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第21話 八島区魔法少女による怪人対策研修 その1

 私の目の前に、私がいた。

 前世のものではない。ここ十数年付き合ってきた、今世わたしの体だ。


 それ以外は何もない真っ黒い空間で、"私"は異常な出で立ちをしていた。


 まず挙げられるのは過剰な装飾だろうか。緑色を基調として、鳥の羽をモチーフにしたドレスのようなかわいらしい衣装。ところどころに鈴のデザインのアクセサリーもある。

 まるで、魔法少女のような。私の情報災害インフォハザードのものとは、だいぶ様相が異なっていたが。


 そして第二に、"私"は泣いていた。


「ねえ」


 泣いているけれども、その目は確かに私を見据えていた。そこにあるのは悲しみではなく、強い恨みの感情だった。


「どうして?」


 "私"は歩いていた。こちらに向かって、少しずつ。

 対して私は逃げようとしたが、なぜか足が動かなかった。いや動いてはいたが、しかし距離は離れなかった。


「返してよ、私を」

「何を……」

「何を、だと!?」


 肩を掴まれる。


「アナタさえいなければ! 私は! 普通に生きてこられた!」

「私は宇加部 由良であって、決して█████なんかではないの。そこにアナタの魂が入る余地など、ありはしない」


 "私"の声に力が籠っていく。私は"私"の悲痛な叫びを聞くことしかできない。

 涙が頬を伝う。


「異界の、余所者の分際で! 私の人生を奪うな! 奪うなああああ!」


 そうして、私の体はどろりと溶け出してこの真っ黒い空間の一部となった。


 "私"だけが残った。その顔には、先ほどまでの激しい形相の欠片もない。何の感情も映していない虚ろだった。



 何か、ひどい悪夢を見た気がする。寝起き早々で最悪な気分になった私とは裏腹に、朝日は優しく降り注いでいる。寝坊は……してないな。

 汗が出ている。じっとりとしていてシャツが気持ち悪い。一旦シャワーを浴びた方がいいだろう。


『続いてのニュースです。怪人に有効な損傷を与える合金の製法が怪人対策機関によって公開され、注目を集めています。報告レポートによれば、この金属は……』


 母と一緒に朝食のトーストを食べ、シャワーを浴びる旨を伝える。時間にはまだまだ余裕があった。


 悪夢の内容は思い出せなかった。ここ最近の夢の中で、一番ひどかった気はするのだが。

 いや、過ぎたことは良くて。今日は研修の日である。とうとう来てしまった。研修自体はいいのだが、魔法少女が多いと考えると気分は重くなる。


 全身の汗を洗い流しながら考える。私は確かに転生者だしTSおじさんだがそのことを誰かにカミングアウトしたことはない。初見で情報を抜いてきたホームは別にして、ね。

 カミングアウトしないのはまあ、する理由が特にないからである。現状、このまま順応できているのにわざわざやって反感を買う理由が無い。受け入れてくれるかもしれないが、受け入れてくれないかもしれないわけで。そのあたりどうなるか予測できない以上、リスクを取る必要が無いのだ。


 だから別に、このままでいいと思っていた。

 「魔法少女を避けている」という喰咬鮫シャークの言葉を思い出す。私の衣装型である情報災害インフォハザードは、他の魔法少女との共闘が難しい。

 だが、それは平時にも彼女らを避ける理由にはならないのだ。


 やはりカミングアウトなのだろうか。それにしては、あのとき口を突いて出てきた言葉は少し意味が違うように思えたが。


 私が一体何を望んでいるのか、それは私が一番知りたかった。



 というわけで、魔法少女棟である。気は進まないが、義務なのでしょうがない。ただ講義をやるだけならいいのだが、実はそうでもないのだ。それについては後で話すが。

 棟内に入って自分と妖精の魔力確認を終えると、「研修はこちら」という無味な看板が目に入る。あーはいここねここね。会議室みたいな場所だ。ホワイトボードとかスクリーンとかがある。


 部屋内部にはいくらかの知っている魔法少女もいた。十数人といったところか。全員、この魔法少女棟で見かけた人だ。見かけただけで話したことは、ないが。

 そしてその中には、あやめちゃんもいた。


「おはよう」

「やっほー、由良ちゃん。やっぱりいいじゃん、その服。似合ってるよ」


 着てきたのはつい先日に海に行ったときにあやめちゃんと一緒に選んだやつだった。

 オーバーサイズTシャツ、というらしいが。やたら大きくてぶかぶかで短パンが隠れてしまうシャツだ。短パンでこれはさすがに恥ずかしいのだが、「こういう機会でもないと由良ちゃんって絶対着なさそうじゃん」とごり押されて試着させられ、やたら好評を受けて買ってしまったのだ。


「制服じゃない由良ちゃんって新鮮だな~」

「……やっぱりこれ、恥ずかしいんだけど」

「え~? かわいいじゃん」


 本当に純粋にどこが嫌なのか、という表情をしている。うーん……普段は嫌だが、こんなに喜んでくれるなら遊ぶ時ぐらいは着てってもいいかもしれない。


「あっ、紫陽花ハイドレンジアだ。おはよ~」

雪景色スノウドロップちゃん!」


 そうやって適当に駄弁っていると、時間が過ぎるのはあっという間で。


「時間だ。そろそろ研修を始める」


 2人の少女が部屋に入ってくる。1人は海で会った喰咬鮫シャークだ。長い髪をなびかせながら勢いよく歩いてくる。うわ……へそ出しルックって本当にあるんだ。

 そしてもう1人はさすがに私でも知っている。怪人撃墜数ランキング第10位、神眼トゥルースその人で間違いない。

 確かに都周辺を拠点にしているとは聞いたが、まさかここの研修にも来るとは。


「忙しいところ、研修に参加してくれて感謝する。この研修の目的は──」

神眼トゥルース様~! こっち向いて~!」

「静かに」

「はい」


 独り勢いよく立ち上がった少女がいたが、それはすぐに制された。さっきあやめちゃんと仲良さげに挨拶をしていた……雪景色スノウドロップといったか。随分熱心なファンのようだった。神眼トゥルースの対応も慣れており、何回も使われた様式美のようにも感じる。


「当研修ではこの私、神眼トゥルース喰咬鮫シャークが講師を務める。短い間だが、よろしく頼む」

「はいはーい、喰咬鮫シャークだよ。最近、八島区では結構な数の怪人が現れてるよね。なので、皆さんには気を引き締めてもらうと同時に改めて怪人や魔法について復習してもらおうと思います!」


 前から順に資料を渡され、神眼トゥルース喰咬鮫シャークによる講義が始まる。


 その内容についてはまあ、多くは語らない。魔法少女棟で調べものしていれば大体知ってる内容も多かったが、上位勢ランカーによる避難誘導にかかる時間の推定、地形や状況に合わせた魔法の選出……私にとっても参考になる話だった。


 それは良いのだが。恐れていた事態は、講義が終わった後に発生した。


「……これで講義は終了とする。午後についてなんだが、魔法を使わずとも連携などの練習はできると思ってな。昼食を取り次第、体操服に着替え、トラックに出るように」


 そう。私がこの世でだいたい3番目ぐらいに苦手な、運動である。

 一時解散の旨が伝えられ、まずは各々昼食を取ろうとカフェテリアに移動する。このときに私もあやめちゃんと一緒に移動しようと思ったのだが、彼女は少しとどまって喰咬鮫シャークと話したそうにしていた。


「あの、あの喰咬鮫シャークさん! この前の"海坊主怪人"の倒し方について聞きたいことが……!」

「ああ、海の。紫陽花ハイドレンジアちゃん……だったかな?」

「はい、はい!」


 怪人の倒し方か。確かに最初に拘束をしてから止めを刺した戦法には慣れが感じられた。実際には、他にも様々なことを考慮していただろう。講義の時よりも深い話があやめちゃんの前で展開された。


「ま、だいたいこんなところかな。参考になったかな?」

「はい、すごく!」


 どうやら憧れの人であるらしく、随分楽しそうに話している。そういえば、海の時にも話そうとしてたもんね。よかったよかった。


「それで、そこの隣の君は。紫陽花ハイドレンジアちゃんの友達かな?」


 ……うん?



 えー。悲しいニュースがあります。あの大先輩ともいえる喰咬鮫シャークに、私だけ忘れ去られていました。

 私ってそんな影薄かったっけ、と益体もないことを考える。


 そんな私は今魔法少女棟のトラックの隅で体育座り。……そう、体力切れである。

 最初は良かった。最近はあやめちゃんに連れまわされているせいで体力がついてきた気がするし、以前に喰咬鮫シャークにサーブの仕方を教えてもらったのでバレーの時でも恥をかかずに済んだ。


 でも、ここまでだ。私を置いて先に行けという感じだったし、実際みんな先に行ってしまった結果がこれですよ。

 いやー、これはもうちょっと真剣に体力づくりしないといけないかなあ。そう思ってると、ふと隣に誰かが座ってきた。


「体調はどうだ? きつくなったらすぐに言いたまえよ」

「あ……ありがとうございます……!?」


 背筋がこわばる。体が固まる。異様なプレッシャーだ。

 神眼トゥルースのすべてを見透かすような瞳が、私を貫いていた。


情報災害インフォハザード……だったか。君には少し、話を聞きたいと思っていてね」


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