「あやめちゃん、来ないなあ」
『来ませんねえ』
「学校内で喋らないで、
あやめちゃんと友達になって早数日。その友情に、自然消滅という名の危機が迫っていた。
「返却ですねー。はい、はい、OKでーす」
差し出された本のバーコードをピッ、ピッとスキャンして返却用の棚に置く。いつも通りの図書委員の業務風景だ。
そう、そうなのだ。あれからずっと、あやめちゃんに会えてない。いや何回か1年A組に顔は出したんだけど、なんか部活やらなんやらで運悪く会えなかったのだ。
「いつ空いてるか聞いとけばよかった」
完全にぼっちの弊害が出ている。仲良くなったらまた会えるやろーって楽観視していた前の自分を殴りたい。
うーん。でもあんまりこっちから押しつけがましいのもなあ。思ったよりも忙しそうだし。こっちから会いに行って「いや私はそんなに友達と思ってなかったけど……」といわれるのが一番キツイのだ。
あれから特に変化はない。あやめちゃんには会えてないし、私は普通に中学生活を過ごしている。月のこの期間は図書ポスターや図書便りの製作に駆り出されることもある。うまいこと顔を出せなかったのはそういう理由もあった。
怪人もここ一週間は出て来てない。怪人に関しては最近が異常だっただけで、一か月に一度でも戦えば比較的多い方なのだ。魔法少女も数が増えてるとはいえ、同じ地域にぼこぼこ湧いて出てこられたら体が保たない。
いや……一つだけあったな。変化。
魔法少女としての変化、いや成長か。私は、魔力を抑えられるようになった。
▽
『では、おさらいもかねて魔力と魔法について説明しましょう』
「お願いしまーす」
ここ数日は、自宅の私室で
……真面目なことを言えば、できる限り私が魔法少女であることは隠しておきたい。そのためにも、魔力を抑えるのは必須事項であった。
『全ての人間が魔法を扱えるわけではありません。なぜなら、魔力への適性が必要だからです』
「ふんふん」
『妖精と契約した魔法少女は、まず妖精から魔力を受け取ります。それを体内で練り上げ、育てていくことでより強く、多彩な魔法を使えるようになっていくのです』
最初は弱くてカスみたいな魔力でも、怪人と戦って経験を積んでいくうちに強くなっていくらしい。それを「魔力が強い」とか、「魔力量が多い」とか呼ぶのだ。交通三姉妹が私のことを後輩と決めつけたのは、私が彼女らを先輩と呼んだこと以上に私の魔力量が関係しているのだろう。
ちなみに、妖精に魔法少女の情報が筒抜けになるのは契約時に魔力が移動するからである。魔力を渡すその反作用のようななにかで、魔法少女の情報が妖精に渡ってしまうらしい。
「で、私それなりに怪人と戦ってるけど。何で魔力量少ないって言われるの」
『それはですね……わかりません』
おい
『確かに怪人と戦うにつれ練り上げられてはいるんです、いるんですが……何故か由良の強化につながらないのです。強化されたとしても、割に合わないほど微弱です』
「えぇ……コスパ悪すぎるでしょ」
『ただ、扱う魔法自体は順当に強化されています。あなたは魔力量のみが少ない、極めて異常な魔法少女です』
そういうの早く言えよ。
「の割に別に息切れとかしないけどね、魔法」
『魔力はゲーム的な"MP"ではないからです。理外ゆえに、それは物量ではない。そしてそんな魔力にはもう一つの姿があります』
「もう一つ?」
『我々妖精の魔力です』
魔法少女が育て上げた魔力と、妖精がもともと持つ魔力。これらを組み合わせることで変身、ひいては魔法使用が可能になると
『怪人の周辺でしか変身できないのは、危険だからです。怪人を殺しうるということは人間はもっと簡単に殺すことができる。そんな力を許可なく振り回させるわけにはいかないからです』
「ふーん。……動画撮影は?」
『特例ですね。魔法少女の価値を社会にPRすることの意義は十分認められています。戦闘中に"動画映え"を意識されては支障が出ますし、そういう場合のみ特別に変身を認めているのです』
なんか違和感というか、言い訳じみたようなものを感じたけど、それがなんなのか説明できないな。一応それっぽいし、言語化できない以上追及できない。
『我々妖精の魔力は魔法少女はおろか他の妖精にも感知できませんが……しかし、人間用に調整されたものなら感知ができます。それこそ、魔法少女にも』
あんまり実感できる話ではないのだが。理外の力である魔力が、人間のためにすこし"理"……こちらの世界に寄ることで常識的な感知が可能になるらしかった。
『魔法少女に変身が必要なのは、『異界の力を身に纏っている』という自覚を促すためです。もちろん、主には怪人の攻撃から身を守る魔力鎧としての意味合いが強いですが……』
「この世界に近づいた魔力なら、ギリギリ
『正しいです』
まあ、理屈はわかった。あとは方法を知って実践するだけだが……。
「実際、どうやって魔力を抑えるのか知ってる?」
『気合です』
「気合」
『そうとしかいいようがありません。そもそも、怪人にバレるわけでもないので基本的には不要な技術ですし。また調整されたとはいえ、あなたたちにとってはまだまだ未知の力。理屈ではなく、感覚で制御するしかないのです』
『変身した方が感覚は掴みやすいはずです。いったんなってみてください』
「いいの?」
『特例です』
安いな、特例。
「文字の禍いが降りかかる
幻の音が眼を隠す
この力は敵を狂わすため
戦う私は【
いつも通りの詠唱を行い、特に問題なく変身が行われる。
「これでいいかな」
『ばっちりです。何か感じますか?』
「むむむ……」
むむむむむ。あるような、ないような……。魔法を使ったらもう少しわかりやすいかもしれないが、さすがに怪人もいないのに使うのは躊躇われた。暴発したら危険だし。
ここから、私の魔力を抑える地獄の特訓が始まったのだ。
▽
「魔力制御、思ったよりいけたわ」
『いけましたねえ』
「シャラップ!」
別に毎日数十分、それを数日で全然制御できるようになった。地獄ってのも嘘です。もしかしたら魔力が少なくて制御しやすかったのかもしれない。途中で母が部屋に入りそうになるアクシデントとかもあったが、なんとかやり通せた。
変化といえば本当にそれくらいなのだ。せっかくあやめちゃんと友達になれたと思ったのになあ。友達になったからにはカフェに行ったり、くだらない話をしたり、夜遅くまで通話をしたり……。
通話、通話……?
あーーーーーーー! 連絡先! 確かチャットアプリのアカウントを教えあったはず!
チャット使う相手なんて家族しかいなかったから全然意識してなかった!
立ち上がりたい衝動を抑え、辺りを見回して受付に用事がある人がいないことを確認。こっそりスマホを取り出してチャットアプリを起動する。
「『図書委員の仕事してます。良かったら来てね』……と」
打ち終わったらサッとスマホをポケットに隠す。一応仕事中だからね。最低限にしないと。
これで少なくともいつかは返事が来るはずである。既読無視されたらどうしよう。さめざめと泣くしかない。そしてその涙がいつしかは大きな海となり、私は全ての生命の母となるのだ……。
脳内でくだらない詩を作っていたら、ふと入口の自動ドアが開いた。入ってきたのは、ウェーブがかった癖っ毛の……。
「あやめちゃん……!」
「え……え!?」
来た、来た! ほんとに来た! 私があやめちゃんに向かって手を振ると、どこか不思議そうな表情をしながらこちらに近寄ってきた。
でも変だな。どこか表情に陰があるというか、困惑の色が強いというか……。
「え、えと……もしかして、あなたですか? あのチャットの人って」
も、もしかして私……忘れられてるの?