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第11話 ルール型 その1

 ジューンブライド、確かそんな言葉があったなあ。おじさんにはとんと無縁だったけど。

 魔法少女柴野江 あやめ、【衣装型フォーム紫陽花ハイドレンジア】。恐らく彼女の衣装のモチーフは「紫陽花」「梅雨」「ジューンブライド」なのだろう。紫陽花の花飾り、雲型のイヤリング、そして何より目立つのは薄青のウェディングドレスに似た衣服だ。本物のウェディングドレスほど動きにくそうではないが、しかし、なんか、こう、ね。JCにそれ着せるのはなんかすごい背徳感あるね。


「【ア・ジ・サ・イ……」


 あやめちゃんがそう唱えると直前に召喚した紫陽花の花束ブーケが徐々に光を蓄え始める。私はまず様子見に徹しようとしていただけに、彼女の行動には少し驚くものがあった。

 そもそも、私の魔法があまり戦闘に向いてないのだ。だけど他の魔法少女なら、そこまでは苦戦しないのかもしれない。


「ビーーーーーーーーム】!!!!!」


 瞬間、花束ブーケから極太のレーザーが合計2条放たれる。そのレーザーはあっという間に怪人を狙い撃ち、光で埋め尽くした。

 レーザーは恐ろしい熱量の塊らしく、少し離れた自分にもその熱が伝わってくる。


 これが、魔法少女の力。


 交通三姉妹の魔法も強力ではあったが、半液状の怪人と相性が悪いのもあって圧勝とはいかなかった。どちらかといえば彼女らの真価は戦闘よりも避難誘導。【止まれ】や【進め】を避難者や通行車両にかけて危険から逃がしつつ、怪人には【交通違反】を浴びせかける攻防一体の戦術が得意なのだろう。それであそこまで巨大だった鬼怪人を即死させたのはさすがベテラン上位勢ランカーというべきか。


 対して、あやめちゃんの【衣装型フォーム紫陽花ハイドレンジア】は純然たる戦闘タイプのように感じた。妖精から得て、怪人を倒して練り上げられる魔力。それらを戦闘に特化させるとここまでの出力が得られるものなのか。


 それはそれとして、疑問もあった。


「ところで、アジサイビームって何?」

『……由良』


 ホームの口調はなぜか諭すようなものだった。


『魔法少女が扱う魔法はその衣装型と妖精の気質、そして特に……魔法少女自身の想像力や知識に大きく影響を受けます』

「だいたい理解したわ」


 よし! 何も触れないでおこう!


 エネルギーが尽きたのか、花束から放出される熱線の輝きが徐々に弱まっていき、そして消えた。

 熱線による煙のせいでよくは見えないが、怪人に動きは無い。


「ていうか、外の人間が焼かれてたりしない? これ」

『心配すんなお嬢ちゃん。このレーザーは怪人に当たった時点で消えるエコ仕様。そもそも一般人には害はねえよ』


 蝸牛シェル、といったか。デフォルメされたカタツムリのような妖精が説明してくれた。

 土煙が晴れ、奥の全貌が顕わになってくる……が、熱線をまともに受けたはずの怪人は全くの無傷で立っていた。


「多分ニ情熱的デ結構、結構! ダケドチョ~ットダケ、セッカチサンデスネェ!」

「あぁ……?」

「マダハ始マッテスライマセン! ルールニ即シタ攻撃ジャナイト、私ニハ傷ヒトツツケラレマセンヨォ!」

「何それ! ズルでしょ、ズル!」


 あやめちゃんの言い分ももっともだった……が、私はこの現象に心当たりがあった。

 "ルール型怪人"。通常の怪人と異なり、特殊な弱点を突かないと倒せないタイプの怪人の総称だ。その中には、専用の倒し方でないと傷ひとつつかないものもいる。

 非常に数は少ないが、しかし出現例はいくつかあった。場合によっては【衣装型フォーム神眼トゥルース】や【衣装型フォーム名探偵ディテクティブ】といった解析系の魔法少女の助力を必要とする厄介な怪人だ。場合によっては、"ルール"を利用した回避不能の攻撃を仕掛けてくることもある。ホームを読ませる攻撃ならルールによる防御を貫通できるかもしれないが、失敗した時のリスクが高過ぎる。試すわけにはいかなかった。


 こいつの言うルールとは恐らく、ゲームなのだろう。

 ゲームのクリア、もしくは対戦ゲームで怪人に勝利。そのあたりが妥当だろうか。


「せ、先輩……」

「ゲームをやれば、殺せるんだろう? いいよ、やってやろうじゃないの」

「ヤル気十分、イイデスネェ! 早速セットアップシマショウ! ブラザー、Come on!」

『ヘイ、ブラザー! 参上参上!』


 怪人が宣言したとたん、どこからともかく不気味な人工音声が響き渡る。そしてこれまたどこから来たのかもわからない真っ黒い近未来的な円盤が6枚、不規則な軌道を描いて飛来してきた。

 円盤は怪人とこちらの方に3枚ずつ、別れて飛来すると縦に傾いてゆるやかに揺れながら高度を変えずに浮遊する。それはまるで、円盤がこちらを守るかのようだった。


「ルールは?」

「えっ、ちょっ、先輩!?」

「トッテモ単純! 私ハアナタノ、アナタハ私ノ"シールド"ヲ壊ス! 全部壊レタ方ノ負ケ!」

「ふむ……」

「アナタ方ハ2人! ダカラドッチカガ私ノシールドヲ壊シ、ドッチカガシールドヲ動カス! 攻撃受ケタラペナルティ! 動カス方ガペナルティ受ケル!」

「わかった。シールドとやらの動かし方は?」

「ヤレバワカル! 大丈夫、ゲームハ公平! 直感的ニ動カセルヨ!」


 この怪人の厄介な点は2つある。まずは、そもそも今のルール説明を信用できない点。さっきも「日本のゲーム大好き」とのたまっておきながらゲーム筐体をぶっ壊していた通り、怪人の発言は信用に値しない。

 そして、ルールに守られている以上手出しができない点だ。怪人の発言は信用できないが、【アジサイビーム】を完全に防いだ防御力に関しては本物だというほかない。ゲームの誘いを断ったとしたら、私たちを無視して街に繰り出し破壊活動を行う可能性、そして最悪の場合はあやめちゃん自身を襲う可能性すらある。


 私はどうなってもいい。だが、あやめちゃんが傷つく事態だけは避けたい。

 このゲーム、受けるしかない。


「ゲームを、受ける。シールドを操作するのは私だ」

「なに勝手に決めてるんですか!」


 あやめちゃんに肩を掴まれる。


「別にゲームを受けずに増援が来るまで膠着状態を続けてればいいんですよ! 私の魔法ならそれが可能です!」

『あやめの言う通りだぜ、お嬢ちゃん。あいつの言うことを真に受けちゃいけない』


 カタツムリの妖精にまで説得されるとは思わなかった。これらの言葉には一理あるが……しかし私に共闘はほとんどできない。1人の怪人に複数の魔法少女が対応するのは前提で、その後に魔法の相性だとか戦略だとかチームワークだとかがあるのだ。


 あやめちゃんを守りたい私と、怪人による被害を防ぎたいあやめちゃんでは微妙にゴールが異なるのだ。どうしたものかと頭を悩ませていると、思わぬところから状況を動かす一手が入った。

 ただし。怪人の手によって、悪い方にだが。


「ゲームシナイ? シナイナラ不戦敗! ペナルティーデスヨォ!」

「ペナルティー? 具体的には何なの」

「ソレハシークレット! デモデモ不戦敗のペナルティハ、ゲームヲプレイシテ負ケタトキノト一緒!」

「こいつ……!」

「不戦敗デモ、負ケデモゲームハ終ワリ! 私ハ別ノフィールドデ新タナチャレンジャーヲ探シマスヨ!」


 だめだ。最悪の言葉だ。これでもう私はゲームを受けるしかなくなった。だってこいつはルールによって他者を脅かせる可能性を提示してしまった。そして逃げればペナルティは確定。それが終わればこいつは別の場所で魔法少女をゲームに誘うのだろう。


 怪人は嘘をつくことはあるが、それが人類にとって良い方に作用することはない。怪人が「植林する」と言ったら植林しないが、「壊す」と言った怪人が壊さなくなることはなかった。

 信用できない怪人の言葉を、今は信用するしかない。


「あやめちゃん、これは受けるしかない。私の魔法は攻撃に向いてないから、あやめちゃんは怪人のシールドを壊すことに専念してほしい」

「で、でも……!」

『ペナルティを提示された時点で俺たちゃ受けるしかない。最悪なのは再起不能レベルのペナルティを2人とも受けて、それでこいつに逃げられることだからな。つくづくクソみたいな怪人だぜ』


 なおも食い下がるあやめちゃんを彼女の妖精が引き留める。あやめちゃんは感情では納得していなさそうながらも理屈は理解してくれたようで、渋々ながらも了承してくれた。


「大丈夫大丈夫。私、ゲームは得意な方だったから。ノーミスで回避しまくるよ」

「先輩……」


 これでいい。これなら負けたとしてもペナルティは自分が受けるだけで済む。もちろん、怪人の話を信用するならだが。


「話ハ終ワリマシタカネ! 受ケルノカ、受ケナイノカ!」

「受ける。操作は私、攻撃は彼女だ」

「ソウコナクッチャア!」


 文面としては嬉しそうだが、全く無感情な怪人の声色が不気味だった。


「サア始メヨウ! 3枚ノシールドヲ壊シキッタ方ノ勝チ!」


 怪人がそう言った瞬間、私と何かが繋がったような妙な感覚を覚えた。これは……シールド!?

 わかる。わかってしまう。私は今、シールドを自由自在に扱えると。試しに頭の中で軌道を描いてみると、3枚のシールドは全くその通りに動き始めた。

 クソ怪人、何が「操作は直感的」だ。直感的にも限度があるわ。


「ゲーム……スタート!」

「【武具召喚サモンあなたに捧ぐ花束ブーケ】」


 開始の宣言と共に、両者は攻撃の準備を始めた。怪人の背後からは無数のミサイルがこちらを向いて出現し、あやめちゃんは追加で十数個の花束を召喚する。


 ……どうしよう。ほんとに回避できるか不安になってきた。

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