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第22話 八島区魔法少女による怪人対策研修 その2

「実は、昼からこうして参加者の魔法少女にはひとりひとりに聞き取りをしていてね。率直な意見を聞かせてほしくてやっているのだよ」

「は、はあ」


 正午過ぎ、気温が一番高くなる時間帯。その日陰。

 トラックの隅、体力切れで半ばズル休みをしている私と、迫る神眼トゥルース

 肉体的ダメージを受けた私が、今度は精神的ダメージを受けようとしていた。


「そう固くならなくても良い。別に何を言ったところで構わないさ。だって我々は対等な魔法少女なのだから」

「そうですか……」


 嘘すぎるだろ。どう考えてもそこら辺の木っ端魔法少女である私と怪人撃墜数上位勢ランカーである神眼トゥルースとでは天と地ほどの差があるわ。


「実際のところ、各種支援は私たちが恩恵を受けなければ意味が無いからね。だから本当に、現場の声は欲しいところなんだよ。私は私で少し業務が違い過ぎるからね」


 その声色に嘘や欺瞞は見受けられない。だけどなあ。魔法少女棟を本格的に利用しだしたのは最近だし、特に困ることがあるわけでもないんだよなあ。

 何を言うべきか迷って黙っていると、神眼トゥルースは話を切り替えてきた。


「まあ、無いなら無いでいいんだ。私に言いづらいなら棟の目安箱に意見を入れてほしい」

「特に無いですね」

「そうか。……さっき、喰咬鮫シャークと話していたな?」

「そうですね」


 主にあやめちゃんが、だが。神眼トゥルースは既に部屋を出ていたはずだが、遠目にでも見ていたのだろうか。


「……ふむ。彼女はああ見えても後輩想いでな。つい先日知り合った魔法少女を忘れるなど考えにくいのだよ」

「そ、そうなんですか」

「随分申し訳なさそうにしていた。彼女も悪気があってやったわけではないんだ」

「いや、別に私も人の顔とかあんまり覚えられませんし。気にしてません」


 焦って変なフォローを入れてしまう。それぐらい私は緊張していた。

 神眼トゥルースはなにやら大き目のバインダーを取り出し、そこにメモを取るようなそぶりを見せる。素行調査のようなものだろうか。


「それで、だ」


 何だ。こんなどうでもいい話を通して、この人は何を調べようとしているのか?


「何か君の方に、心当たりはないかな?」


 神眼トゥルースの目が、私を離さない。そう思うだけの謎の抑圧感があった。


「心当たりというのは」

「簡単なことだ。喰咬鮫シャークがただ忘れていたのでなければ、それは異常現象だ。そして異常現象といえば……怪人か、魔法少女しかない」


「君のその情報災害インフォハザードの魔法に、そういうのはないか?」


 心臓が鳴る。深呼吸をして自らを落ち着けようとしたが、しかしどうしようもなく思考は空回りする。


「あ、ありません」

「本当に、か?」


 【目立ちたがりの鐘ザ・ベル】、【陶酔的な白檀ザ・サンダルウッド】、【あっちむいてホイ】、【杞人憂う空ドゥームズデイ】、そしてホームを読ませることによる存在の完全消去……。思いつく限りの魔法に、そのような効果はないはずだ。

正確には、あれは存在消去ではない。どこにもいなくなるだけだ。

 無い。無いはずなんだ。


「そうか。疑うような真似をしてすまなかったな」


 私の決死の祈りが通じたのか、別の思惑があるのか。神眼トゥルースは、ここで引いてくれた。


「それは、良いのですが……」

「どうかこれからも、いち魔法少女として怪人を撃退するために協力してほしい。よろしく頼む」


 そうして彼女は私に一礼をした後、立ち上がって全員に研修の終了を告げた。すぐさま帰ろうとする子もいるしまだ遊ぼうとする子もいたものの、ひとまずはお開きの雰囲気が流れる。

 一方で私は完全に腰が抜けていた。【衣装型フォーム神眼トゥルース】……もう二度と会いたくない。



 端的に言って、雪景色スノウドロップは浮かれていた。あの憧れの神眼トゥルース様にまた会えるなんて夢のようだ。地区上位勢による定例会議に参加させてもらってはいるものの、実際に会えたことはほとんどない。国内トップクラスの魔法少女である神眼トゥルースは忙しく、会議を休むことも多いためだ。

 最初に上がり切ったテンションが暴発してしまい、失態を晒したことはしっかり反省した。が、それとこれとはまた別の話なのだ。

 ──まさか、神眼トゥルース様から単独で呼び出されるなんて!


 実は、研修前に「頼みごとがある」と直々に言われていたのだ。内容は「参加者の名前を憶えていろ」だとか「研修後にも少し付き合ってもらう」だとかよくわからないものだったが、そんなことは関係なかった。完全に二つ返事で引き受けたが、後悔はしていなかった。


 いやいや落ち着け、と雪景色スノウドロップは自らを制した。あの時の二の舞を演じるわけにはいかない。あくまでクールに、さりげなく。頼りになる魔法少女を演じるのだ。そうして目をかけてもらい、少しずつ信頼を積み重ねてあわよくば……!


「何をしている。早く行くぞ、雪景色スノウドロップ

「ひゃ、ひゃいい! 神眼トゥルース様!」

「様付けはいらない」


 バレーの後に汗を流すため棟のシャワーに行ったのがまずかった。そこでありえない妄想を悶々と繰り広げていた雪景色スノウドロップは、なんとなく脳内もよろしくない色に染まり上がっていた。それが具体的にどういうものかは、彼女の名誉のために伏せるが。


 そのよろしくない色を気合でまともなものに塗りつぶし、雪景色スノウドロップは頭を切り替えた。


「それで、どこへ向かうのですか?」

「言ってなかったか。まあ、ついてくればわかる」


 疑問符を浮かべながらも、彼女には逆らう選択肢はなかった。少し歩いて奥まったところにまで行けば、そこで神眼トゥルースの足が止まった。


「ここだ」


 ドアノブに手をかけたその瞬間、何かの物体が勢いよく飛び出してきた。


「Ms.Truth! 待ちくたびれマシタヨー!」

「ぎょぶ!」


 いかにも探偵らしい格好をした少女が神眼トゥルースを押し倒す。あまりの展開に雪景色スノウドロップはしばし唖然としたが、その少女には見覚えがあった。

 神眼トゥルースと双璧を成す、調査型魔法少女。アメリカのトップクラス上位勢ランカー


「あなたは……名探偵ディテクティブ!?」

Thaaaaaat's rightその通~~~~りっ!」

「お、お前なあ……」

「あー、怒ッタ、怒ッタ! そこのあなた、一緒に逃げマショウ!」


 今度は名探偵ディテクティブ雪景色スノウドロップを部屋内に引きずり込むアクシデントが起こったが、なんとかして神眼トゥルースが事態の鎮静化を図った。


 308会議室というのがこの部屋の名前だった。集まった魔法少女は計3人。雪景色スノウドロップはさすがに自分が場違いなような気がしてきた。

 初めに話を切り出したのは神眼トゥルースだった。


「はあ、落ち着いたか。さっさと始めるぞ」

「あの、結局聞いてないんですが。何についての話し合いなんですか?」

「……『いない』魔法少女。その捜索の、協力を頼みたい」


 神眼トゥルースがそう言うと、テーブルの上に何枚もの紙をばら撒いた。それぞれの紙には共通したフォーマットがあるように見え、おおよそ魔法少女のプロフィールをまとめたもののように思えた。


「さて、雪景色スノウドロップ。今日参加した魔法少女は何人だ? ああ、私と喰咬鮫シャークを抜いてな」

「私を入れて14人です」

「では、そのメンバーを言ってみろ。

「……?」

「いいから」


 もしかして、記憶力でも試されているのか。名探偵ディテクティブの方を見てもニコニコしているだけで、そこに他の意志は見受けられない。神眼トゥルースの方も、冗談のような雰囲気ではない。


雪景色スノウドロップ王冠レガリア石庭師ストーンカッター紫陽花ハイドレンジア……」


 ひとつ、またひとつと指折り数えていく。


猫召喚師キャッツマスター甘味職人パティシエール……あれ」


 一人、足りない。


「すみません、もう一度言いますね」


 しかし、何度やっても結果は変わらなかった。13人までしか言えない。

 血の気が引いた。あれほどまでに気合を入れて臨んだのに、こんな簡単なことすらこなせないなんて。


「それが、私たちの目的デスヨ」

「え……」

「最初の研修で当たってくれるとは、幸運だな」


 しかし、名探偵ディテクティブにも神眼トゥルースにも表情の変化はない。

 まるで、こうなることを予期していたかのような。

 神眼トゥルースは今いちど雪景色スノウドロップに目を向け、説明を始める。


「まず始まりは、この八島区を襲撃する怪人が異様に多いという統計からだった」

「は、はあ……」

「それについて疑問を抱いた神眼わたしは、妖精と交渉し魔法を使用。本格的な調査を行い、その結果を定例会議に上げた」

「……え?」


 話が見えない。確かにここ近辺を襲撃する怪人は他と比べ多いが、そのことについての報告が会議でなされたことなど、ない。

 何かがおかしい。


「そしてそれは……黙殺された。誰もが話さなくなったし、忘れたのだ。私を含めて。何度もだ」


 本当についていけない。脳が理解を避けているような、そんな感覚。

 この人は何を言っているんだ。私は何を聞いているんだ。


「そういう過去。そういうストーリー。そういう筋書きが、

「仮定であることこそが重要なのデスヨ、雪景色スノウドロップサン。信じてはいけマセンヨ?」

「わかるか、ついてきているか? 雪景色スノウドロップ。仮にそんな現象があったとして、私は調査するたびに記憶を消されているとして。果たしてそれは、怪人と魔法少女、どちらによるものなのか?」


 雪景色スノウドロップにはなにも理解できなかったが、しかし自然と口は開いた。


「ま……」

「ま?」

「魔法少女、です」

「正解」


 なぜ自分はいま「わからない」とではなく「魔法少女」と答えたのか。なぜ魔法少女なのか。そしてそれがなぜ正解なのか。

 ここにはもう、踏み込まない方がいいのではないだろうか。


「……だから、仮に本当なら怪人の仕業だと思ったのだがな。実際は本当に、いや、これはあくまで仮定の話だが……魔法少女とした方がいいわけだ」


 なんとなく、雪景色スノウドロップにも話が呑み込めてきた。彼女らはどうしても、「かつて本当にあった話」を「仮定の話」として語らねばならないらしい。そしてそれに、記憶の消去が関わっているのか。


「そして、だ。雪景色スノウドロップ、そんな魔法少女がいて我々の研修を受けた場合に、それはどのように現れると思う?」


 確かに話は分かってきたが、別の恐怖が鎌首をもたげてくる。


「誰の記憶にも、残らないでしょう。例えば……参加者を1人ずつ読み上げても、ひとりだけ足りなくなるんじゃないでしょうか」

「その通りだ」


 いないはずの魔法少女。この魔法少女に、私たちは立ち向かっていいのか?

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