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第34話 魔王誕生


 昨日のダメージがまだ抜けていない左頬を擦りながら、俺は駅前の集合場所にいた。


 もうすぐ集合時間の午前十時になる。きよキラ高校の制服に身を包んだ生徒たちが大勢集まる中、奴がまだ来ていなかった。


「遅いな……。まさかサボるつもりじゃねえだろうな」


 対策も練ったし、絶対に行くと約束したから、来てくれるはず……。俺が三度、腕時計を確認した時だった。


「あら城ヶ崎じょうがさきくん、ご機嫌いかが?」


 岩田いわた先生だった。黒スーツをばっちり着こなしている。引きつった笑みを浮かべた岩田先生を見て、俺は後退りをする。


「……おはようございます岩田先生……」


「あらあら、何を恐がっているの? 城ヶ崎くん?」


「え? 別に恐がってません――」


 ガシッと、岩田先生が肩に手を回して、耳打ちしてきた。


「いい? 昨日のことを言いふらしたら命は無いわよ?」


「な、何のことでしょう?」


「とぼけるつもり?」


 言いつつ、岩田先生は昨日ビンタを放った俺の左頬をギューッとつねった。


「城ヶ崎くん、普通の高校生活を送りたいわよね?」


「え、ええ……」


 岩田先生はつねる力を強める。


「だったら大人しく言うこと聞きなさい。いい? あの歳であの色の下着着てたーとか言いふらしたら命は無いわよ? 分かってる?」


「わ、分かってますって。言いませんよそんなこと」


「ならいいのよ?」


 離れた拍子にデコピンを放つと、岩田先生はツカツカとヒールを鳴らして教員の集まりに混じっていった。


「はあ……。折角汚名が晴れると思ったんだけどな……」


 俺が左頬を擦っていると、


「皆さん、極悪非道六神獣『及び魔王』の城ヶ崎俊介には気をつけましょうね!」


 バカ(加藤律子)がメガホンを使って叫びながら、目の前を通り過ぎていった。


「『及び魔王』か……。まさか微妙にグレードアップするなんて……」


 はあ……と、俺はため息を吐いた。その時だった。視界にもの凄く赤いモノが入った。


 あれは何だと目を凝らしてみると、間違い無く『奴』だった。全身を防護服で覆った鞘師さやしトアリだった。


 しかしいつもと違って、その防護服は白ではなく、眩しいほどの深紅で染め上げられていたのだった。その深紅のフルアーマー状態のトアリは、両手をダラリと落とした低い体勢で、こちらにゆっくりと歩いてくる。


(え、えええええええええ?)


 ちょっとなにあれ? ちょっとなにあれ?


(トアリ……だよな間違い無く……)


 赤い防護服を着たトアリは、ゆーっくりと徐々に近づいて、ついに俺の所まで辿り着いた。丁度、集合時間の五分前に。


「お、おまえ……。トアリで合ってる、よな?」


 ギシュリと音を立てて、頷いた。そしてだらけた体勢をギシュリと戻し、俺とちゃんと向き合った。


「――い」


 トアリは言った。声が小さすぎて聞き取れなかった。

 え? と俺が聞き返すと、


「……今日はもう帰りたい」


 赤い防護服の中から、トアリは死にそうな声でそう呟いたのだった。


(え、えええええええええええ?)


 いやまだ電車に乗ってすらないんだけど。どんだけガラスのメンタルなんだよ。


「……つーかトアリ……」


 俺は、眩しいほど深紅に染め上げられたトアリの防護服を一往復見直した。背中に大きなリュックサックを背負っている。


「何だよその防護服の色は?」


「……ああこれ? 赤い彗星専用カラーです」


 どういうこと?


「では私は赤い彗星の如く家に去るので」トアリはクルリと反転した。「ご機嫌よう」


「待たんかい」


 俺はトアリの肩を掴んでこちらに反転させた。トアリは防護服の中で舌打ち。


「なにさり気なく帰還しようとしてんの? つーか赤い彗星専用カラーって何だ。見ただけで目がチカチカすんだけど、すんごい目障りなんだけど」


「あっ、すみませんー。常に暗い物陰の間をカサカサ移動して生きてるゴキブリカラーの人には眩しすぎましたよねー」


 ゴキブリカラーって何だ。普通の学ランカラー(黒)だわボケ。ホントいついかなる場合であっても通常運転を貫き通すなコイツは。


「お姉ちゃーん! 忘れ物ー!」


 セーラー服姿のなるみちゃんが、手提げ鞄を手にこちらに走ってきた。


「おっ、なるみちゃん、おはよう」


「おはよう、城ヶ崎さん」


 笑顔で挨拶すると、なるみちゃんは手提げ鞄から何かを取り出した。


「はいお姉ちゃん。忘れ物のケータイ」


「あっ、すっかり忘れてた。ありがと、なるみ」


 トアリは受け取った。そのケータイはガラケー。折り畳み式で、殺人現場の証拠品のように、小さなビニールパックの中に開いた状態で入っていたのであった。


(え、えええええええええええ?)


 なにあれ気持ち悪ぅ。


「もーお姉ちゃん、ケータイ忘れるなんてオッチョコチョイなんだから」


「ごめんごめん」トアリはケータイをリュックサックにしまった。「フルビニケータイ忘れちゃ駄目だよねー」


 フルビニケータイってなに? もしかしてあのまま使うつもりなの?


「頑張ってね。城ヶ崎さんも、お姉ちゃんをヨロシク」


「あ、ああ。任せとけ」


「うん。じゃあね城ヶ崎さん」


 手を振り、なるみちゃんは走りだした。


「城ヶ崎くん、頑張って下さいね」トアリは言った「では私も」


「待たんかい」


 なるみちゃんに続こうとしたトアリの肩を、俺は掴み、静止した。


「なにさり気なく帰ろうとしてんの? 帰れると思った? 帰らせると思った?」


「はあもう、しょうがないですねー。付き合ってあげますよ、まったく……」


 何度も言うようだけどしょうがないのはオマエだからな赤い彗星。


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