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第13話 ルール型 その3

「のわああああああああ!!」


 眼前を埋め尽くすミサイル、ミサイル、ミサイル。多少引き付けただけではどうしようもないほどの物量が、私にペナルティを負わせんと迫っていた。

 これにいち早く反応したのはもちろん私だ。シールドをバラバラにさせては同時に壊されるリスクがあると判断。あえて1つに重ねることで操作難度を劇的に低下させる。

 そして二番目に早く反応したのは……あやめちゃんだ。


「【アジサイ……ガード】!」


 そう唱えると先ほどまではビームを出していたいくつかの花束ブーケが、ハニカム模様のホログラムを出現させながら猛スピードでシールドの前方に向かう。もちろん、他の花束ブーケは変わらずビームを放射しているが、残り一枚になって操作しやすくなったのか先ほどよりも軽快に躱している。

 名前から察するに【アジサイガード】は花束ブーケに防御能力を付加する魔法のように思えるが……しかしあやめちゃんの思惑は外れる。


「ダメデス、ダメデス! ソンナズルハ認メラレマセンヨ!」


 ミサイルが花束ブーケをすり抜けるのだ。私の体をすり抜けたのと同じように。

 「攻撃役ミサイルはシールドを壊し、シールドは攻撃役ミサイルを避ける」というルールが最優先されるようだった。この二つに外部から干渉は──できない。

 だから私が何とかするしかない。今この場で考えられた作戦は一つのみ。


 今はシールドを三枚すべて重ねているからそこに向かってミサイルが集まっている状況だ。その重ねたシールドから一枚だけ切り離し、それをミサイルの囮にする。そして残りの二枚を全力で避難させる!

 できれば囮の方のシールドも逃がし切りたいが、それは叶わなかった。私の操作が不適だったか、それともどうしようもない事故だったか。あえなくミサイルのうち一つが着弾し、シールドはいともたやすく壊れゆく。


 衝撃が迸る。


「うおおおおおおお……がっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「先輩!」


 何も聞こえない。今完全に時間が静止したのかと思うぐらい、途轍もない衝撃が全身を駆け巡る。生理の時の不快感を10倍にしたものが一気に来る感じが近いだろうか。ゲーセンへ走ってグロッキー状態になったのなんか目じゃない。立ってもいられず、思わず膝をつく。


「ヨウヤク一枚! ドウデスカ、ペナルティノ味ハァ!」

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……」

「大丈夫ですか、先輩! 先輩!?」


 手が震える。心臓の拍動が聞こえる。冗談じゃない、こんなの何度も受けてたら死ぬに決まってる。

 魔法少女の変身衣装の防御力は絶大で、それは未だに死亡した魔法少女がいないことからもわかるだろう。それすら貫通して苦痛だけを与えるというのが"ペナルティ"の本質か。


 うずくまりながらもあやめちゃんに向かって話しかける。


「だ、大丈夫。ほんとは大丈夫じゃないけど。……できれば、次で決めたい。いい?」

「わかりました。でも、さっきの【アジサイビーム】は蝸牛シェルの分も見切られてました。通用するかどうか……」


 怪人は律儀に待っている。さっき怪人の時にもやってた、ペナルティを受けるための無敵時間だろうか。ならそれが終わるまでに作戦会議は済ませたく、悠長に話している暇はない。


「相手の視線を、誘導する魔法がある。それで気を逸らす。あとは……あなたを信じる」

「先輩……」

「できる?」


 まあ体のいい丸投げなんだけどさ。しょうがない。思いつかない以上、個々人がベストを尽くすしかないのだ。

 私が聞けば、あやめちゃんは真剣な面持ちで頷いてくれた。


「わかりました。あんなペナルティ、これ以上先輩に受けさせるわけにはいきません。次で壊しましょう」


 ごめんね。無力な私を許してね。


「相談ハ終ワリマシタカ?」

「ああ」


 怪人の問いに立ち上がって答えると、怪人は全身の液晶を虹色に輝かせながら歓喜するような身振りを見せた。


「結構、結構。ソレジャア……潰レロ!」


 吠えると同時に、再び壁面をミサイルが埋め尽くす。そして、発射される。

 それを見た私は、さっきと同じようにシールド二枚を重ね、そして左上の隅に全力で動かした。

 作戦は間違っていなかったように思う。ただ、最初に面食らって動きが遅れていただけだ。もう少し最適化されれば完全に避けられる……はず。


『由良。【目立ちたがりの鐘ザ・ベル】はあやめさんの視線も誘導してしまいます』

「うん。だから、使うのは


 最大限までミサイルを引き寄せた後、今度はシールドを離さずに最高速度で避難させる。大きくうねりながら到来するミサイル群との距離は縮まらず、これなら着弾はあり得ない。

 そしてそれと同時に、片腕をあげながら私はある魔法を発動させる。


「【あっちむいて──ホイ】!」


 指さす先は……怪人。いや正しくは、怪人の奥の壁か。

 【あっちむいてホイ】は私の魔法にしては珍しく単体を対象としており、対象にはそちらに向く強制力が働く。

 【目立ちたがりの鐘ザ・ベル】は方向に融通が利かない、そして無差別な代わりに確実に鐘に向かせることができて、生じさせる隙が大きい。【あっちむいてホイ】は強制力はそこまで大きくない代わりに方向に自由度があり、そして無差別でない。一長一短であり、使いようだった。


 もし運が良ければミサイルも誘導できるかと思ったが、やはり軌道は変わらなかった。恐らく怪人が調整できるのは数とか発射タイミングのみで、追尾自体は機械的に行われているのだろう。


 だが私の魔法を受けた怪人は目論見通り──怪人が人間と同じような視界を持ってるかどうかは賭けだったが──真後ろの方を向こうとしており、それに逆らおうともしている。そして明らかに、シールドの動きに歪みが生じている。


 その隙を見逃すあやめちゃんではない。


「【アジサイ!」

『ビーム】ッ!』


 魔法少女と妖精、その二つの叫びが響いたかと思うと全ての花束ブーケから一斉にレーザーが照射される。怪人のたった一枚のシールドを包囲しつくすかのような熱線の群れ。

 これでシールドは逃げられず、あえなく破壊されて終わり。そう思われた。


 が、怪人はまだ諦めてはいなかった。


「イイエ! マダデスッ!」


 シールドの動きが歪んでいたということは、今まで以上に軌道が予測不可能になるという意味もはらんでいた。そのせいで【アジサイビーム】において予測していた目標位置と、シールドが実際に到達するはずの場所に微妙なズレが生じていた。

 本来なら、怪人はシールドをどのように動かしても【アジサイビーム】を避けられない。そのようにあやめちゃんと蝸牛シェルは【アジサイビーム】の照射範囲を調整したはずだ。しかしこのズレのせいで、怪人のシールドが全力で特定の方向へ逃げればギリギリその照射範囲から外れることができる──そういう余地が生まれてしまったのだ。

 怪人はそのズレを誰よりも理解していた。シールドを急発進させることで本来避けようのなかった【アジサイビーム】を避けることに成功していた。


 この怪人は学習が早い。私の【あっちむいてホイ】などすぐに対応してくるだろう。いくらこちらがミサイルを避け切れても、向こうのシールドにもビームが当たらなければ千日手だ。かくなるうえは、ホームを……。

 いや。あやめちゃんの目もまた、諦めてはいなかった。


「あのクレーンゲーム。実は、『アームで押し出す』という技法自体は調べて知っていたんです」

「でも、焦っていて忘れていた。あの時はたまたまできただけで、全力を発揮できてはいなかったんです」

「今は違います。私は……後悔したくない。全力で、今ある力を出し切って、怪人を倒す! 先輩あなたを守る!」


「【反射せよリフレクト】!」


 あやめちゃんがそう叫んだ瞬間、シールドを過ぎ去ったはずのビームが、急速に折り返してシールドのもとに殺到した。

 確かにミサイルにはゲーム上の制約がいろいろあったのかもしれない。シールド以外はすり抜けるとか、一定の角度以上には曲がれないとか。でも、魔法にはそんなこと関係ない。


「バッ、バッ……バカナアアアアアア!!」


 これ以上は避けられない。起死回生の、全くの不意打ちだったこともあって、怪人のシールドは全ての【アジサイビーム】を一身に受け……破壊された。


 終わった……終わった。怪人は体中から煙を出し、液晶も割れ始めていた。とりあえずはゲームに勝ったとみていいだろう。

 先日の第二形態怪人を思い返し、しばし警戒を続けていると怪人はその場に倒れ伏して話し出す。


「コノ屈辱ハ忘レマセンヨ、魔法少女……。未ダコンティニューノ機会ハ残サレテイル」

「あ、そう」

「ソレデハ、再戦リベンジノソノ時マデ、クレグレモ他ノ怪人ニ倒サレルコトノナイヨウニ」

「早く死ねよ」


 あ、つい本音が。


「ククク……怪人ニ、死ハアリマセンヨ。ソレデハ次回ノ対戦マデ、ゴ機嫌ヨウ!」


 そうやって怪人は言いたいことだけ言うと、すさまじい光を放ち……。


『You win! You win! Victory!』


 機械音声じみた祝福の声を上げ、そして消滅した。

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