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第14話 エピローグ(序)

 私とあやめちゃんは"ゲーム"に勝利し、そして怪人は消えた。

 大丈夫か? このあと上から第二形態が降ってきたりしない?


『まあ、少なくとも当分は出てこねえだろ。さすがに』

「……」

『な、なんだよ嬢ちゃん。俺の顔になんかついてるか?』


 あやめちゃんの妖精、蝸牛シェルは先の怪人を知っているのだろうか。さすがに消滅したからには復活の目は無いと見ていいか。

 しかし、気になることは言っていた。「怪人に死は無い」とはどういうことだろうか。私がせっせと消して回っていたあの怪人たちも、実は生きていて復活の時を待っているのだとしたら。


 ぞくり、と背中を悪寒が走る。もしそうならば、今度こそ殺しつくさなければならない。願わくば全ての怪人を葬り去る。

 それが、この世界に生きる私の唯一の願いだった。


「先輩! こっちです! こっちー!」


 ふとあやめちゃんの声が聞こえるから何かと思えば、その声はプリクラの筐体の中から聞こえていた。怪人の出現位置からは遠かったことと"ゲーム"中は破壊活動がされなかったこともあり、思ったより多くのゲーム筐体が生き残っていた。

 そういえば。写真を撮るか撮らないかのところで怪人が出現したっけ。あんまりこっちの世界のプリクラは知らないけど、前世のと同じならこっからさらに落書きとかいろいろするのか。


 ……え? もしかして続きをやる気? さっきまで怪人と戦ってたのに元気だね、あやめちゃん……。


「ほら、先輩も描いてみてくださいよ!」


 恐る恐る中を覗いてみれば、楽し気にタッチペンでモニター内の写真に落書きをしているあやめちゃんがいた。タッチペンが触れた先から虹色の線が描かれ、それが文字を成していく。なんか勝手に私の頭に猫耳が追加されている。


「時間切れとかないんだ、それ」

「長時間操作されないとスリープモードになるんですよ。その時にお金入れられると撮影モードになっちゃいますけど、そうじゃなければ続きからできるんですよ!」


 ふーん。写真の中には「由良センパイと♡」の文字が。先輩の字は難しいし、こういうのだと潰れるもんね。

 しかし、なんか描けと。いざ言われるとなると思いつかないけど……あ。


「これとかどう?」

「……! 妖精さんですか!」


 当然、その写真にはホーム蝸牛シェルも映っていない。折角だから描き足そうと思い、私の隣に開かれた本の絵を描いたところあやめちゃんのお気に召したようであった。

 何回か描いたことがあるのだろう、あやめちゃんは慣れた手つきでかわいくデフォルメされたカタツムリの絵を描いていった。


「じゃあ、これでプリントしますね!」

「お願い」


 承諾すればあやめちゃんがその指先でモニターのボタンを押し、印刷中を意味する機械音声が流れる。筐体側面の凹みを確認すれば、そこから2枚の写真が出てくるのがわかった。

 写真の中ではあやめちゃんが楽しそうに笑っている。私はあんまりうまく表情を作れていないが、ぎこちないながらもピースを作っている。

 なんかおかしくなってきた。思わず笑いが漏れてしまう。


雪景色スノウドロップ、現場に到着しました! 今すぐ救援します!……って、大丈夫!?」

「あ、雪景色スノウドロップ! もう怪人は倒したよ!」

「え!? たった2人で!?」


 何か聞こえる。蝸牛シェルが呼んだという救援が今到着したのか。だいぶ早い気がするが、しかし怪人は既に討伐している。


「……にしてはいなくない? 怪人が」

「なんか消えちゃってさー。そのあたりも含めて報告するね!」


 雪景色スノウドロップと呼ばれたのは、私よりも背の高い女の子だ。なんかすこしぽわぽわしている。あやめちゃんがタメ口なあたり、同学年かそれとも魔法少女としての同期なのだろうか。

 いや、それよりも気になる言葉がある。


「報告……?」

「あれ? 先輩、もしかして怪人を倒すのは初めてですか?」

「いやー、ま、まあ……」

「被害状況とかは後から調べられますけど、怪人の性質とか戦い方とか、あと弱点とかは魔法少女にしかわかりませんからね! しっかりと報告しないと」


 確かに。ぐうの音も出ない正論だった。いつも一人で戦ってホームで消し去ってたから知らんかった。

 次からはちゃんと報告するか……。


「じゃあまず見た目からね、ヘッドホンがついた画面みたいな怪人で……」



「これで送信、と。……報告完了です!」

雪景色スノウドロップちゃんもお疲れー!」


 最近はすごいねえ。スマホ1台で政府に報告できるなんて。まあ、年齢層に幅のある魔法少女に合わせてのことなのだろう。さすがに魔法少女棟あたりでちゃんとした報告書が作られてるはずだ。


「えぇと……情報災害インフォハザードさん、ですよね」

「はい、雪景色スノウドロップさん」


 じっと見つめられる。なんだろう、全てを見透かされそうで怖い。


「初めての怪人討伐……ですよね。困ったことがあったら何でも相談してくださいね。先輩として、力になります」

「あ、ありがとうございます」


 ああ~~~耳が痛いよ~~~。魔法少女みんないい子過ぎる~~。

 ごめん……本当は何体も怪人倒してるのに新人って嘘ついてごめん……。


 やるべきことが終わったからなのか、雪景色スノウドロップなる魔法少女はゲーセンの出口の方に向かって歩き出した。


「じゃあ、私はそろそろ行きますね。情報災害インフォハザードさん、困ったときは魔法少女棟にぜひ来てくださいね!」

「またねー! 雪景色スノウドロップ!」

紫陽花ハイドレンジアもね」


 気まずさに耐えつつ、なんとか雪景色スノウドロップを見送る。

 気が付けば、もうこんな時間か。いや怪人と戦うのはそんなに時間喰わなかったけど、もともと図書委員とかでだいぶ時間を使ってしまっていた。


 そろそろ帰らないとさすがに親に心配されるな。まだまだ中学2年生だし。


「あー! 今思い出しましたけど先輩、"ペナルティ"は大丈夫ですか!?」


 ……そんなのもあったな。


「大丈夫だよあやめちゃん。怪人を倒したときに全部治っちゃったみたいだから、心配しないで」

「本当ですか……?」

「まあ一応、明日病院には行こうかな」


 こればっかりは信じてもらうしかない。噓みたいに消え去ったのだ。

 恐らくゲーム内のペナルティであってゲーム終了後は全て完治する、という理屈だと推測しているが、一方で「不戦敗時にもペナルティ」と言っていたあたりゲーム外にも影響が及ぶのだろうか。

 考えたら怖くなってきた。ちゃんと診てもらお……。


 ともあれ、ここでお別れだ。確か彼女とは家の方向が逆のはずだった。


「今日はありがとうね。ゲーセンも楽しかったし……怪人も、あやめちゃんがいなかったら倒せなかったと思う。最後の魔法は私もびっくりしたよ」

「ああ……あれは実は咄嗟にできただけなんです」


 ……マジ?


『大マジだぜお嬢ちゃん。俺はあんな魔法知らねぇ。正真正銘、あの時にあやめが生み出した魔法だ』

「ビームも花束ブーケと同じように操れるかもって思って……もううまくできる自信はありませんけど」


 すごいな。少なくとも私はそんな経験ないぞ。戦いの中で成長する主人公みたいだ。相変わらず、アジサイとビームの関連性はつかめないけど。


「じゃあ、【さよう──】」

「待ってください!」


 止められた。腕を掴んでまで止められたが、それが少し震えていることがわかる。


「なんか、ダメな気がするんです。このまま先輩を行かせるのは……嫌です」

「どういう?」

「ほら、言ってたじゃないですか! 私が前に先輩と会ったこと忘れてたって!」

「あー……」


 そうだね。それで追いかけてはるばるこのゲーセンに来たわけだけど。


「あれは怪人のせいでしょ? 倒した今なら大丈夫だよ、きっと」

「違う怪人かもしれないじゃないですか! それに……」

「それに?」


 俯いて黙り込んでしまう。多分、彼女も何が言いたいかよくわかってないのだろう。


「私はもっと先輩と話したいんです。忘れたくなんか、ありません」


 何か、胸を打つものがあった。

 ……まあ、かわいい後輩の言うことなどいくらでも聞いてやろうではないか。


「じゃあ、私はどうすればいいかな?」

「『さようなら』は……いけない気がします。また、忘れ去ってしまいそうな。なかったことになりそうな。だから……『またね』って、言ってくれませんか」

「わかった。その代わり、先輩づけも丁寧語もなしね」

「え!」

「だって魔法少女としては後輩だし。それに──」


 友達でしょ。そう言うと、彼女は顔を輝かせた。

 そもそも、私は先輩などというガラではないのだ。もう少し気安い関係の方がいい。


「は……う、うん。ゆ、由良……さん?」

「えー?」

「由良ちゃん!」

「そう、そう!」


 顔を赤くしながらも、ちゃんづけにしてくれた。いや、改めてちゃんづけされるとちょっと恥ずかしいな。

 だけど、まあ。少々強引だけど、これでむずがゆかった呼び方もいい感じになった。


「じゃあ【またね】、あやめちゃん」

「またね! 由良ちゃん!」


 ここで一つ、無意識に魔法が生み出される。

 【さようなら】は私の、魔法少女としての情報を消す魔法。正確には違うけれども、おおまかにはそう。

 そして、【またね】は──



 そろそろ本格的に暑くなる頃にさしかかっている、初夏の昼。

 十和坂とわさか中学校の校舎に、正午を告げる鐘が響いた。


「もうこんな時間か。では明日までに問題集の78Pを──」


 すぐに教室を出る。問題集のそのゾーンなんて4月に配られたときに全部やってあるわ。それよりも、そんなことよりも大事なことがある。


『別に昼じゃなくても1時限目の終わりとか、それこそ朝でも良くなかったですか?』

「シャラアアアップ!」


 ホームにかまっている暇などない。廊下を走らない範囲で、少し滑稽かもしれない程度の早足で私は歩く。

 目的地なんて……決まってる。


 確か、ここだ、1-Aは。おそるおそる戸を開けて中を覗く。同様に授業が終わったのだろう、昼食の準備をしようとする生徒たちでいっぱいだった。


「ねえ」


 探す、探す。どこだ……。


「ちょっと」


 人が多くて意外と探しづらい。ちゃんと1-Aのはずなんだけどな。


「由良ちゃん!」

「うわあ!」


 背後から急に声をかけられる。振り返ってみれば……いた。 

 見間違えるはずもない。


「あ、あやめちゃん……」

「ね。今度は、ちゃんと覚えてるでしょ? ほら見て、昨日のプリクラ」


 彼女が差し出した小さな写真には、謎の猫耳や、妖精が手書きで描かれていた。

 間違いなく、覚えていた。覚えていてくれた!


「これから一緒に、たくさん話そうね。由良ちゃん」


 そう言ってあやめちゃんが笑いかけると、ほっと力が抜けた。


「ちょっと! 由良ちゃん!? 立って!?」


 私の名前は宇加部 由良。魔法少女、【衣装型フォーム情報災害インフォハザード】で──柴野江 あやめの、友達だ。

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