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第9話 ゲームコーナー その1

「え、え……? どうして……?」


 どうして、というのはこちらのセリフなんだけどなあ。私が友達になったと思い込んでいたあやめちゃんは、数日のうちに私のことをすっかり忘却していたようだった。その視線と表情には、怪訝なものが混じっていた。

 え、マジ? 泣いていいかこれ?


「本当に覚えてないの? ここの入り口で、あやめちゃんがずーっと待ってたの」

「えと……あ、それは覚えてます」

「そのあと公園に行ったり、連絡先交換したり、話したり……したんだけど」


 そうやって思い出させようとしても、あやめちゃんの反応は芳しくない。

 あれだけ丁寧語はいいって言ったのに、戻ってしまっていることが私と彼女の距離を感じさせられているようで嫌だった。


「すみません、それは……わかりません」

「そっか……」


 微妙に覚えているのと表情からして、ドッキリや悪戯だとはさすがに思えなかった。

 となるとガチ忘れとなるわけで……。


「ご、ごめんなさい!」


 あまりの気まずさに耐えきれなかったのか、とうとうあやめちゃんは逃げるように駆けだしてしまった。

 急な出来事に思わず立ち上がってしまう。



「ま、待って!」

「宇加部さん? まだ終わりじゃないですよ」


 つい追いかけようとしてしまったところで、後ろから声がかけられる。図書館の管理をしている司書の新田さんだった。別に厳しい人というわけではないが、どう考えても今のは私が悪かった。ていうかさっきスマホ使っちゃったし。


「す、すみません」

「ごめんね~。もうちょっとしたら受付も私がやるから、それまで我慢してくれる?」


 本当は今すぐにでも追いかけたかったのだが、さすがにそれは憚られた。

 うう、大人の理性と社会性が今だけは憎い。



「あやめちゃんってどこか知ってる!?」

「今日は部活休みですよ。もう帰っちゃったと思いますけど」

「ありがとー!」


 1-Aで情報を得て、廊下を走らない範囲の早足で昇降口に向かう。

 どこだ、どこだ、どこだ……!


『由良』

「何!」

『彼女が由良のことを忘れていた件ですけど』

「うん、わかってる」


 校門を出たあたりでホームが鞄の中から話しかけてくる。

 さすがにあそこまで一緒にいて彼女が私のことを忘れたとは考えにくい。もし何かの理由で興味を失ったり、嫌いになったならばわざわざ今日図書館に来たりはしないはずだ。既読ついてたし。

 つまり疑うべきは、異常現象。この世界の異常現象といえば2つしかない。

 魔法少女と──怪人だ!


「あやめちゃんは既に怪人の魔の手にかかっているおそれがある! 破壊活動をせず潜伏する怪人なんて聞いたことないけど、それしかありえない!」

『いや、あの、由良。その魔法は、あなたの……』


 前の怪人は第2形態なんて持っていたし、最近急に謎の特性を持った怪人が増え過ぎている気がする。そもそもここまで集中して出現するのもおかしいし、何か良からぬことが起こっているようにしか考えられない。


「早くしないと……あやめちゃんが危ない!」

『え、えっと……』


 危機感を募らせた私の発言を前に、しかしホームに緊張感はあまりないように思えた。この緊張感を共有できないことが少しもどかしく、声に感情が出てしまう。


ホームもなんかない!? あやめちゃんが行きそうな場所とか!」

『いや、あー……そうですね。普通なら、自宅なんじゃないでしょうか』

「そこ以外で!」


 自宅なら住所を知らない以上、お手上げである。だからそれ以外の場所でないといけない。

 脳みそをフルで回転させる。先日の会話を思い出せ。何が好きだった? 何が趣味だった? 外出は?

 あ……。


「ゲーセン!」

『確か、クレーンゲームについて言及していましたね』


 学校の近くにあるゲーセンは2つ。スーパーに付属しているのと、純粋にゲーム筐体だけで運営している子供向けの建物。

 どっちかにいるのを祈るしかない……!


 そして、走り出して10分少々。


「かひゅー、かひゅー……もう、無理……」

『……由良は冗談じゃなく運動をした方が良いですね』


 多分、今は酷い顔をしてるんだと思う。息も絶え絶えに、一歩、一歩足を進める。より近いのがスーパーの方だったんだけど、そっちは残念ながら外れだった。だから最後の力を振り絞って少し距離のある本格ゲーセンの方にラストスパートかけたんだけど、これがいけなかった。

 私の運動不足歴を舐めちゃいけない。ちょっと走っただけで汗だくだく、5分程度の休憩が必要になるのにこんなに長い距離(当社比)を走ったらどうなるのか、火を見るより明らかだった。あとめちゃめちゃ脇腹が痛い。痛すぎてもう走ってるんだか早歩きなんだかわからなくなってきた。


「おぇ……しかも、クレーンゲーム1階じゃないし」

『はい、がんばって階段上ってください』

「どお゛じでエスカレーターじゃない゛のお゛お゛お゛お゛」


 文句を言ってもしょうがないのだが、しかし言わずにはいられなかった。無限に思える階段を全て登り切った時、クレーンゲームの筐体の周辺にようやく見覚えのある姿が目に入ってきた。


「いた……あやめちゃん……げっほ! ごっほ!」

「え、誰って……ぎゃあ! 大丈夫ですか!」


 もうマジで一歩も歩けない。そのまま倒れこむと、心配そうにあやめちゃんが駆け寄ってくる。ほ、本当に優しい子。

 床が冷たい。気持ちいい……。


「顔色悪いですよ! どうしたんですか!?」

「大丈夫……走り疲れただけ……」

「とてもそうには見えませんけど」

「ほ、ほら……覚えてないかもだけど……前クレーンゲーム好きだって言ってたじゃん? 私もクレーンゲーム興味あったからさ……やりたいなって……」


 おえー。吐き気をこらえつつ財布を取り出して覗いてみる。


「あ……87円しかないや……」

「そうじゃなくて! 私……覚えてないのに……」

「いいの? 私……勝手に連絡先入れたストーカーかもしれないんだよ」

「ストーカーはこんな目立つ場所でぶっ倒れたりしませんよ!?」


 それもそうか。あー、横になったらちょっと落ち着いてきたかも。起き上がって近くの壁を背もたれに座りこむことにする。


「2年、C組の宇加部 由良って言います……」

「え?」

「覚えて、なくても、さ……。私はあやめちゃんと話せて楽しかったんだよ。だから、もう一度」


 お友達に、なってくれませんか。

 ぜいぜいと呼吸をしながら絞り出したその言葉に、しかし彼女は笑い出した。


「あっ、あはっ、あははははは!」

「どしたの……」


 なまじストーカーの自覚があるだけにちょっと怖いかもしれん。だが、彼女の口調はあくまで軽いものであった。


「い、いや、だってこんな死にそうな顔になって言うのが『友達になってくれませんか』って! 由良先輩、ちょっと面白すぎでしょ!」


 そうか? そうかもしれない。ちょっと今、体力の回復に専念してるからいまいち言葉の理解にリソースを割けないのだ。

 とりあえず、あやめちゃんは無事そうで良かった。ゲーセンを見渡してみるが、周囲に怪人の気配はない。油断はできないが、とりあえず大丈夫そうだ。


 ならば、今は再会を楽しもう。



 疲れた喉に自販機の水がよく沁みる。体が生き返った気分だった。もちろん、後輩に金を借りるという初手最悪ムーブにより心は沈んだが。


「ありがとう、水。お金は来月返すね……」

「あ、はい」

「それで、確かどうしても取りたい景品があるんだっけ」


 クレーンゲームの筐体を見やる。中には、最近人気なアニメのぬいぐるみから家庭用ゲーム機まで様々な景品が並んでいる。この世界のゲーセンにはほとんど入ったことはないが……前世のとだいたい同じなら、まあ一筋縄ではいかないだろう。

 あやめちゃんはその中の一つ、アニメキャラのぬいぐるみを指さしている。


「そうなんです! 『完全犯罪は禁断の恋と共に』……『はのとに』で一番の推しなんです!」


 「はのとに」……ああ、タイトルの助詞だけを抜き出した略称なのか? なんでそんな面妖な略し方をするんだ。


「『はのとに』観てください! すごい面白いので!」

「そう?」

「そ~なんですよ! 犯罪小説好きの美術部員が元殺し屋の顧問の先生に恋をして、追っ手の犯罪者からなんとかして逃げたり隠れたりしながらも愛を育んでいくんですけど、もう本当に2人の絡みが甘々なんですよ!かと思えば追手から先生を隠すシーンはものすごい緊迫感があって! 恋する相手を隠し切りたい主人公とそれをなんとかして暴こうとする追手の頭脳バトルは手に汗握るというか!」


 あ、やばい。これやばいオタクだ。思ったより熱量が高いタイプの。


「一口で二度楽しめるアニメなんだね」

「わかってくれますか!」

「うん」

「それで、このぬいぐるみは最初の追手なんです! も~めっちゃ顔が好みなんですけど、この子も実は先生に恋をしてて! 普段は先生を奪おうとしてくるんですけど、主人公と先生がピンチになった時には颯爽と助けてくれたりして! それが! こんなかわいいぬいぐるみに!」

「取れるといいねえ」

「はい! がんばります!」


 そう言うと彼女は今日の中で一番いい笑顔を見せた後、クレーンゲームの筐体に走り向かっていった。

 「はのとに」ねえ。今度、観てみようかな。

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