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第5話 「いない」魔法少女 その3

「加勢遅れて本当に申し訳ございません先輩方!」

「え、ええ……助かりますわ」


 第二形態と化した漆黒の怪人のパンチから黄色い魔法少女を助けたのはいい。が、誰もいない街路樹から飛び出したせいでめちゃめちゃ怪しまれてる!

 特に赤い人はその鋭い目でこちらを見つめてきてる。しかし、彼女らは私を怪しむことも、責めることもしなかった。


「君のことは私たちが命を懸けても守る。我々が陣形を組み直す間、衣装型と主な戦法を教えてくれ」

「衣装型は情報災害インフォハザード。視覚や聴覚などから相手を幻覚にハメる魔法を使うため、先輩方にもかかってしまいます」

「なるほどな……」


 かなり簡潔に説明したつもりだったが、その間にも彼女らはフォーメーションを立て直してしまった。見たところ、赤い人が長姉役であり司令塔なのだろうか。


「既に増援は呼んでいるが、魔法少女棟との距離的に5分はもたせないといけないだろう。君には補助を頼みたい。私が合図をしたらさっきの"鐘"で怪人の注意を引いてくれ」

「わかりました」


 【目立ちたがりの鐘ザ・ベル】の効果は既に切れて、怪人は既にこちらに向かって進行を続けている。

 細かい打ち合わせをしている時間はないと判断したのだろう。私の魔法の中で唯一判明している【目立ちたがりの鐘ザ・ベル】のみを使って作戦を立ててくれているのだ。本当に、本当に頭が上がらない。


「心配なされなくても大丈夫ですわ、もう油断はしませんもの。【武具変換チェンジ標識シンボル】──【円形交差点ロータリー】!」

「【武具変換チェンジ標識シンボル】──【一方通行】!」


 赤い人が説明している間に他の黄色い人、緑の人は何やら彼女らが持つ標識記号を変化させていた。恐らく記号にまつわる魔法効果があるのだろうが、この標識は……?


「1人増エテモ関係ナイヨオオオオ」

「さあさあさあ怪人よ! あなたは『ここにあるはずの円形交差点ロータリーを歩く』のです!」

「そして『一方通行』! お前は止まることも、引き返すことも許されない!」

「何ダ、足ガ勝手ニ……!」


 指定された領域を、ぐるぐると歩き回りはじめる怪人。怪人のパワーが抑えられないから方向だけでも制御しようとしているのか。だが、怪人はさっき「停止魔法」を完全に突破している。それに怪人が気付けば、もう抑える手段はない。現に、怪人は指定された【円形交差点ロータリー】を徐々に無視し始め、足を無理やりこちらの方に向けてきている。

 スピードが、違い過ぎる。最初の鬼のような形態の怪人のときとは比べ物にならない。あれでは殴るどころか、近づくことすら不可能だ。うかつに【進め】のような魔法を使ったらそのパワーがどこに行くかなど予想できようもない。


「魔法少女、殺ス! ダッテコーヒー好キダカラアアアアア」

「今だ後輩! 鐘を!」

「【武具召喚サモン目立ちたがりの鐘ザ・ベル】!」


 あわや怪人が突進しかけた瞬間の合図で、再び鐘が鳴り始める。例え効果を知っていても、経験があろうとも必ず最初は見てしまう、魔性の鐘の音が辺りに響き渡る。当然これは3人の魔法少女先輩にも効果が及ぶが、来るとわかっていた彼女らと心の用意ができてなかった怪人とでは、効き目の差は歴然だった。現に彼女らは一瞬だけこちらを見たがすぐに怪人の方に向き直っている。対して、怪人は鐘に目を向けて完全に停止してしまう。そこに、赤い人の魔法が襲いかかる──!


「【武具変換チェンジ標識シンボル】──【現在工事中アンダーコンストラクション】。貴様が立っている場所は、『工事中』になる」

「アアアア!? 地面ガアアアア!」

「そして貴様……『円形交差点ロータリー』も『一方通行』も無視したな。当然、【交通違反】だ」


 突然、怪人の地面が急激に液状化しバランスを崩していく。それでも怪人はもがき、何とか脱出しようとするがしかし謎の力が加わったかのように不自然に沈んでいく。


「半液状の貴様に【交通違反】で打撃を加えても仕方がない。だが、上から抑えるだけなら簡単だろう?」

「オノレ……魔法少女オオオオオオ」

「私たちの魔法ではお前を殺し切れんから、増援の魔法少女に頼むことにする。……代わりに、地形に被害を与えることになってしまったのが残念だがな」


 既に、怪人は首より下を完全に道路の下に埋めてしまっている。未だ「工事中」は効いているため、怪人の埋まっている周囲の地面だけ液状化しており脱出は容易ではないだろう。まさに完封といった様子だが、しかしこちらからも手出しはできないらしい。


「あの……倒せないんですか?」

「私たちの魔法では『動かないことに対する【交通違反】』は作れない。なぜなら、車両や人間は止まっているときが一番安全だからだ」

「鬼のような怪人のときの魔法は、少し条件がいるんですの。具体的には青信号おねえさまの魔法が必要なのですけれど、この状況で進ませることはできないので難しいですわ」

「増援の方は、果たしてこの怪人を倒せますかね」

「わからんな。状況が状況だし、性質的に単純な打撃ではあまり効かないだろう。うまいこと相性がいい魔法少女が来てくれることを祈るしかないな」


 あと数分で増援の魔法少女が来るはずだ。しかし、その子で決着がつくかはわからない。言い方的にも、あの怪人が第二形態になる前に呼んだっぽいし。

 対して、あの怪人は今度は不気味に沈黙を保っている。第三形態があるのかはわからないが、とにかく不穏だ。


 なら、私がやるしかない。加勢が遅れたせめてもの罪滅ぼしに、彼女らが安全に帰れるように。私が、あの怪人を完全に殺す。


「私がトドメをさします。危ないので先輩方は少し……いや、かなり離れて、目を閉じていてください」

「無茶だ」


 赤い人が制してくる。


「君の魔力は少ないし、そもそも衣装型的に向いているとは思えない。それよりも怪人を迂闊に刺激するリスクの方が高い。頼むから、増援を待ってくれ」


 ああ、彼女の言うことは正しい。冷静に説得してくれている。

 見たところ、彼女はまだ高校生だ。まだ青春を謳歌するべき少女なのに。命のかかった戦場で適切にメリットとデメリットを計算して忠告してくれるのだ。

 だから私は許せない。怪人と、この状況を看過する自分を。彼女らを戦地に駆り立てる怪人を、滅さねばと思うのだ。


「そう、ですね」

「わかってくれたか。今回の怪人を安全に討伐できたのは君のおかげだ。無理せずに君ができることをやってくれれば、それで十分──」

「だから、少し眠っていてください。【武具召喚サモン陶酔的な白檀ザ・サンダルウッド】」

「な……」


 【陶酔的な白檀ザ・サンダルウッド】は香りに訴える情報災害インフォハザード。この香りをかいだ者は失神と数分の記憶混濁を引き起こす。魔法少女も例外でなく、突然の裏切りに彼女ら交通三姉妹は全く抵抗できず静かな眠りにつく。

 この魔法の問題点は人間のような軽い・小さい相手にしか効かないことだ。つまり怪人と戦うときには全くもって無用の長物なのである。人間と戦うために変身できるわけではないし、つくづく意味不明な魔法である。

 でも、こういう時には役に立つ。私の魔法は制御が利かないが、しかし気絶している人間には効果が無い。だから、あらかじめこの比較的無害な方法で味方を守ることができる。


 足早に怪人に近づく。その様子を、怪人は怪訝な目で見つめていた。

 魔法は、魔法少女が気絶してもしばらくはもつ。赤い人の【現在工事中】が効いている間になんとかしなくてはならない。


「……助ケテ、魔法少女。助ケテクレレバ他ノ怪人ノコト、教エル」


 怪人の言うことは無視してホームを懐から取り出す。怪人の言葉に意味はない。昨日倒したトイレットペーパー怪人も「更地にして植林する」みたいなことをほざいていたが、実際には更地にするのみで終わっていただろう。こいつらと会話すること、交渉することは絶対的に不可能だ。

 これからするべきことを考えたら、怪人が首まで埋まっているのは好都合だったな。普段だったら様々な魔法を駆使してお膳立てしなければならないところを、一瞬で終わらせられる。


 怪人を殺すのは簡単だ。私と一緒にホームを読む。それだけで、怪人は簡単に死ぬ。いや、怪人でなくともすべての生物は死ぬだろう。だからこそ周囲にちゃんと意識のある人がいないかは確認しないといけないのだ。

 だってホームを読めばいいのか、それとも内容を知るだけでアウトなのか、私にはわからないのだから。試すわけにも、いかないだろう?


 ……うむ、問題ないな。魔法少女は失神してるし、一般人は全員避難している。周囲の安全を確認した私は、ホームを広げ怪人の前に見せる。


「……」

「私はさ、この本読めないんだよ。ぜ~んぶ白紙。だから、一緒に読んでほしいんだ。何て書いてある?」

「……『私には』、『わからない』」


 怪人は見てしまう。そして、どうしようもなく読み上げてしまう。

 怪人の、全ての目の色が変わった。もうこの怪人は終わりだ。あとは粛々と、ホームを読んで命を燃やすだけの存在になり果てた。

 これに抵抗する手段は、ない。


「続きは?」

「『私はいない』」


 怪人の表情に苦しみが混じる。


「『私はいるべきでない』」


 怪人の口は裂け、肉は割れる。歯が抜け落ちる。

 だが、怪人は話すのをやめない。やめさせてもらえない。


「『私は存在しない』」


 怪人の漆黒の肌がどんどん濁っていく。存在しない色に染まっていく。

 そうしていく間にも怪人の体はボロボロと崩れていき、破片が空に舞って炭のように消える。


「『私の名は』」


「名は?」


「『私の名は』……ア、ア」


 声が止まる。歯が抜けてもなぜか発声できていたのに、ここにきて声が詰まる。


「名は?」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「名は?」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「名は?」

「ア、ア、ァ……」

「名は?」

「名は?」

「名は?」


 声にならない絶叫を上げ、上げ、上げ続けて……そして怪人は、消えた。一瞬だった。まるでそこには初めから何もなかったように。肉片の一片も残らず消えた。

 これで、被害も全部消えてくれたらいいのに。そんな私のささやかな願いは叶ったためしがなく、お気に入りのカフェは破壊されたままであった。


 これでまあ、最低限の義務は果たせたかな。一応交通三姉妹の方々を安全そうな歩道の方に移動させて退散することにする。


「お先に失礼しますね。【さようなら】、先輩方」


 誰も聞いてない挨拶を先輩にして、私は足早に立ち去る。増援の魔法少女が来る前に逃げないといけない。だって、魔法少女は苦手なのだ。



「交通先輩ー! 大丈夫ですかー! 起きてください!」

赤信号レッド先輩、青信号グリーン先輩、黄信号アンバー先輩!」

「ん、ああ……雪景色スノウドロップ紫陽花ハイドレンジアか」

「救援信号があったから急いで駆け付けましたけど、もう倒されたんですか!?」

「いえ、私たちは封印をしただけで……あれ? 怪人はどこですの?」

「逃げた痕跡もありませんし、ここで先輩方が倒し切ったんじゃないんですか?」

「半液状だったし、内側にセメントが入り込んで機能停止したのかもしれん。だが、捜索は依頼しておくべきだろうな」


「あれ、おかしいな……もう1人、魔法少女がいたはずなんだが。いや、いたか……?」

赤信号あねうえの記憶違いでは」

赤信号おねえさま、大丈夫ですか? 最初から、ここにはわたくし達しかいなかったではありませんか」

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