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第16話 プロローグ(破)

 どこでもない場所、とでも言えばいいのだろうか。地球ではないし、ある魔法少女がかつていたというよく似た星でもない。

 異次元。異界。宇宙の外側。そのように表現する者がいるかもしれない。


 ともかく、言葉では説明しづらい奇異な場所にそれはいた。

 概ねはヒトのように見える。ヒトのような体躯。ヒトのような大きさ。スーツを着ているのにもかかわらず胡坐をかいて座っているのはどこか奇妙に映るだろう。

 まるで、衣服やマナーなどの人間の文明に対して挑発しているような。そんな印象を受ける。

 だが、そんなことよりも明らかに異常な点が1つ。その"ヒト"には本来あるべき頭部が無く、代わりに大きな鐘が嵌まっている。


 それは、人間社会では「鐘の怪人」と呼ばれていた。


「ええ、ええ。順調です。収益も上がっておりますし、話題にされる回数も増えてきております。半ば社会現象にまでなったと言っても過言ではないでしょう」


 独り言ではない。その場には鐘の怪人しかいないはずだったが、内容は明らかに目上の存在と連絡を取っているものだった。


「はい。報告が1つ……あの"落ちこぼれ"が発見されました。刑法第2条の違反が確認されたため、該当地区への怪人出向を増やし、回収を目指します」

「もちろんよ。落ちこぼれ、いや裏切り者の捕り物ショーという一大チャンスを逃すわけにはいきませんので」

「ええ、ええ、それでは」


 用件が終わったのか、鐘の怪人は先ほどのお喋りな様子とは打って変わって不気味に沈黙する。眼も顔もないその頭部の鐘からでは、彼の感情を推しはかることはできなかった。



 最寄りの街時雨駅から徒歩12分。もしくは、自宅から車で20分ほどで着く。今年で中学生になった伊空いそら 芽衣には詳しくはわからないが、そこはとある寺の墓地であった。


 伊空家の墓も、そこにあった。


 今日は母の月命日なので、お供え物の花を携えて父と共に墓参りにやってきたのであった。父が運転した車から降り、後部座席からもろもろの用具を取り出す。墓地のロッカーから桶を取り出し、近くの蛇口から水をたっぷり入れる。墓石の掃除のために必要なことだ。


 伊空いそら 芽衣にはわからなかった。なぜ、母が死なねばならなかったのか。

 たまたま買い出しに行く日がその日だったから?

 買い物のためにたまたまその道を選んだから?

 行きに迷子の男の子を助けていたせいで到着時刻がずれたから?


 違う。そういうことではない。芽衣が知りたいのは、なぜ悲劇の演者として母が選ばれなければならなかったのか、ということだ。

 他の誰でもよかったではないか。それが母でさえなければ、今頃私は「ああ、そんな悲しい事件もあったね」と聞き流していただろう。そうして、他の数々の悲劇と共に記憶の床から掃き捨てていたはずなのだ。

 それなのに、たまたま母が選ばれてしまったせいで。

 私は未だ悲劇の中にいるのだ。


 墓石の前に立つ。そこに母の遺骨はあるが、しかし母はいない。「伊空家之墓」という文字が、ただただ無機質に刻まれているだけだ。

 袋から布を取り出す。墓石を磨いたところで母は帰ってこない。これをやるたびに芽衣は酷く虚しい気持ちに襲われる。


「あ、生け花……換えられてる」


 花瓶を掃除しようとした父の声だった。葉や花の艶からして、だいぶ新しいものだった。花瓶もすでに掃除されたかのようである。

 これまでも何度か似たようなことはあった。はけして顔を合わせようとしない。花が換えられてないときは恐らく、自分たちが来た後に来たのだろう。それは後ろめたさなのか。


「別に、気にしないでいいのに」


 ふと漏れた呟きが父に聞かれて、しばし目が合う。


「そうだな。あの子のせいじゃない。本当はあんな子達に負わせるべきでないことを、父さん達大人が無理やりやらせてるんだ」

「……あやめちゃん」


 芽衣の母、伊空 香澄の死因は──怪人だった。その時に居合わせたのが当時新人だった【衣装型フォーム紫陽花ハイドレンジア】。同じ小学の親友だった。今ではもう中学が違うが……彼女の健闘虚しく出てしまった被害。そのうちの1人が伊空 香澄であった。


 別に、彼女が守り切れなかったとは微塵も思っていない。彼女は全力を尽くしたし、そのまま怪人を討伐するなどむしろ新人としては大快挙のはずだ。

 だが、なぜだろう。戦う彼女のことを思うと、もう疎遠になった彼女のことを思うと、胸の痛みが止まらないのだ。



 八島区の魔法少女棟。その長い廊下を、早足で歩く少女がいた。

 怪人撃墜数第10位、神眼トゥルースである。しかし、今の彼女にいつものような落ち着きは感じられなかった。


「おかしい、おかしい、おかしい! 何かがおかしいはずなんだ……!」


 神眼トゥルースの魔法の真価は、調査力だ。【遍く全て見通す目オールクリア】をはじめとする強力無比な魔法は、どのような隠された真実も白日の下に晒すことができる。その性質故に各国から大きく注目されており、魔法少女条約による保護が無ければとっくのとうにくたばっているか拉致されているか。いずれにせよ、ろくな人生にならなかっただろう。

 とはいえ、別に神眼トゥルース自身も好き勝手に使えはしない。魔法を使うには変身する必要があり、そして変身するためには妖精の望遠鏡スコープの許可が必要だ。そして妖精は……基本的には怪人絡みの案件でしか変身を許可しない。例外は配信活動ぐらいか。


 【衣装型フォーム神眼トゥルース】の恐ろしさは彼女自身がよくわかっている。隠し事をむやみに公にすることの無意味さも。だから、この力は怪人だけに向ける。

 問題なのは……その力を使った形跡だけがある、ということだ。


望遠鏡スコープ! 本当の本当に本当なんだな!?」

『何度も言っていますが、確かにあなたの魔法が使用された痕跡があります。直近では数週間前。それぞれおおよそ1~2か月の期間を空けて、それが計5回ほど』


 最初の痕跡はおよそ7か月前だという。身に覚えのない、神眼トゥルース自身による魔法の使用。問題はそれで何が判明したのかも、そしてそもそもなぜそれを覚えていないのかもわからないことだった。


「怪人による催眠・洗脳能力で操られた可能性」

『そのような痕跡はありません』

「違法な薬物などの、非異常の手段の可能性」

『私が魔法を許可しません』

望遠鏡スコープ自身が操られた可能性」

『もっとありません。妖精には怪人の能力は効きません』


 様々な可能性を挙げていくが、その度に切り捨てられる。


「では、他の魔法少女による可能性」

『……』


 初めての沈黙だった。


『確かに、妖精には魔法耐性がありますが効かないわけではありません。しかし……妖精が魔法使用を許可しないでしょう』

「だが、可能性はあるんだな?」

『極々僅かです。しかし、否定できないのも確かです』


 神眼トゥルースは歩きながらもしばし思案する。自分の能力が悪用されたとみて間違いないだろう。だが、私は何を調べさせられたのか。危険を冒してでも知りたい情報と、それを得て利益がある存在とは何か。


 昨日までは、そう思索していた。ここまでは先日に望遠鏡スコープと議論した通りだ。そして長い説得の末、魔法使用の許可を得た。

 調査内容は「神眼わたしは魔法で操られていたか」。犯人の情報を直接取得したいのはやまやまだが、それをすると政治的にまずい領域に踏み込む可能性がある。そもそもが年頃の少女だ、十分に安全を期すのは当然の話だった。

 しかし、結果は意外なものだった。


「いいえ」


神眼わたしは非異常な手段で操られていたか」


「いいえ」


神眼わたしは誰かの言いなりで魔法を使用したか」


「いいえ」


神眼わたしは自主的に魔法を使用したか」


「はい」


 信じられなかった。自分の意志で魔法を使用した? わざわざ望遠鏡スコープを説得してまで? そしてその後、なぜ記憶を消した?

 わからないことだらけだった。手に汗が滲む。


神眼わたしは自分で自分の記憶を消したか」


「いいえ」


「では、何によってか」


「記憶は消えていない。『幕がかかっている』だけ」


「では、どうすれば幕を取り払えるか」


「魔法」


「そもそも、なぜ幕がかかったのか」


「魔法」


 どっと汗が噴き出ていた。正体不明の魔法少女が敵対しているなど、悪夢にもほどがある。

 次で最後の質問にしようと思った。これ以上は精神がもたない。


「では、どんな魔法か」


「███████████」


「え?」


「深刻な不具合が発生。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が伝達できません。エラー。情報が……」


 こんな事態は初めてだった。【遍く全て見通す目オールクリア】が使えないことなどなかったはずだ。ましてや、このような不具合を吐くことなど。

 結局、その日に再び魔法を使うことはかなわなかった。数日空けたら使えるようになったが、しかし同じ質問を試す気にはなれなかった。


「つまり、情報を取得できなかったのではない。【遍く全て見通す目オールクリア】で情報を取得することが危険だと認識すべきなんだ」

『なるほど』


 あの日のことを思い出しながら、神眼トゥルースは話す。


「【遍く全て見通す目オールクリア】と極めて相性が悪い知識というべきだろう。どんな質問がアウトかはわからない。質問内容によっては、最悪の場合私にも危害が及ぶ可能性がある」


 この魔法には様々な制約がある。その一つとして、「【遍く全て見通す目オールクリア】自身に関する質問には答えられない」というものがある。「この質問をするとどうなるか?」という質問はできないのだ。


『では、諦めるのですか?』

「いや」


 望遠鏡スコープの質問に、しかし神眼トゥルースは否定で返す。危険な魔法少女が暗躍しているなど、それこそ看過できない事態だった。その目的によっては怪人よりも脅威度が高い可能性がある。

 そもそも彼女は、最初からどこへ向かっていたのか。

 目的の戸を、開ける。そこには多くの受話器やモニターがずらりと並んでいた。


「外線だ」

『確かに、ここは各地の魔法少女棟と連絡を取れる部屋ですが……』


 慣れた手で暗証番号と連絡番号を入力する。


「私の魔法で直接情報を取得するのはまずい。だが外堀から埋めていけば、あるいは」


 線が繋がったのを確認した。ここに伝言を入れれば、彼女は必ず確認してくれる。


名探偵ディテクティブ、仕事の時間だ。正体不明の魔法少女に興味はないか?」


 彼女が頼ったのは【衣装型フォーム名探偵ディテクティブ】。神眼トゥルースとはまた違ったタイプの、情報収集型魔法少女だった。



「羽化するな! 羽化するな! 全ての芋虫は羽化するなあああああ」

「叫びたいのはこっちじゃああああああ! 期末も終わったってのに出てきやがってええええ!」

『由良、由良、周りも見てますから……』

「あやめちゃんもいないからホームで消し飛ばすしかないし! 文字の禍いが降りかかる──」


 長い夏休みが、始まる。

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