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第3話 「いない」魔法少女 その1

 トイレットペーパー怪人を倒した、その翌日。ちょうど学校が休みということもあって、私は悠々と近所の有名カフェチェーン店に顔を出していた。


「さくら風味のパフェ、復刻でやってて助かった~」

『由良さん、あるときはいつもそれ頼んでますね』

「だって好きなんだもの」


 私の妖精であるホームが鞄の内から話しかけてくる。妖精の声は他人には聞こえない。正確には、魔法少女が変身しているときしかその妖精は他人には認識されない。ホームは「人皮を使った」と噂されてもおかしくないほど歪な皮革を施され、かなり趣味の悪い造形をしている。だが、今は他人には普通の本にしか見えないだろう。

 まあ、私は気を付けないと「独り言やばいやつ」って思われるんだけど。


「これ食べるために生きてるまであるね、間違いない」

『……糖分過多です。あまり食べると健康に悪いですよ。運動もしてませんし』


 お母さんか。いや今世にも両親はいるけども、私が上手くネコを被ったおかげで関係は良好である。


「わかってないなあ、ホームは。若いうちに食べておけば被害を最小限に抑えられるんだよ。血圧、血糖値、脂肪……今なら検査に怯えなくて済むんだって」

『表に出ないだけで、生活習慣病は若いうちから始まってますよ』

「う゛」


 わかってるよそんなことは。ホームの忠告は無視して、スプーンでパフェのクリーム部分をすくいあげる。

 実は、妖精には基本的に魔法少女の情報は筒抜けである。私も、ホームと契約をした次の瞬間にはTS転生おじさんということがばれてしまった。が、それがほかに露見したことはない。なので「あくまで戦闘支援のためであり、他の人間はおろか魔法少女や妖精にも漏らさない」とかいう言い訳を今は信用しているのだ。というかこれ、地味に魔法少女を人外扱いしてない?


 まあいいか。やっぱりおいしいなあ、これ。死んでから初めて気が付くスイーツのうまさよ。おじさんだとちょっと気後れしちゃうような場所でも、ずんずん入っていけるのがJC(←死語)の強みだよね。


『ご友人と一緒に来ればいいでしょうに』

「いないのわかってて言ってるでしょ、君。最近の若者とは話が合わんのよ」


 言いながらスマホを取り出し、今日のネットニュースをチェックする。


「あ、Loosersの新作CDようやく出たんだ。あとでショップ寄って買っとこうかな」

『……どっぷりと若者世界に浸かってるんですから、話が合う方などいくらでもいるでしょうに』

「というか、君こそいないんか。友達」

『妖精にそのような概念はありません。他の妖精は……人間にとっては"同僚"というのが近いでしょうか。馴れ合うことはありません』


 ふーん。スマホを弄りながら、パフェをほおばる。時折、ホームと毒にも薬にもならない会話をする。私はこれだけ。これだけで十分に幸せなのだ。


『魔法少女棟にでも寄ってみたらどうですか。施設も充実してますし、同じ魔法少女ならいくらか話も合うでしょう』


「今のところはいいかな」


 魔法少女棟、ねえ。魔法少女棟というのは、今ホームが言ったように魔法少女の溜まり場であり、憩いの場である。魔法少女なら無料、あるいは格安で利用できる施設が豊富にあり、まあ、基本的には彼女ら貸し切りの建物なのだ。

 どうしてそんなものがあるかを説明するには、【衣装型フォーム炎弾バレット】が出現して以降の魔法少女と政府の動きについて見ていかないといけない。前も言ったと思うけども、魔法少女が出現して以降は(今もだが)いわゆる「魔法少女反対派」による意見表明やデモがそれこそひっきりなしに起こっていた。そらそうだ。魔法少女って存在自体が性差別だの児童労働だのにクリティカル・ヒットしてるんだから。道徳的にはどう考えてもアウトである。

 これに対して政府、というか国連がやったのは愚直なまでの"説得"であった。「魔法少女条約」にはそれはもう魔法少女への手厚い保護・サポートをこれでもかと盛りに盛って幼い少女への健康面・教育面・金銭面あらゆる面での全力補助を明記。さらにどうして魔法少女が必要なのかという理由を丁寧に、そして簡潔に説明したプレゼンテーションを全世界に向けて行った後、怪人を徹底的に調べ上げ魔法少女に頼らない対怪人システム構築の研究レポートを定期的に発表することを宣言。今もニュースで大体2か月おきにはその進捗が報告されており、その度に専門家と魔法少女による解説が行われている。

 怪人は魔法少女でないと今のところはどうしようもない、というのが国連の結論であり、それを全世界の人間に理解してもらうにはそれしかなかった。「魔法少女反対派」の多くの人間もそれはわかっており、「でも少女を戦争に出すのはおかしい」という倫理道徳によって反感を持っているのだからこれに関してはもうお互い譲歩するしかなかった。もちろん納得できない人はいる。だけど、少なくとも国連はこのパワーゲームにおいて多くの人間の同意を得て、一定の勝利を収めたと言ってもいい。


 また、魔法少女側も動いた。特に最初の魔法少女である【衣装型フォーム炎弾バレット】が精力的に活動していたはずだ。とにかく彼女らは「力は無いよりもあった方がいい」「連携すれば安全に怪人と対峙できる」という点を中心にプロパガンダを行い、多くの少女を魔法少女道に引きずり込むことに成功した。

 要するに、

「娘さんを魔法少女にすれば、もし怪人が現れても死ぬ確率は大きく下がりますよ!」

「でも魔法少女になれば多くの怪人と戦闘することになる。本末転倒では?」

「複数人で対応できれば怪我率は大きく下がりますし、単独で無理やり対応させることはしません!」

 みたいな説得をしたらしい。最初はあまり効果が無かったらしいけども、【衣装型フォーム炎弾バレット】などの活躍にあこがれた少女が魔法少女になっていき徐々にその安全性が保障されていった。以降は、魔法少女の補償の手厚さもあって順調に契約者を増やしているらしい。

 実際、魔法少女が増えることによって各地域の犠牲者も大きく減り、また複数の魔法少女がチームを組むことで怪人戦での怪我率は著しく下がった。いいことだと思う。別に私だって戦うのは怖いけど、だからといって子供を代わりに戦わせていいわけがない。ある意味、私が魔法少女として戦えるのは幸福なのだ。


 気づけば、パフェがあったはずのプラスチックの容器は空になっていた。いつの間にか夕日が窓に差し込んでいる。名残惜しいけど、さすがにもう残る理由はない。帰るついでにショップに寄ろうと思いだして席を立ったその瞬間、それは、起きた。


 轟音。続いて、風圧。カフェの中央、その天井から、巨大な腕が拳を振り下ろしていた。赤黒くて筋肉質な、まさに鬼のような腕だった。

 幸いにも直接潰された人間はいなかったようだが、その衝撃で転んでしまった人は多かった。


「何……!?」

『怪人です! まず距離を取ってください!』


 ホームの声を聴く前に、本能的に足は動いていた。密室の中にいるのは危険だが、中央に寄らずに脱出しないといけない。鞄からホームを取り出して窓ガラスに叩きつけると、ガラスは大きな音を立てて割れた。こいつはこれぐらい頑丈だし、緊急事態にこういうことをしても文句を言わない程度には話が分かる。ちなみに痛覚は無いらしい。

 とにかく、これでいったん退避は成功した。カフェの上の方を見れば、怪人の全貌がわかった。赤黒い肌を持つ、3つ目の巨人。トイレットペーパー怪人よりはるかに大きく、カフェの屋根が怪人の腿あたりにしかさしかかってない。頭部からは真っ黒い角が無造作に、いくつも生えている。

 その姿は、まるで異形の鬼といった様子だった。


「ああああああ苦い! 苦い! 口の中が苦くて仕方がないよおおおおおおお」


 わけのわからんことを叫びながら怪人は文字通りカフェの中を"漁る"。がりがりと腕を力任せに振るって漁れば、当然カフェの構造物が根こそぎ剥がれ、崩れ、壊れてしまう。しかし、この怪人の狙いはそんなところにはないらしい。

 そもそも、昨日近所でトイレットペーパー怪人が出たはずだろ!? いくら怪人の出現が不定期だからといって、ここまで連続して同じ地点に現れることなんて今までなかったはずだ!


「甘いものがほしいいいいいい! かふぇに、かふぇになら甘いものがあるって僕は知ってるんだああああ」

「なんだこいつ……早く死ねよ」


 いや、罵倒している場合じゃない。"漁り"まで結構時間があったから人は逃げれている……はずだが、さすがに早く倒さないとヤバイ!


ホーム、変身するぞ!」

『待ってください。由良』

「待たん! 文字の禍いが──」


 詠唱しかけて、気が付いた。逃げる人々とは逆に、こちらに向かってくる複数人の足音に。複数とはいえ多数ではない。つまり警官や自衛軍ではない。つまり……。


「やあやあお待ちなさい! その狼藉、見過ごすことはできません! 我ら交通三姉妹が、怪人を屠って差し上げましょう!」


 魔法少女だった。それも、だいぶアクの強いチームだ。

 どうしよう。確かにおじさんとして、怪人戦を魔法少女に任せたくないとは言った。言ったけど、共闘できるかというと話が別なのよ。知らないふりして、逃げていいかなこれ?

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