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第6話 魔法少女による怪人対策会議

 日本の中心、京代都。その某区にあるとある魔法少女棟。

 図書、食事、療養、カウンセリング……ここではあらゆるサービスが魔法少女のためだけに展開される。公共建造物という名目のために、そのごく一部は一般にも開放されている。しかし、ほとんどの施設は魔法少女専用のものである。

 思春期の難しい年頃で、自らの身体を戦地に投じるのだ。多くの魔法少女は、同じ立場の少女らとその苦難を分かち合う必要があった。


 だが、それだけではない。魔法少女棟では、日夜怪人への研究と対策が彼女ら自身の手によって独自に行われていた。魔法のことを人間の中で一番よくわかっているのは、魔法少女ら自身である。どういう怪人がいたか、どういう能力を持っていてどういう魔法が有効だったか……そういった現地の情報は彼女らにとって欠かせないものだった。

 そういった会議や議論にはもちろん全員が参加できる。しかしそれとは別に、一部の上位勢ランカーのみによる会議もまた存在していた。集まった情報をまとめて他の地区の魔法少女に共有したり、政府への報告書を作成したり。そういった特殊な会議はメンバーが厳選される傾向にあり、一部の魔法少女はそのような会議に参加できるような立場を目指していた。


 【衣装型フォーム雪景色スノウドロップ】もその一人である。彼女は比較的新参者ながらも丁寧に、慎重に訓練と実績を積み上げていった。そして今回、晴れて上位会議の人員として招かれたのであった。

 もう、会議室は目と鼻の先だ。魔法少女【衣装型フォーム雪景色スノウドロップ】は緊張しながらも臆せずにその戸をたたいた。


「どうぞ」

「は、はい! 失礼します!」


 明瞭なる声が許可を示し、それに従い彼女はドアを開ける。

 壮観だった。ランキングで見たことがあるような上位の魔法少女が多く見受けられた。全国レベル……はさすがに少ないが、地区レベルで非常に有名な魔法少女はほとんど知っている。なんどもテレビに出ているタレント的魔法少女や、動画サイトで一定の人気を博している配信者的魔法少女もいた。常日頃から親しくしておりつい先日も救援に向かった交通三姉妹の姿も見えて、雪景色スノウドロップは少し安心した。


 そして中央、その最奥に座っているのは怪人撃墜数、第10位。【衣装型フォーム神眼トゥルース】であった。魔法少女の中でもトップクラス。憧れ中の憧れ。そのような存在が目の前にいた。

 【衣装型フォーム神眼トゥルース】は最古参の魔法少女の1人で、単体の戦闘能力は低いが怪人の特性や弱点を見抜くことに優れている。他にも支援系の魔法に長けており、魔法少女界隈の中では大黒柱の1人として注目を集めていた。

 神眼トゥルースは写真や映像で見るよりも神々しく、後光がさしているように見えた。いや、そんなことよりも酷い失態に雪景色スノウドロップは気が付いた。


 多くの魔法少女がいるということは、新人にもかかわらず遅刻をしてしまったのではないか……そのような不安は、他ならぬ神眼トゥルースが払拭してくれた。


「あまりにも多くて驚いたかい? それはね、君がこの会議に招待されたと聞いて、皆が祝おうと早く集まってくれたからさ。心配せずとも、君は遅刻なんてしてないよ」

「おめでとー!」

「おめでとうございます、雪景色スノウドロップさん」

「いやー私はさ! もうそろそろだって前から言ってたんだって!」

「君の活躍は知っている。招かれるのは、時間の問題でしかなかった」


 驚いた。会議はもっと、厳格に冷酷に進行するものだと思い込んでいたからだ。いや普段の会議はそんなことはないが、「上位勢の会議」と聞いてなんとなく雪景色スノウドロップは悪の組織がやるような、フードで顔を隠しながら肘をついてやる会議を思い描いていた。

 雪景色スノウドロップの漫画的偏見はともかく、実際は他の会議と同じく温かなものだった。


「君の席は……そうだな、月光ルナの隣に座りたまえ」

「ここですよ、雪景色スノウドロップさん」


 長身の穏やかそうな女性が手を振ってくる。当然ながら魔法少女らは変身はしてないのだが、魔法を扱う同志としてなんとなく衣装型フォームと本人は結び付けられた。あからさまにそれっぽいアクセサリーをつけてくる少女もいた。

 雪景色スノウドロップがおずおずと、お辞儀をしながら月光ルナの隣の席に座ったのを見て神眼トゥルースは再び口を開いた。


「では、全員集まったことだし早めに始めよう。第52回、都東部代表会議を始める。主宰兼司会はこの私、神眼トゥルースが務めさせていただく。書記は砂塵嵐サンドストームだ」

「よろしくお願いします」


 神眼トゥルースの隣にいるギラギラしたファッションの女の子が軽く頭を下げる。明らかに会議に向いた格好には思えないが、しかし誰も咎めないあたり、会議を妨害しないならその他の要素は問わないのだろう。実際、書記に任命されているあたり信頼されていることがうかがえる。


「最初の報告は神眼わたしからだ。内容が内容だしサクッと済ませるが……ああ、議題提示や報告は初参加の雪景色スノウドロップにもわかるように説明すること」


 神眼トゥルースの発言によって一瞬だけ他の魔法少女の意識がこちらに向いた、と雪景色スノウドロップは感じた。そうだ。彼女らは真剣にこの会議に参加している。押しつぶされないようにしないといけない。


「続けるぞ? 最初の報告は匿名の魔法少女についてだ」

「匿名……?」


 小さく疑問の声を上げたのは雪景色スノウドロップの隣にいた月光ルナだった。内容は細かく聞かないといけないが、別に匿名の魔法少女は多くいる。政府に隠すわけにはいかないが、匿名を希望した場合は一切のメディア露出を避けるシステムはきちんと機能していた。匿名の度合いはさまざまで、「テレビなどの顔出しだけNG」という子もいれば「他の魔法少女にも知られたくない」といった子もいる。前者はともかく後者の子は情報や協力の観点からなるべく交流を持つように言われたりするが、しかし本人の意思を動かすのは難しい。最悪の場合、安全性から引退を勧められることもある。


 別に魔法少女は生涯現役、死ぬまで拘束されるシステムではない。本人の希望によっていつでも辞められるシステムだ。合わないと思ったら辞めるのが本人のためであり、社会のためである。冷たいことを言えば、無理に続けて死亡事故が起こった方が大きな問題になるのだから。


 閑話休題。そういった匿名の魔法少女に関する報告とは何だろう、と雪景色スノウドロップも思った。匿名の魔法少女全般に関するものであろうか。それとも、「魔法少女にすら関わりたくない」といった孤独な存在についてのものなのか。月光ルナの呟くような疑問を受けて、神眼トゥルースは説明を続ける。


「そう、匿名の魔法少女だ。ここ最近、八島区周辺では不明な『怪人討伐事件』が相次いでいてね。誰も、名乗りを上げないのだよ」


 神眼トゥルースはそこでいったん話を切って、ちらりと雪景色スノウドロップの方を見やった。


「君たちも知っての通り、我々魔法少女には妖精……正確には『魔法契約主体』がついており、我々の怪人討伐業務を全面的にサポートしてくれている。もし怪人が討伐された場合、誰が倒したか、いつ倒したかなどの状況が妖精内で共有されるはずなんだ」


 そこで雪景色スノウドロップ神眼トゥルースの意図を察する。私のために、おさらいがてら基本事項を説明し直してくれたのか。


「でも、八島区周辺の怪人の一部についてはそのような情報すら上がってこない。匿名希望じゃない、本当に匿名……いや、不明な魔法少女がいる」

「質問がある」


 手を上げたのは【衣装型フォーム赤信号レッド】の少女だった。


赤信号レッドの質問を許可する」

「魔法少女以外の要因による無力化の可能性が残っている。例えば……自滅」


 確かに、魔法少女が倒すから共有されるのであって、それ以外の原因で怪人が討伐されたら記録には残らないのではないか。そもそも、怪人が無力化されたら何らかの方法でその情報は拡散されるのではないか。赤信号レッドの考えは的を射ているように思えた。


「他にも、異常な怪人の場合も考えられる。怪人が何を目的としているか、未だによくわかっていない。仲間割れをしたり、『怪人を滅する怪人』がいても否定はできない。……そのような可能性は?」

「無い」


 違和感のようなものを雪景色スノウドロップは覚えた。しかし、それが具体的に何かは言語化できなかった。


「八島区周辺の怪人討伐事件。あれは、魔法少女によるものだ」

「それは……そうだな。魔法少女のはずだ。申し訳ない、混乱していたようだ」

「構わないよ、赤信号レッド。質問や意見は忌憚なくしてくれないと会議の意味がない。他に質問は?」


 何か、何か気持ち悪いはずなのに、それがなんだろうと探ろうとすると思考が霧散する。妙な感覚だった。なんだろう、なんだろう。それを求めて思索をめぐらすうちに、とうとう雪景色スノウドロップは違和感の存在すら忘れてしまった。


「では説明を続ける。この奇妙な事件について、私は自らの妖精……望遠鏡スコープと交渉し、この事件の調査についてのみ変身して魔法を使用する権限を得た」


 パチン、と神眼トゥルースが指を鳴らすとまるで瞬間移動したかのように机の上に望遠鏡が出現した。


『例外的な事項ですが、不明な魔法少女、ひいては妖精が隠れているのは我々にとっても不利益です。神眼トゥルースの魔法が捜査に適しているのもあり、我々は調査のための魔法使用を許可しました』


 不思議な声色だった。ほとんどの場合、妖精は自身の魔法少女としか話さない。他の妖精の声を聴くのはどこか新鮮だった。だが、雪景色スノウドロップはどこか不穏な雰囲気を感じてもいた。


 そして、それは的中する。


「調査の結果、私たちはこの『怪人討伐事件』について調を決定した」


 室内に少しのどよめきが現れる。


「はい!」

影絵ブラックの発言を許可する」

「なんでですか!」


 明朗快活な発言は中学生くらいの少女によるものだった。そして彼女は、この場にいるほぼすべての魔法少女の意見を代弁してくれた。少々、おおざっぱだが。


「それは言えない。が、調査を続けて正体を暴く方がリスクが高いと判断した。再三言うが、それがなぜかは説明できない」

「そのリスクとやらに抵触するからですか!?」

「それも言えない。君たちも、この事件について触れまわったり、独自に調査するなんてことはしないでくれ。危険だ」


 まあ、それは無いと思うがね。という呟きを影絵ブラックの少女は聞き逃さなかった。


「もちろんここまで言われたからには誰も迂闊な真似はしないと思います! でも、今の神眼トゥルースちゃんの言葉はなんか含みがありました!」

「ああ……そうだな。すまない、あまり良くない言い方をした」


 ちゃんづけって……と雪景色スノウドロップは思った。しかし言ってることは正しいし、思ったことをズバズバ言うあたりは会議の姿勢としては正しいと思えた。彼女もまた、会議に選ばれた数少ない代表者だ。

 そんな影絵ブラックの歯に衣着せぬ物言いにも、神眼トゥルースは動じなかった。動じずに、今日の会議で最も恐ろしい言葉を吐いた。


「この報告を会議でしたのは、今日で3回目だ。しかし皆、この事件については綺麗さっぱり忘れていた。政府にも2回報告をしたが……この件についてのみ、未だ返事が無い」


 意味が分からなかった。自分は初参加だからいいとしても、周りを、周りを見ても誰も何もわかっていない様子だった。

 しかし、神眼トゥルースは淡々と報告を続ける。


「議事録にも残らなかった。砂塵嵐サンドストームが書き留めていたのは、この私も目で確認したはずなんだがね。事件の性質から鑑みて、これ以上情報を共有することすら危険な可能性がある。それで、決を採りたいのだが……」


 誰も、何も言えなかった。誰かが生唾を飲む音すら聞こえる。神眼トゥルースがこの重要な会議で、このような冗談をいう性格ではないことは誰もが重々承知していた。

影絵ブラックすら、いや理解力の高い彼女だからこそ神眼トゥルースのことをおそろしげに見ていた。


「多数決だ。次の会議でも、私はこの情報を共有すべきか? 『共有すべき』と思った者は手を挙げてくれ」


 満場一致で、神眼トゥルースの案は否決された。この会議を最後に「不明な魔法少女」が議題に上ることはなかった。そして、そのことを気に留める者も……じきに、居なくなった。


「決まりだな。次の議題は──」

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