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第20話 海へ行こう! その3

 私たちに海で逆ナン(?)を仕掛けてきた高校生ぐらいの女の子4人。

 その先頭の子の頭には、巨大なサメがガブリと食らいついていた。いや、ほんとうにどうなってんのこれ。


「せっかくだしお姉さんたちと一緒にビーチバレーしてみな~い?」

「さ、さ、サメが……」


 ビーチバレーどころではない。しかし、この4人は異常事態にもかかわらず平然としている。それどころか、サメに食われている人は混乱しているあやめちゃんの方を見る──頭の動きから多分、見た気がするが──見ると、両手でサメを持ち上げてそのまま小脇に抱えた。どうやら大きさは可変らしく、抱えられるときは小さくなるようだ。


見えるんだねぇ、この子は私の妖精のアギト!」

「て、ことは……」

「そう。魔法少女【衣装型フォーム喰咬鮫シャーク】とは私のことさ!」

「あ、あの喰咬鮫シャークさん……?」


 突然の宣言に少し後ずさる。そうか、魔法少女なのか。

 腰にまでかかるほどの長い髪が映える、モデル体型の美少女。それが彼女だった。

 【衣装型フォーム喰咬鮫シャーク】といえば、怪人撃墜数ランキングでも結構上の方じゃなかったか? 100位だか1000位以内にはいた気がする。世界内でこれだから、国内ではもっと上のはずだ。

 知ってはいたが、こんな愉快な人間とは聞いてない。

 喰咬鮫シャークは妖精鮫のアギトをこちらに向かせるように抱えている。


「ほら、アギトもちゃんと挨拶して!」

『女……2人……旨そう……』

「……」


 彼女はしばし沈黙した後、そのままアギトを砂浜に投げ捨てた。


「埋めるよ」

『嘘、嘘! オレサマ、アギト! よろしくな魔法少女!』

「ああ、はい……」

「よ、よろしく……」


 脅されたとたんにおどけたような動きで場を和ませようとしているが、さすがにもう遅いと思う。


「……まあこのクソ妖精はおいといて、その肩のカタツムリちゃんも妖精でしょ? 魔法少女同業だと思って声かけたのよ」

「なるほど」


 私たちにアギトがそのまま見えるように、彼女にも蝸牛シェルがそのまま見えたわけか。


「と思ったらそっちのスク水の子も見えてるみたいだし、珍しいこともあるもんだねえ」

「ちなみに私たちは魔法少女じゃないから何も見えませーん!」

「いぇーい」


 この4人の中では喰咬鮫シャークだけが魔法少女であるらしい。


「そういうわけでさ。ビーチバレーって4人でもできるんだけどガヤとか審判も欲しくなっちゃったから一緒にやってくれる人を探してるのよ。やる?」

「やりますやります!」


 あやめちゃんによる文字通りの二つ返事だった。

 えー。私(やると体力的に死ぬから)やりたくなーい。


「大丈夫だって! 6人だからローテーションになるだろうし、あの喰咬鮫シャークさんと話せるのはなかなかないんだって、ね?」


 むむ……。どうやら喰咬鮫シャークに対して何らかの憧れがあるらしい。

 まあ、別に砂遊びは後でもできるし。折角あやめちゃんに希望があるならそれでいいか。



 結論:当然死んだ。


「コヒュー、カヒュー、クヒュー……」

「……君、本当に体力無いんだね」

『オレサマもさすがにこれは予想外』


 最初はいけたよ? ローテーションだから休む機会もあったさ。

 でも、それを続けてるとだんだんと体力が癒えなくなってくるんだよ。わかるか? わからないか……。

 それで、私の休憩になぜか喰咬鮫シャークが付き添ってくれていた。あやめちゃんと他のメンバーは今も元気にビーチバレーをやっている。


 よく考えたら水着のJKと二人きりだな。別の意味でドキドキしてきた。なんか女子高生にしてはすごい露出の高い水着な気がするんだが、こっちではこういうもんなんだろうか。


「でも、最初のころに比べたらだいぶサーブも上手くなったじゃん。教えた甲斐があったよ」

「あー……めっちゃ失敗してすみません」

「いーよいーよ別に。競技じゃないしさ、楽しめるのが一番だって」


 バレーのサーブって難しいね。前世の体育以来だったからすっかり忘れてたよ。ただ、あまりの失敗率を目撃した喰咬鮫シャークにやり方やコツを教わってからはそれなりにそれなりなサーブができるようにはなった。


 横たわる私を、喰咬鮫シャークがのぞき込む。なんだろう、ガチ恋距離かな。


「君も魔法少女でしょ。衣装はなんていうの?」

「……情報災害インフォハザード、です」

「へぇー。面白そう。妖精は? 見えないけど」

「本ですね。潮風が苦手なので、今は鞄の中にいますけど」

「なんか、私が魔法少女だって言ったとき。ほんのちょっとだけ距離取ったよね?」

「え、そうでしたっけ」

「そうだよ。それに、ビーチバレーの時もそう。私の時だけ距離が少し空いてた。目もあんまり合ってないよね。もしかして、君ってさ。他の魔法少女のこと、避けてるんじゃない?」


 そこに冗談の気配はなかった。


「ど、どうしてそこまで」

「野生の勘」

「えぇ……」

「私の勘、よく当たるの。『私を』避けてるんじゃない。『魔法少女を』避けている、そうでしょう?」


 喰咬鮫シャークの長い髪が、揺れる。

「私としてはやっぱり仲良くしてほしいんだ。独りの魔法少女は、もしもなにかあったときに危ないから」

「だからさ、もし何か不安なことがあれば相談してほしいんだ。あなたにとって、魔法少女が"安心できる人たち"でありたいの」

「君が良ければ、教えてほしいんだ。どうして魔法少女を避けるのか」


 あれ。


 私って、どうして魔法少女が苦手なんだっけ。


 同年代の女子とは少し人見知りになるぐらいで普通に話せるのに。なんで魔法少女は嫌なんだろう。

 どうしてあやめちゃんに魔法少女ってばれたとき、ひどく狼狽したんだろう。


 痒い。汗が頭を伝っている。

 何もわからなかった。何も思い出せなかった。


 なのに、口からは奇妙な言葉が飛び出してきた。


「ち、違います。私は、私は生きてるんです」

「……?」

「奪ってなんかないんです。私は私であって、私ではない何者かではないんです」

「……どうしたの。ちょっと、落ち着いて」

「殺してない! 取ってない! 追い出してないんです! だから、だから──」


 私の無意味な叫びは喰咬鮫シャークを困惑に陥れ、しかし別の巨大な声にかき消された。


「落ちこぼれは、どこだああああああああああ!!!」


 凄まじい波の音と、振動。それが海の方面から発せられたと知ったのは、私が我に返った後だった。

 だが、喰咬鮫シャークの反応は素早かった。いち早く"それ"の方向を察知し、友人たちへ避難を勧告する。


「照たちは逃げて!」

「……絶対に生きて帰ってきてよ、海巳」

「任せなさい!」


 今まで何度かあったのだろう、適切な避難であった。私も気力で起き上がり、"それ"と対峙する。

 海に見えるのは巨大な老人の頭。それが海面から顔を出しており、その周囲では歪な触手が何本も渦巻いている。海坊主という妖怪が近いか。

 間違いない──怪人だ。だが、言動が少し変だ。通常、怪人は己の欲望のようなものを叫ぶ。それが本当のことかはさておいて、だいたいは「○○は良い」「○○したい」といった形になる。

 しかしこの怪人の言い方は違和感がある。まるで、"落ちこぼれ"と称される特定の個人がいるような。


「今すぐ! すぐさま寄こせええええええ」


 だが、そんなことにかまっている場合ではない。あやめちゃんと目で確認しあい、各人の変身呪文を口にする。


「文字の禍いが降りかかる──」

「五月雨あつめ 穿てよ悪を──」

「ねえ、ここはちょっと私に任せてくれない?」


 呪文が止まる。気づけば、喰咬鮫シャークはいつの間にか私達より前に歩を進めていた。


「変身はしていいんだけどさ。危ないし。でもさ、これでも私ってランキング42位だよ。あんな怪人なんかちょちょいのちょいよ。だから君たちは避難誘導を頼みたいの」


 ぎらりと目が細まる。その表情は鮫の──食う側の、それだ。


「少しは先輩の威厳、見せつけてもいいじゃない? ……アギト!」

『いつでもいいぜぇ!』


 そう言い終わるとアギトが砂浜から飛び上がり、喰咬鮫シャークの頭上を越える。


「尽くを喰らえ! 【衣装型フォーム喰咬鮫シャーク】!」


 一瞬だった。一瞬で喰咬鮫シャークは魔力を鎧にして身に纏い、変身を……した。したはずだ。

 頭と四肢にサメモチーフの華麗な装飾が施されてる以外、何もされてないが。ていうか水着に至ってはそのままだし、さらに言えば微妙に露出が増えてる気がするし!


「なんだ貴様は! すっこんでろおおおお!」

「【生命潮流ライフサークル】!」


 海坊主怪人の周りを渦が巻く。よく見ると、この渦は海流だけでなく大小さまざまな魚類によっても構成されていることがわかる。

 四方八方、あらゆる方向から種を問わず魚介類が集っている。渦は時間が経つにつれ規模と勢いを増しつつも、その半径を徐々に縮めていく。

 ──まるで、内側にいる怪人を締め付けるように。


 そして魚は飛び上がり、怪人の触手や頭部に食らいつき、あるいは肉の一部を嚙み千切る。

 怪人のものであろう、鮮血が舞う。

 周囲の一般人を遠ざけながらも、私とあやめちゃんはそれを見ていた。


「あああああああ! 鬱陶しい!」


 だが、怪人も負けてはいない。傷つきながらもじりじりと触手で魚の壁を押し返す。


「この程度の攻撃で屈するか! さっさと寄こせええええ」


 いや、喰咬鮫シャークは避難のための妨害をしていただけだ。下手に高威力の攻撃を行うと手痛い反撃がこちらに向かってくる恐れがある。それを避けるため、拘束力の高い魔法を使ったのだろう。そのおかげで周囲の砂浜から十分に一般人を避難させられた。

 現に、彼女は今凄まじいほどの魔力を練り上げているではないか。


 そして、それは放たれる。

 無数のサメが怪人目掛けて……降ってくる。


「……【降鮫前線レイニーシャーク】」

「なああああああああああ!?」


 落下というより雨。雨というより豪雨。豪雨というより、滝。


 サメという巨大質量が超高度から降り続けてくることに怪人は耐えられない。にもかかわらずサメの方は落下を気にする様子もなく、重力に潰される気配もなく、追加攻撃を牙によって加える余裕まで見せている。もはや、怪人などサメに完全に埋もれて見えない。

 ここまでして、喰咬鮫シャークはなおも攻撃の手を緩めなかった。


「そしてトドメは、【母なる鮫マザー・シャーク】」


 海が、うねる。2つの波が怪人がいるはずであろう地点を挟むように高く高く昇り、やがてそれらが超巨大なサメの顎を象っていく。高さにしておおよそ20mはある。まるで、怪人を食べようと迫るかのようだった。


「……あ? おい、嘘だろ」

「海に、還りなさい」


 海の顎が、怪人を間に一つになる。

 ごきゅりと嫌な音が響いたかと思えば、先ほどまでの勢いが嘘だったかのように海の顎が崩れる。波が引いていき、魚類もやがて散り散りになっていく。

 空からあれだけ降っていたはずのサメも消え、そこには怪人だったと思しき黒い汚れだけが漂っていた。



「まだ昼なんだけど……これからどうする」

「せっかく時間余ったし、ご飯食べたら由良ちゃんの服見に行かない?」

「うっ」


 結局、あの海水浴場は被害調査や怪人解析などの都合で行政に追い出されてしまった。

 しょうがない。よくあることだ。私たちはすぐに解放されたが、喰咬鮫シャークはこの怪人関連で何か手続きなどがあるらしく残念そうに魔法少女棟に向かっていった。

 あやめちゃんはもう少し喰咬鮫シャークと話したそうにしていたが、「でも研修にも講師役で出てくれるって言ってたし、そっちで話せばいいから」と言っていた。それは他の魔法少女と競合しそうだが、大丈夫なのだろうか。


 そう、研修。そもそも魔法少女は基本的に戦闘以外では変身できないので魔法が使えない。だから戦闘練習とかはできずぶっつけ本番でやるしかないのだが、怪人の情報などの座学系の講習ならこれまでも何度かあった。魔法少女登録時に受けさせられるものと年1でやる定期講習を除けば、概ね任意のものである。

 しかし今回の研修では八島区の魔法少女はほぼ強制。これは初めてのことだった。何回かに分けて行われるが、そのうちのどれかには参加しないとならない。

 理由は「最近増加している八島区への怪人襲撃対策」、か。確かに随分と多くなっている。それで今一度魔法少女側の連携を強化しようという魂胆なのだろう。


──もしかして、君ってさ。他の魔法少女のこと、避けてるんじゃない?


 喰咬鮫シャークに言われた言葉が頭をよぎる。

 私は、避けているのか。研修のことを考えれば気が重くなる。


「ねえ……」

「何?」

「いや、なんでもない。何食べたい?」

「パスタ! ここにいい店があるって聞いたの!」


 いったい何をあやめちゃんに言おうとしたのかは、自分でもわからなかった。

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