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第7話 紫陽花の魔法少女 その1

 人には様々な顔がある。家族に対して、友人に対して、先輩に対して、後輩に対して。先生に対して、上司に対して、部下に対して、恋人に対して。場面に応じた口調や振る舞いを使い分ける。

 「取り繕う」などという言葉があるけども、その取り繕った自分さえも"本当の自分"だと私は思っている。なぜなら、内心は人には見えないから。行動こそが他人から見える自分を形作っていく。そこに仮面などなく、ただ自分の素顔だけがある。


 まあ、要するに、何が言いたいかというと。TS転生魔法少女おじさんであるこの私 宇加部 由良も、いつもはごく普通の女子中学生をやっているということだ。


「これお願いします」

「はい、はい。3点ですね。来週までに返してくださーい」


 八島区立十和坂とわさか中学校、というのが私の通っている中学校である。名前の通り普通の公立の共学校である。校風? 知らん。適当に通ってるだけだし。

 んで、今は昼休み。私はいつも通り、図書委員の仕事である貸出業務に勤しんでるというわけである。


 別に本は嫌いではないし、委員会には必ず入らないといけない。入ってもいいかな、と思えるのが図書委員ぐらいしかなかったというだけの話である。放課後特にやることもないのでこの業務も大して苦痛ではない。人生2周目なおじさんはのんびり気楽にいきたいのだ。

 さっき校風は知らないと言ったが、ひとつだけ知っていることがあった。この学校の図書館は、けっこう居心地がいい。そもそも、図書「室」でなく「館」な時点でお金をかけていることが分かる。公立でこれ、ってこの世界的にはどうなんですかね。前世の中学は確か図書室だったからなかなかどうしてワクワクするものだ。


 ま、中学で図書館に来るような生徒など大して多くはない。めちゃめちゃ本が好きな生徒が日常的に来る以外は、課題やらなんやらで必要な時にしか来ない生徒が大半だ。だから、このぼーっと過ごせる時間を私は割と気に入っている。気に入っているんだけど。

 なんか、いるんだよな。図書館の入口で、こっちをずーーーーーっと見ている女の子が。ぱっと見1年……だと思う。私は2年だし、帰宅部なのでこれといった面識はない。そもそもぼっちだし。

 本当になんだろうね。私と彼女の間に誰かいる訳でもないし、後ろを見ても壁が広がってるだけだし。


 実を言うと、今日が初めてのことではない。たまになんとなーく視線を感じることはあり、それが徐々に確信に変わっていった。ああ、この子が見てるんだな、と。用事があるなら向こうから切り出すはずであり、しかし一向に来ないのでもうそういうもんかなと思っていた。

 たださすがに今日は露骨すぎる。しかも、そこに立たれると図書館に入るとき邪魔すぎるし。

 しょうがない。私は彼女に向かって軽く手招きをして呼び寄せる。


「気づいてたんですか」

「バレバレだよ。あそこ、邪魔だからあんまり立たないようにね」

「あ……すみません」


 そう言うと彼女は少し頭を下げる。すごい良い子じゃん。ちょっと強めの口調で注意したのを早くも後悔していた。私のメンタルは無駄に長く生きてきたくせに繊細です。


「それで、どうしたの」

「あの、えっと……お茶しませんか!?」

「……いいけど、委員会コレ終わったらね」


 どうしよう。ナンパなんて生まれてこの方初めてであった。


 私がナンパされたという奇妙な事実は噂となって図書委員中に広まり、見知らぬ図書委員が仕事を代わってくれた。意味がよくわからないが、まあ彼女を待たせなくできたのでよしとしよう。

 1年の女の子はその間ずっと図書館で本を読みながら待ってくれていた。なんなんだろう。ここまでされる何かがあったかな?

 図書館を出て、何故か歩かされることしばし。聞いても「ちょっと学校の中はまずいので!」としか言ってくれない。どうしよう……なんか悪いことの片棒担がされたりなんて、しないよね? 路地裏に連れ込まれたりとかしないよね?


 が、もちろんそんな不安は杞憂で。いったん近くの公園のベンチで話すことになった。


「初めまして! 私、1年A組の柴野江しばのえ あやめといいます!」

「あー……2年C組の宇加部うかべ 由良ゆらです」


 互いにそう挨拶すると彼女は私に微笑んだ。おお……光の笑顔……。

 癖っ毛なのかウェーブがかった髪がかわいらしい。アニメが好きなのか、鞄には最近人気なキャラクターを模したキーホルダーがさがっている。

 別にアニメ好きを公言したことは無いし、そもそもアニメはそんなに見ないし……本当になんだろう。


「それで、私に何の用があってわざわざ?」

「単刀直入に言います。先輩、魔法少女ですよね?」


 ……。


 …………………………………………………………。


「えぇ!?」

「うわぁ!」


 しまった。あまりにもびっくりしすぎて大声を出してしまった。


「え、え、え、え、え、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで」

「やっぱりそうだったんですね……いや、そんなビビらなくてもバラしたりしませんよ」


 あまりにも私の表情が真に迫っていたのか、ガチトーンでフォローされてしまう。先輩の威厳は既に地に落ちていた。


「まあ、殊更に公言してないだけで隠しても無いからいいけど。周りに魔法少女いたことないからびっくりしちゃった」

「あはは、そうだったんですね。私も同じです。なかなか話せる相手がいなくて、つい」


 額に流れた冷や汗を拭う。


「てことは、もしかして」

「はい! 私も魔法少女……【衣装型フォーム紫陽花ハイドレンジア】です!」


 そう彼女は宣言して立ち上がった。「しゃきーん」と口に出してポーズまで構えてくれる。かわいいなあ。

 どうやら、同じ話題を持つ仲間が学校にいなくて寂しかっただけのようだ。最初はナンパされてびっくりしたけど、なんてことはない。私が魔法少女を苦手なのは共闘とか共闘とか中身おじさんが恥ずかしげもなく変身するとか共闘とかそういうところであって、別にこういう場面で話すぐらいなら全然問題ない。あんまり多いと嫌だけどね。


「じゃあ、今日からお友達だね。あやめちゃん」

「……あっ、ありがとうございます先輩!」

「先輩も敬語もいらないよ~」


 感極まったように肩を掴まれる。そんなに寂しかったのだろうか。それとも元気が有り余っているのだろうか。どちらかは知らないが、もう少し早く話しかければよかったなと思った。


「じゃあお茶しましょうお茶! 私、おすすめの場所あるんです!」

「あ……今200円しかないや」

「え」



 正確な残金は217円であった。


「いや、そうじゃなくて! そんなにお小遣いもらえてないんですか!?」

「敬語いらんて。別にもらえてないんじゃなくて、私が散財するだけ」


 まあそんなんじゃ良くてドリンクしか頼めねえよということで、向かった先が魔法少女棟であった。魔法少女がワラワラいそうであんまり近寄りたくないけど、背に腹は代えられぬ。

 ここならほとんど無料で使える食堂があるので、そこで適当に安っぽいデザートを頼むことにした。


 魔法少女棟。最近建てられた建物であることと、そして超重要な存在である魔法少女を支援する建物なだけあってかなり清潔かつ手入れがされているのを感じる。これは魔法少女の溜まり場になるのも納得である。

 1階のごく狭いフロアは一般開放されているが、そこ以外は魔法少女の認証が必要である。偽証の防止のため、そして契約したばかりで国から認知されてない魔法少女でも利用できるようにここでは独特な認証の仕方が採用されている。


 それ即ち、魔力探知。正確には「魔力によって歪められた生体電磁波」らしいのだが。魔法少女なら体から必ず発せられるそれを、専用の精密機械で探知しているらしい。妖精も似た理屈で判別しているのだが、電磁波の形が違うのでそれぞれ違うボックスに入れられて探査される。検査自体は一瞬だから、


妖精を預けて歩く→ボックス内で立ち止まる→ドアが閉まる→検査される(1秒ぐらい?)→奥のドアが開く→そのまま進む→妖精を返してもらう


で良い。まあ見たらSAN値チェック不可避なうちのホームをあやめちゃんになるべく見せないようにするのは大変だったが。魔法少女には妖精の姿は(たとえ非変身時でも)見えてしまうのだ。


 頼んだチョコレートケーキを頬張りながら雑談に興じようとしたのだが、あやめちゃんの反応はあんまり良くなかった。


「散財って……何に?」

「えーっと、大体パフェとかCDに消えるかな。あとサブスク。8割ぐらいパフェだけど」

「パ、パフェ魔人」

「なんだその目は」


 失礼な。とりあえず暇なときはカフェに寄るだけである。まあそれで金欠になるんだけど。


 ちなみに魔法少女は儲からない。怪人を倒しても討伐報酬みたいなのは出ないためだ。一応月給みたいなのは出るけど、当然のごとくうちは両親に管理されてる。

 理由はいくつかある。1つは、予算のうち大半をこの魔法少女棟のような支援事業に費やしていること。もう1つは、思春期の少女に急に大金を持たせたらどうなるかわかりきってること。そして最後に、「より多く怪人を倒している魔法少女の方が偉い」といった価値観を作らないためだ。金に目がくらんであわや大怪我、なんてことは誰も望んでいない。直接的な給付は多くないが、代わりに年金や奨学金返済の免除といった制度で間接的な恩恵を受けている。

 「共産的すぎる」「魔法少女に適切な報酬を」みたいな批判はあるにはあるが、さすがに私も現状の方がいいと思う。お金はもっと欲しいけどね。1000億円非課税で寄こせ。


 本当にお金が欲しいなら配信業とかもやる必要がある。あれなら妖精の監査が入る代わりにちゃんと広告収入がダイレクトに貰えるからだ。もちろんあっちはあっちで厳しい世界だから、生半可なコンテンツでは登録者数は増えないだろう。明らかにめんどくさそうだから私はやりたくない。早く1兆円非課税で寄こせ。


「じゃあ来月! 来月私と一緒にパフェ食べよ!」

「いいよー」


 ぱあ、とあやめちゃんの顔が明るくなる。さっきから表情がコロコロ変わるので見ていて面白い。……あ、このチョコレートケーキ意外とうまいな。今度から魔法少女棟にも寄ってみるか。金かからんし。


 いや、そうではなく。あやめちゃんには聞きたいことがあるんだった。


「ねえ、どうして私が魔法少女だってわかったの?」

「だって由良ちゃんの魔力だだ漏れだもん」

「だだ漏れ……」


 あまりに嫌な響きだ。


「怪人にバレるわけじゃないから気にしてない子も多いけど、魔法少女で気づく子はそこそこいるよ」

「へぇー……」


 その後も、いろいろな話をした。憧れの魔法少女の話。厄介だった怪人の話。報告や後始末が大変だった話。つい最近やった体育祭の話。

 あぁ、友達とはこういう感じだったなあ。私も久しぶりに、誰かと交流して楽しいと思えた。


「そう、だから次こそはあのクレーンゲームにリベンジしたいの!」

「ふふふ、なるほどね……そろそろ日も沈むし、帰ろうか。確か家は反対だったからここでお別れかな」

「あ、あの!」


 食堂の席を立つと、あやめちゃんが呼び止めてくる。


「どしたの?」

「今日は、ありがとう。その……由良ちゃんってなんかミステリアスっていうか、孤高って感じでなかなか話しかけられなかったけど……」


 それぼっちなだけやで。


「でも、今日話せてよかった! またね、由良ちゃん!」

「うん。【さようなら】、あやめちゃん」


 かくして、魔法少女棟を出る。今日は楽しかったな。また明日、会えるかなとのんきに考えていたのだ。

 言い訳をさせてもらうなら、この時の私はまだ知らなかった。


 私が変身しなくても魔法を使えること。そして、無意識に魔法を使っていたことを。

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