マ、マジでどうしよう。目の前には怪人と、3人チームの魔法少女。当然倫理的にも魔法少女の義務的にも加勢すべきだ。加勢すべきなんだけど……。
ちょっと私の魔法、範囲が気色悪いというか、あまりうまく制御できないというか……。とにかく、迂闊に戦うと彼女らにも被害を出してしまいかねないのだ。
『由良、私はあなたの選択を尊重します』
そう言ってくれるのはうれしいけどね
うーん。一旦、いったん様子を見よう。ダメそうなら加勢する、これでいこう。
交通三姉妹、だっけ。私が聞いたことあるぐらいだから結構有名なんだろう。3人チームの魔法少女はビビッドなカラーリングで色分けされており、左から緑、黄色、赤を基調とした衣装を着ている。変身前だから自前で用意してると思うんだけど、こういうことする人ってだいたい魔法少女として配信とかもやってるんだよなあ。「三姉妹」と自称していたが正直そんなに似てないし芸名みたいなものだろう。
真ん中の黄色の人が声を張り上げる。最初に名乗りを上げた時もこの人だったな。
「さあ、いきましょうお姉様達!」
ああ君が末っ子担当なのね。
「光を宿し 彩を祀る
陽光模して 境界司る
この力は人々を導くため
私は戦う──【
「光を宿し 彩を祀る
劫火を模して 停滞司る
この力は人々を導くため
私は戦う──【
「光を宿し 彩を祀る
新緑模して 循環司る
この力は人々を導くため
私は戦う──【
3人の変身が完璧に
しかし、そんなことは怪人には関係ない。変身を見てようやく敵と認識したのか、こちらの方を見て叫び出した。
「魔法、少女……? 僕の口は苦いんだ! 邪魔を、するなあああああ」
「「「【
詠唱ハモったな今。そんなどうでもいい感想が思い浮かんだ次の瞬間には、彼女らはそれぞれバカでかい標識柱を手に持っていた。そして、駆け出す──いや待て、ゴリゴリの肉体派なのか!? 確かに魔力が籠もった魔法少女の肉体なら物理攻撃でもダメージを与えられるが……!
「邪魔者は、こうだ!」
「見た目通りすっとろいんじゃ世話ありませんわ、ね!」
交通三姉妹のうち、黄色い人は怪人の拳をひらりとかわすと標識で思いっきりカウンターを叩き込み、緑の人の方を見やる。
「お姉様!」
「ああ! 【進め】!」
緑の人が手を振りかざしてそう言うと、標識を叩き込まれた怪人の拳がその勢いのまま自身の顔面に飛びかかり……フルスピードで殴りつけた。
「ああああ痛゛いいいいい」
「
「皆様は今のうちにお逃げくださいまし!」
湧き出る歓声と、高らかなる宣言。まあ、怪人は基本的に魔法への耐性を持たないから知ったところでどうにもできないことが多い。魔法1つの情報をバラすデメリットと、民衆に安心感を与えスムーズな避難を促すメリットを天秤にかけた結果なのだろう。
「
「……はい、
違った。ただ単に高揚しているだけだったわ。普通に赤い人にたしなめられている。
それはどうでもいいが……まずいな。一般人の避難が進めば進むほど私が目立ってしまう。今は街路樹の陰に隠れているが、見つかりそうになる前に変身することも視野に入れておかないといけない。
「ぐううう……痛い、苦い、痛い、苦い……!」
「来ないならこちらから行くぞ、怪人」
苦しむ鬼のような怪人に向かって、再び魔法少女たちが走り出す。怪人の攻撃は既に見切ったと言わんばかりに彼女らは軽快に回避し、肉薄し、そして標識を思い思いに叩きつける。
すごい。さすが怪人撃墜数
……が、高さが足りない。怪人は非常に巨大で、脚部より上には標識が届かない。ダメージにはなるだろうが、致命傷に至るとはどうしても思えなかった。
怪人もそれに気が付いたようで、今では魔法少女の標識攻撃を回避することに専念していた。恐らく、緑の人の「進行魔法」を気にしているのだろう。自ら攻撃を仕掛けることは避け、彼女らの体力切れを狙っているように見える。
「
「転び方が悪ければ周辺の建造物に被害が出る。機を待て」
最近は怪人の攻撃に備え道路を広く取る改修工事が全国で進められているが、ここは不幸にもそういった準備が進んでいない地域だった。
そろそろ、加勢すべきか。そう思ったが、3人の表情はまだ明るい。
「5分、経った……! 『
「怪人よ、【止まれ】!」
黄色い人がそう宣言すると、怪人の動きが不自然にもピタリと止まった。こちらは「停止魔法」といったところか。確かに黄信号の本来の意味は「止まれ」ではある。だがそうなると、赤信号は?
疑問に思う間もなく、怪人が動き始める。かなり動きはぎこちなく、停止魔法を無視して力押しで動こうとしているようだ。
「こんな魔法じゃあ、僕は止められない……! 甘いもの、甘いものぉぉぉ!」
「いや、終わりだよお前は」
無理に動こうとする怪人と、それを冷ややかな目で見る赤い魔法少女。
「『黄信号』は既に『赤信号』に切り替わっている。動いたお前は……【交通違反】だ」
瞬間、とてつもない衝撃音が怪人の身から発せられる。怪人は何が起こったのか何もわからないまま、声もたてずにその胴体を完全にひしゃげさせた。
恐らく、怪人の体躯にふさわしいほどの巨大な不可視の車。それが怪人に突撃したんじゃないかと思わせられるような光景だった。つまり、これが【交通違反】に対するペナルティであると。
「【止まれ】!」
倒れこんだ怪人が道路や建物を破壊するのを恐れたのだろう、黄色い人が再び停止魔法を使用する。すると怪人は重力さえも無視したかのように異常な体勢で停止してしまった。あそこまで胴体が潰れては、いくら怪人といえど再起不能だろう。ここまで無力化できたのなら後始末は自衛軍の仕事だ。
……本当に大した労苦もなく怪人を倒してしまった。近接戦闘には様々なリスクがあるが、それを感じさせないだけの安定した戦闘。
いや、何感心してんだ私は。彼女らに戦わせないために魔法少女やってんのに、加勢すらせず出歯亀に終わるなんて。いや、でも、魔法が……。
『由良、怪人の様子がおかしいです。警戒してください』
「文字の禍いが降りかかる──」
漆黒の怪人。前の鬼怪人とほぼ同じ大きさであり、しかし先ほどとは打って変わって光沢を放つ肌に生物らしさはない。眼も頭部に大量に発生しており、全く別の怪人といってもいいほどだ。
なんだこいつは。第2形態とか、そんなことをやる怪人など前例がない。
「苦イノ、好キ。魔法少女、嫌イイイイイ」
「【止まれ】!」
すぐさま拳を振り上げる怪人に対して停止魔法を使用する黄色い人だったが、しかしなぜか拳は速度を落とさない。
いや違う。さっきの停止魔法も無敵ではなかった。漆黒の怪人は、停止魔法の影響を意に介さないほどパワーアップしているんだ。
「【止まれ】! 【止まれ】!」
「……【交通違反】!」
黄色い人と共に、赤い人も先ほど見た魔法を放つ。しかし、怪人の体が何度か液状に揺れるだけでダメージが無いように見えた。漆黒の怪人がそれほどに強くなったのか、先の魔法に何か秘密があったのか、あるいはその両方か。
「コーヒーハ全テヲ飲ミコム。車ガ来テモヘッチャラアアアアア」
「あ……」
「
彼女らもさすがにこれは想定外だったのか、しばし放心してしまったのか。一番年若そうな黄色い人への攻撃を誰もが止められない。
黄色い人はそのまま怪人の拳をモロに受け──
「さ、せ、る、かああああああ! 【
──る前に召喚されたバカでかい鐘がひとりでに鳴り始める! そのあまりにも身勝手な音色に、怪人も、魔法少女もあらゆる作業を中断してこちらに振り向かざるを得ない!
【
「死にそうな女の子を見捨てるほど、人間落ちぶれちゃいないっての!」
魔法少女、宇加部 由良。魔法少女との共闘は死ぬほど向いてないが、やるしかない……!