。どこにもいなくなるだけだ。
無い。無いはずなんだ。
「そうか。疑うような真似をしてすまなかったな」
私の決死の祈りが通じたのか、別の思惑があるのか。
「それは、良いのですが……」
「どうかこれからも、いち魔法少女として怪人を撃退するために協力してほしい。よろしく頼む」
そうして彼女は私に一礼をした後、立ち上がって全員に研修の終了を告げた。すぐさま帰ろうとする子もいるしまだ遊ぼうとする子もいたものの、ひとまずはお開きの雰囲気が流れる。
一方で私は完全に腰が抜けていた。【
▽
端的に言って、
最初に上がり切ったテンションが暴発してしまい、失態を晒したことはしっかり反省した。が、それとこれとはまた別の話なのだ。
──まさか、
実は、研修前に「頼みごとがある」と直々に言われていたのだ。内容は「参加者の名前を憶えていろ」だとか「研修後にも少し付き合ってもらう」だとかよくわからないものだったが、そんなことは関係なかった。完全に二つ返事で引き受けたが、後悔はしていなかった。
いやいや落ち着け、と
「何をしている。早く行くぞ、
「ひゃ、ひゃいい!
「様付けはいらない」
バレーの後に汗を流すため棟のシャワーに行ったのがまずかった。そこでありえない妄想を悶々と繰り広げていた
そのよろしくない色を気合でまともなものに塗りつぶし、
「それで、どこへ向かうのですか?」
「言ってなかったか。まあ、ついてくればわかる」
疑問符を浮かべながらも、彼女には逆らう選択肢はなかった。少し歩いて奥まったところにまで行けば、そこで
「ここだ」
ドアノブに手をかけたその瞬間、何かの物体が勢いよく飛び出してきた。
「Ms.Truth! 待ちくたびれマシタヨー!」
「ぎょぶ!」
いかにも探偵らしい格好をした少女が
「あなたは……
「
「お、お前なあ……」
「あー、怒ッタ、怒ッタ! そこのあなた、一緒に逃げマショウ!」
今度は
308会議室というのがこの部屋の名前だった。集まった魔法少女は計3人。
初めに話を切り出したのは
「はあ、落ち着いたか。さっさと始めるぞ」
「あの、結局聞いてないんですが。何についての話し合いなんですか?」
「……『いない』魔法少女。その捜索の、協力を頼みたい」
「さて、
「私を入れて14人です」
「では、そのメンバーを言ってみろ。
「……?」
「いいから」
もしかして、記憶力でも試されているのか。
「
ひとつ、またひとつと指折り数えていく。
「
一人、足りない。
「すみません、もう一度言いますね」
しかし、何度やっても結果は変わらなかった。13人までしか言えない。
血の気が引いた。あれほどまでに気合を入れて臨んだのに、こんな簡単なことすらこなせないなんて。
「それが、私たちの目的デスヨ」
「え……」
「最初の研修で当たってくれるとは、幸運だな」
しかし、
まるで、こうなることを予期していたかのような。
「まず始まりは、この八島区を襲撃する怪人が異様に多いという統計からだった」
「は、はあ……」
「それについて疑問を抱いた
「……え?」
話が見えない。確かにここ近辺を襲撃する怪人は他と比べ多いが、そのことについての報告が会議でなされたことなど、ない。
何かがおかしい。
「そしてそれは……黙殺された。誰もが話さなくなったし、忘れたのだ。私を含めて。何度もだ」
本当についていけない。脳が理解を避けているような、そんな感覚。
この人は何を言っているんだ。私は何を聞いているんだ。
「そういう過去。そういうストーリー。そういう筋書きが、
「仮定であることこそが重要なのデスヨ、
「わかるか、ついてきているか?
「ま……」
「ま?」
「魔法少女、です」
「正解」
なぜ自分はいま「わからない」とではなく「魔法少女」と答えたのか。なぜ魔法少女なのか。そしてそれがなぜ正解なのか。
ここにはもう、踏み込まない方がいいのではないだろうか。
「……だから、仮に本当なら怪人の仕業だと思ったのだがな。実際は本当に、いや、これはあくまで仮定の話だが……魔法少女とした方がいいわけだ」
なんとなく、
「そして、だ。
確かに話は分かってきたが、別の恐怖が鎌首をもたげてくる。
「誰の記憶にも、残らないでしょう。例えば……参加者を1人ずつ読み上げても、ひとりだけ足りなくなるんじゃないでしょうか」
「その通りだ」
いないはずの魔法少女。この魔法少女に、私たちは立ち向かっていいのか?